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最後の晩餐のあじ

明日死ぬなら何食べたい?
そんな文言が目に入った。


平たく言うと最後の晩餐。
味噌汁、おにぎり、ハンバーグ。意外とそういうシンプルなものが頭に浮かんでくるのかもしれない。

私は──?
画面から目をそらして、ふとカーテンを見つめた。カーテンに答えが書いてあるわけじゃなくて、カーテン越しに思い描いている食べ物があるからだ。


私はもうずっと、高校生の頃から最後の晩餐は決めている。不動の一位。これをたらふく食べられたら、死んでもまぁ化けては出てこない。


それが、アジのなめろうだ。
こうやって文字にするだけでも、カーテンのむこうからショウガが香ってくる気がする。

なめろうとの出会いがいつだったかは覚えていない。それでも、なめろうのつくり方は母の姿とともに私の頭の中に鮮明に記憶されている。力強くまな板を打つ音とともに。


 ◇


春から夏頃だっただろうか。アジが旬な季節に、魚屋さんか卸売市場に行って美味そうなものを選ぶ。「今日はいいアジがあったから」それが私にとってご馳走の合図だった。買ってきたらそれを新鮮なうちに3枚におろす。


大事なのは味噌。実家が信州だから、味噌には並々ならぬこだわりがある。ラーメンも絶対味噌だし、味噌茄子なんかも大好物なのだ。

味噌は何でもいいってわけじゃない。出汁が最初から入っていないもの。普段はスーパーでお手頃の味噌を買うけれど、なめろうの時は別。

知人で代々味噌屋をしている方がいて、その方に頼む。正直に言うとちょっと高くて自分では買えない。実家にいる時に母が買っていた。その味噌はなめろうの時、またはマコモというたけのこの仲間が出現するときのみ取り寄せる。

おろしたばかりの新鮮なアジにその特別な味噌をちょっと多めに投入。

小葱も実家の庭で取れた新鮮なものを小さく刻む。ショウガをすりおろす音が空気中で味噌と混ざり合う。

刺身包丁と木のまな板がダン、ドン、ダン!と大声を上げるころには、私は小型犬のようにキッチンに張り付いてその様子を見守っていた。


ダン、ドン、ダン!が、耳に焼き付いてる。
アジと味噌とショウガがまざりあい、だんだんとひとつになっていく時の音。そして香り。

学校から帰ってきてダン、ドン、ダン!が聞こえたら、どんなに難しい思春期でもしっぽをふってキッチンに近寄ったものだ。

私があまりにもなめろうが好きすぎて、実家にはなめろう専用のお皿があった。四角くて、中はツルツルの真っ白。陶器製で外側に青い和風の模様が描かれているもの。

家族5人分あって、4人分は居酒屋で見るみたいにちょこっとなめろうを盛る。脇にしそを添える程度。私の分だけは、日本昔話のご飯みたいにこんもり山をえがいていた。

なめろうの日は炊き立てのご飯をこれまた山みたいにこんもり盛り付けて。食卓には小山が2つ、金山みたいに光ってた。


山頂部を箸先でつまんで一口。

美味い。しびれるくらい美味い。この組み合わせを考えてくれた人、ありがとう。アジが新鮮な分まったく臭みもないし、アジと味噌がねっとりとして、舌の上に留まっている。そこにネギのさわやかさとショウガの風味。完璧すぎる。

しばらくなめろうだけをたしなんだあと、ご飯にのせる。あつあつのごはんの上になめろうをオン。箸で一緒にすくって口入れたら、これがまた最高。味噌を濃い目にしてるから、ご飯と食べるとちょうどいい。熱々のご飯と冷たいなめろうがちょうど真ん中の温度に近寄っていく。


ため息が出る。

時々ショウガが固まっているところはピリリとするし、葱に当たるとサクサク、味噌が固まってるところなんかしょっぱい!と言いながらも思わず目をぎゅーーーって閉めちゃうくらい。

あんまり美味しい美味しい言ってるから、父と兄と姉が「私の分あげるよ」といつも私にくれた。結局私はご飯をおかわりして、家族みんなからもらったなめろうを5人分ひとりで平らげていた。

でもこれも全て予定調和。母も分かってて出している。全部私が食べてしまうことも織り込み済みで、キッチンにまだ残してあった。私は再びキッチンから運ばれてくるなめろうを、まるで自分のために作られたオーダーメイド品が目の前を通り過ぎていくかのように名残惜しく見送る。



 母は魚屋の店員さんにアジをおろすのをお願いしていなかった。選ぶ時は目を見て一番美味しそうなものを。買ってきたらすぐに自分でおろすのだが、口当たりがよくなるようにしっぽの近くのぜいごと皮を引いて、小骨をピンセットで取り除いていた。老眼になると小骨が見えない、とぼやきながらもその作業をやめたりしなかった。

なめろうが出来たら冷蔵庫に入れる。ほんの少し時間を置くと味が馴染むと言っていた。早く食べたくて何度も冷蔵庫を開け閉めするから、なめろうの日は夕食の時間が早まったりした。


こうやって、私は高校生くらいからもうずっと、死ぬ前にはなめろうでお腹の中をパンパンにしたいと思っている。

──だけど、親元を離れてから居酒屋で頼んだものはまるで別物だった。最近自分でも作ったけどやっぱり違くて。

実家で食べるあのなめろうが私にとって唯一無二だということが分かってしまった。


父はもう亡くなったし、兄も姉も結婚して家庭を持っている。アジが新鮮な季節に私が実家にいることもなければ、うまい味噌もあれこれ手を尽くさなともう手に入らない。

記憶の中にあるなめろうは、もう2度と出会えないくらいに特別なものになってしまった。


それでもやっぱりたまに食べたくて、魚が自慢のお店に足を延ばしては「3枚卸をお願いします」と頼み、小葱とショウガと味噌をあわせて叩く。タンタンタン。

この包丁とプラスチックのまな板じゃ音が違うんだよな、と思いながらもタンタンタン。

一口味見したらやっぱり違う。


でも全く食べないのも寂しいから、なめろう風のものは作ってみる。これじゃない、これじゃないんだという気持ちを抱えたまま。ダン、ドン、ダンの音もちがければ、ねっとり感も味噌もなにもかも違うけれど。


私の味になったなめろうが食卓にコトリと並ぶ。

私はあの味を食べたいと願いながら、出来上がったなめろう風のものをそれでも口に運ぶしかないのである。黙々と、なんか違うなめろうを口にしながら、結局気づいてしまう。


「俺のも食いな」という父の声が、足りないんだ。

どうやってもあのなめろうを再現できない。
思い出の中の味はもう食べられない。
それでも私は、いま私のできる限りのおいしいを作り続けるしかない。


食卓についた子どもたちは、なめろうよりアジフライの方ががいいという。味噌ラーメンより醤油ラーメンがいいという。


いつか子どもたちが誰かと家庭を築いたら、最後の晩餐に何を選ぶだろう?結婚したら奥さんの料理が一番おいしいと言うのだろうか。それとも案外、マクドナルドのポテトがいいなんて言い続けるのかな。

子どもたちが成長して家を出て、実家に戻って来た時。私はみんなが好きなものを山盛りにするだろう。唐揚げにオムライスにアジフライ。「私のも食べな」なんてやっぱり言ってしまうかもしれない。


「アジフライなんて子供の頃の話だよ」とか言いながら、大人になった彼らとなめろうをつまみに飲める日が来たら、それこそ最後の晩餐に相応しいのかもしれない。



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