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『コンプレックスをさがせ!』

『ウォーリーをさがせ!』が大好きだった小学校時代。休み時間の度に図書室に行ってはウォーリーを探した。ウォーリーの場所を覚えてからは、魔法使い、メガネの女の人、黄色と黒のシマシマの男の人まで見つけだす。それから、"いつもしっぽしか見えていない"犬のウーフまでくまなく探して、そこにあるはずの見つけなくてはならないものを見つけることに多くの時間を費やした。


同じ頃、鏡の中に写る自分の耳に違和感を感じ始めていた。
「なんか私の耳ヘンじゃない?」

顔の横にくっついた耳は、途中まではまっすぐ落ちるのに、耳たぶでクッと前方に曲がっている。重力に逆らうように、耳たぶだけが前を向こうとしているのだ。前向きなのが褒め言葉になるのは性格だけで、前向きな耳たぶはどうにも気になって仕方がない。それでセロテープを用意して、耳たぶを首にくっつけた。福耳なのは仕方がないとして、角度はこっちの方が「フツーの耳」に近い気がしたから、しばらくの間ずっと耳たぶを首に貼り付けて生活をしていた。

またある時は、5年生の女の子たちが3人ぐらいで話しかけにきた。モジモジしながら「手を見せてください」と言う。どこか品定めするような、薄く嘲るような気配を感じながらも手を出すと、肘をツンツン、ニヤニヤコソコソ笑うひとつ年下の女たち。イラっとして「なんで?」と聞いてみたら
「6年生には指毛が生えている人と生えていない人がいるから調べているんです……ぷふふっ」ひとりが答えた。

瞬間、顔がカッと赤くなり、自分が「指毛が生えている(処理していない女子力の低い)6年生」にカテゴリーされたことを知った。次の授業中、爪を使ってすべての指毛を引き抜いたことは言わずもがなであろう。


「そこにあるはずの見つけなくてはならないもの」はその後もどんどん増えていく。足の親指より人差し指が長いのがなんか気持ち悪い。首の後ろに大きめの黒子があるのが気持ち悪い。目元に泣き黒子がないのはおかしいと感じてマッキーで書いてみたりもした。

中学生、高校生になるとそれは性格や中身にまで広がっていく。人見知り、口下手、友達ができない、センスがない……云々。

「そんなこと気にしなくていいのに〜」
大人たちが笑う些細なことも全て、それなりの苦痛を伴うコンプレックスとしてしっかりと溜まっていった。指毛のない指は今度は爪の形が丸いことがコンプレックスに変わり、友達が3人いても50人友達がいる子にコンプレックスを感じた。


ギャルになったことで顔は如何様にも加工できることを学び、外見のコンプレックスは薄まったような気がしていた。そんな時だった。小学校時代の同級生のお母さんに偶然再会したのは。

「あらー!ずいぶん痩せたわね!前はふっくらしてたのに!でも細くなるとアゴが目立つわね!」

その何の気ない一言で、コンプレックスノートにアゴが追加された。言った方は五秒後には忘れているような一言でも、こじらせているティーンネージャーにとっては五寸釘を打ち付けるようなものだから厄介である。



コンプレックスは鏡に写すとさらに強調して見える。全身鏡の前に立つと、コンプレックス部分に丸がつく。草間彌生のデザインみたいに全身丸だらけになった。


いつだっただろうか。友人に聞かれた。
「コンプレックスとかある?」
「ある。めっちゃある」
即答だった。

「かわいい人にもコンプレックスとかあるんだ。逆にどこがコンプレックスなの?」
「言わない。」
「なんでよ。」
だってさ──「そんなことないよ」って言われても疑うし、「確かに」って言われたらやっぱりそうなんだって決定されちゃうじゃん。っていうか、わざわざ人の痛いところを掘ってまで知りたいというその真意を逆に尋ねたいがね。というのが本音。
「言ったらあー確かにそこちょっと気になるねってなるじゃん。」

「ならないかもよ?」
「なるよ絶対なるって。これからたぶん最初にそこに目いくよ。言われてみればちょっとアゴしゃくれてんなーって思うでしょ」

「それコンプレックスなんだ」
「うん、だいぶね」

「あだ名つけていい?」
「一応聞いておこうか」

「エヴァンゲリオン初号機」
「バカにすんな」

私のグルグルがアホみたいに軽くあしらわれて、代わりにお互いの『コンプレックスをさがせ!』ゲームが始まった。

「背が低い」
それはコンプレックスではない。

「頭が悪い!」
そういう友人も同じ学校である。

「えー?何だろう。口が悪い」
それは良くないと思うが、コンプレックスではない。

「もっとあるでしょ、耳たぶが曲がってるとか」
「何それ。どーでもよくない? あとは何?」

「……友達ができない」
「私はお前の何なんだよ」

私が自分につけた丸は友人には全然見えないらしかった。反対に友人がコンプレックスを感じているという箇所を聞かされて、他にもっとあるんじゃないかと思うくらいに人のコンプレックスには鈍感だった。鉛筆の芯の跡が消えないことが、友人の染みになってるとは思いもしなかった。


