錦色 #マスクドnote2 _4

「あなたのお祖父様にはよく叱られました」
老紳士は言う。
「靴の脱ぎ方には特にうるさくてね。そうでしょう?」
実家の玄関で、祖父の古い友人だと言うお客様の相手をしながら三和土に目をやる。「実家」と呼ばれるそこは、かつては「祖父の家」だった場所で、磨き上げられた錦色の大理石は祖父が生きていた頃と何も変わらず鈍く光っている。老紳士の言葉に寄せられて、祖父の険しい顔が思い起こされる。
まだ小さかった頃から、"祖父の家ではきちんとしなくちゃならない"というのが幼心にあった。
おじゃまします!と声を張り、家族全員の靴をキッチリと揃えてから祖父のいる和室に行く。畳に額をつけんばかりに小さくなって挨拶をする母の横顔を見て、見よう見まねで自分も団子虫みたいに小さくなった。そうすると祖父は頷いて「庭に行っても良い」と言う。
庭には池があり、錦鯉が泳いでいた。私はそれに餌をやるのが好きだった。我も我もと絶え間なく口を動かし、ぬるりと背中を光らせる鯉を見ながら、喜びながらも気持ち悪いな、と感じていた。
松の木も、玄関も、和室も。
どこにだって祖父の厳しい目があり、勝手に触れることで祖父の機嫌を損ねたら、その怒りのやり場は小さくなった母だった。
池にいれば祖父の目が気にならない。それでいつも、私と母だけが鯉の近くで"父の帰省"の時間を過ごしていた。
3歳か4歳かの夏の日。
いつものように鯉に餌をやっていたら、池に落ちた。まだ泳げない頃だったから、家族はみな私が溺れると思ったそうだ。ところが私はと言うと、溺れることよりも鯉への恐怖の方が勝っていた。
「こいにたべられる!」
ぬらりとした感触が手に触れるたび、パクパクとした口に食べられてしまうと本気で思っていた。暴れまわる私を発見した父が池に飛び込んで事なきを得たが、あの時の恐怖は今も脳裏に焼き付いている。
しばらく経ってから、池は封鎖されて鯉はいなくなった。祖父が大切にしていたことを知っていたから、私のせいだと思った。怒られることばかり怖がっていたが、『二度と子どもが落ちないように』という祖父の想いを知ったのは、祖父が亡くなってからだった。
今は「実家」と呼んでいる家には、池も厳しい目もなくなった。 けれど玄関の、錦色の大理石は昔のまま鈍く光っている。鯉の背中と同じ光を映しながら、不器用な祖父の愛もまたそこに残っているような気がする。
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