ドングリを茹でる
戸棚の奥から小ぶりの鍋を取り出しお湯を沸かす。1年に1度しか使わない鍋を見て(今年もこの季節がやってきたか)と苦笑いをした。
予め水洗いしておいた"あるもの"を入れてを煮る。
カラコロ。
ぐつぐつ。
今年はどんな風に料理しようか。
鍋の中の水が薄茶色に染まり、下の方では"ドングリ"がゆらゆらと踊っている。
もういつからだったか思い出せない。
毎年秋になると子ども達と拾いに行ったり、いつの間にかポケットに忍ばせていたのが見つかったりして、ドングリが遊びに来る。
明らかに小さな丸い穴が空いているものや、耳に近づけて振るとカラコロ音がするのは、中に蟲がいる。
そういったものは花壇近くのドングリ置き場に置いて土に返し、それ以外のドングリは茹でて工作に使ったりする。
(今年は何を作ろうかな)と、小鍋の中の茶色いお湯を見る。
色だけ見れば煮物の準備をしているようだし、ドングリじゃなく栗だったらご馳走になるのだけれど、森の香りが漂うキッチンで茹でられているのは紛れもなく"ドングリ"なのである。
コマにしようか、でもあれは穴を開けるのが結構大変なんだよな。
ペットボトルに入れてマラカスにしようか、もうそれで喜ぶ年齢じゃないか。
去年はどうしたっけ。そうだ、クリスマスリースの飾りにしたんだ。
──何にもならないかもしれないな、とふと思った。
ドングリをせっかく茹でたんだから何か有意義に使ってくれよ、と思うのは私の勝手な都合で、そもそも子ども達はドングリをドングリとしてただ拾いたかっただけ。
ツヤツヤしたもの。
帽子をかぶっているもの。
丸いの、細いの、長いの、青いの。
ドングリがただ、ドングリでいてくれたらそれでいい。何なら蟲が出てきても構わないとすら思っていそう。
蟲が出てこないように茹でるのも、何かに変えようとするのも、ドングリに意味を見出そうとするのも私の勝手。
と、ここに記すことによって、もしもぞんざいに扱われるドングリを見つけた時に「せっかく茹でてあげたんだからね!」と言いたくなる自分の口に蓋をする。
何にでも意味を求めちゃいけないね。ねぇ、そう思うよね?と躍るドングリを見つめる。
「私は年に一度しか登場しませんけど、"ドングリ専用鍋"という役割に満足していますよ?本来の意図とは違いますけど。」
ドングリの代わりに、小鍋がクツクツ笑った気がした。
▼三條凛花さんのマスクド★note副賞【月刊誌toteに掲載】をマスター圧力によって書かせていただきました。しかも副賞2ついただくという職権乱用ぶり。申し訳ないとしかいいようがありません。凛花さんの優しさによりサラリと2つとも受け取らせていただきました。
▼なににでも存在理由を求めていた自分を恥じることになった、バズってたXも合わせてみてほしい
陶器屋の外で売られていたこのカエルを眺めてたら、ご主人が「かわいいでしょ、それ☺️」と話しかけてくださったので、「これは口に何を入れるんですか?」と聞いたら、「入れ…?え?口に?入れる??入れない、なにも。」と、変な空気になり、なににでも存在理由を求めていた自分を恥じた。 pic.twitter.com/guQVWRRb39
— ちまき (@agumilk) August 18, 2025
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