治せるコンプレックスはできるだけ治すに限る。全身脱毛や痩身エステ、ジムなどに通った時期もあった。それでも直せないコンプレックスの方が圧倒的に多い。そして、ハタチを前後して唐突にあることに気がついた。

きっと私は人との付き合い方について一生悩む。


特定の誰かとの人間関係に悩むわけではない。「人との距離感や付き合い方が自分の理想像とかけ離れていること」に悩むだろう、と。友達が多い人に憧れ、深く付き合える人に憧れ、私のような薄情者にも手を差し伸べてくれる人に憧れ、そうして自分はこうはなれないと落ち込むだろう、と。


ハタチでそのことに気づいてから、それを再確認するシーンは何度もやってきた。所属する先が変わるたびに「人付き合いがあまりにも下手すぎる」と自覚する。ただし、「一生悩む」と気づいてからは、悩むたびに「やっぱりね」と思えるようにはなった。

開き直りともとれるその考え方は、心がざわついてどうしようもない夜に私を慰めるチョコレートのような存在になった。カカオ99パーセントの苦いお守りは、「だから今日はもう酔っ払って寝よう」と切り替える免罪符だった。



30代を超え、属性が母になってから、外見のコンプレックスはことごとくぶち壊された。脱毛したはずの毛はふたたび活気を取り戻し、肉割れのミミズが身体中を這い、肌はシミだらけのボロボロになり、前髪は禿げ、耳は形を気にするどころかアトピーで下側から千切れかけた。

眠れない夜に寂しさを数える前におっぱい丸出して寝落ちしたりしているうちに、気づいたら40歳になっていた。


不惑の年。

三男はまだ園児である。園には私より一回りも若いママたちが輪をなしていて、グループLINEには「ランチ会」のお誘いがポロンポロンと流れてくる。

以前の私なら、「参加します♡楽しみです♡」と打ってからあー行きたくない怖いめんどくさいと悶々し、行った後には一晩寝込んでいただろう。もしくは「すみません予定があって」と嘘をついて、体力的には削らずに済んだHPエイチピーを楽しそうな集合写真を見て削っていただろう。


だけど、40歳を過ぎたら、もういいかなと思えるようになった。強がりでもなんでもなく、出来ないことを嘆くのをやめられるようになったのだ。

今の私は秒で「欠席」ボタンを押下する。その時間にスマホ片手に誰かと文章を交わし、すっぴんメガネでお迎えに行く。バッタリとランチ会帰りの集団を見かけたなら「そういえば今日だったのか」と思いながら「こんちわー」と挨拶して去る。後ろ髪も悶々も全く感じずに、次の瞬間にはランチ会のことを忘れていた。代わりに浮かんでいるのは誰かの書いた文字である。


オバサンになったのだ。

図太くて、頑丈で、後ろ髪が禿げているオバサンに。もはや見た目なんざ最低限の清潔感がありゃいいし、人間関係で悩むことも3ヵ月に1回程度になった。眠れない夜のいなし方、、、、も随分上手になったようだ。

大人が「そんなこと誰も気にしてないのに」と言う気持ちが今はよく分かる。姪っ子の前髪の角度やポニーテールの高さとか、心底どうでもいいし、どっちでもかわいいと思っている。(本人たちは必死の形相だけれど)


コンプレックスだった草間彌生の丸は、子どもの頃に与えられた丸シールで、オバサンになるうちに少しずつ剥がれてどうでもよくなってくる。

もちろん新しく貼られる丸シールもあるけれど、深刻度合いがまるで違う。もっと根本的な「体力が無い」とか「腰が痛い」とか、それコンプレックスじゃなくて加齢じゃね?みたいなゆるっとした丸が追加される程度である。

ハタチの時の「きっと私は一生人付き合いで悩むだろう」という勘は半分合っている。でもその倍生きて知ったのは、それでも生きていたら別の関わり方も多少は覚えられるってこと。



ウォーリーと出会った小学生の頃から「そこにあるはずの見つけなくてはならないもの」を探すことに必死だった。だけど、犬のウーフはいつもしっぽしか見えていないから、本当はそこにはないのかもしれない。


それに、今更探そうとしてもよく見えなくなってしまった。

もう、老眼だから。




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