タイムマシンが使えるなら20分前に戻りたい l 子育てエッセイ
三男が3歳になった。
ずっとずっと一番小さくて赤ちゃんに見えていたけれど、もう赤ちゃんとは言えない。階段は1人で上り下りできるし、抱っこしても手にすっぽりとおさまらない。ふよふよとしていた髪の毛はいつの間にか重力に従うようになったし、「ダメ!」って言っても「しーらない」とか言うようになってきた。
最近、登園拒否が続いている。
「行くよ!」と声をかけると「まだぱれてる」
「もう時間!」と言うと「おにぎりのくつ下がよかったのに!」
「間に合わないよ?」と言うと「行かない!」
あれやこれやと理由をつけて玄関に行くのを遅らせようと画策する。
先日のこと。散々わがままを言って登園ギリギリの時間まであーだこーだと手を焼かせ、おまけに自宅の階段の8段目くらいで仁王立ちして「手つないで降りるの!」とぷりぷり怒っていた。
私はすでに玄関でクツを履き終わり、登園グッズを片手に階段にいる三男を見上げていた。「一人で降りれるでしょ!?もう本当に時間だよ!先生待ってるよー!」と声をかける。にこやかなのは顔だけで、気持ちはすでに焦りとイライラとで爆発寸前である。
声をかけても階段の上で「手!!つなぐの!!」と怒っている。
クツを脱いで階段の上まで駆け上がって手ぐらい繋いでやればいいとも思うのだが、その前に散々「ベイブレード1回やってから」「ピタゴラスイッチ見てから」に付き合った後だった。
心が狭い、器が狭いと言われたら仕方がないが、私の方もなぜだか意固地になってしまった。絶対クツ脱がないぞ。と大人げなく玄関で仁王立ちをした。
数分の睨み合いの末、母はクツを脱ぐつもりがないことを三男も察したようで、「手つなぎたかったぁぁぁべそべそべそべそ」としながら玄関にようやく降り立った。クツを履かせ、手をつなぎ、リュックを持って玄関を出る。
「さぁ!行くよ!」
──歩かねぇ……!!!
手をつないだまま、三男の足がクラゲみたいになった。
立つ気が全くない。
「いやちょっと!歩いて!」
ぐいぐいと腕を引っ張りあげても
「手…つないで階段おりたかった…べそべそべそ」と言って歩こうとしない。
すでに意固地になっている私は、今から玄関を開けてクツを脱いで階段を登って手をつないで降りるというクソめんどくさいことをする気になれない。
「どっせい!!!!」
掛け声とともに三男を抱え上げた。
持ち方としてはマグロのそれと同じである。
クラゲからマグロと化した三男は「おろしてよぉ~!手つないで階段おりたかったんだ~!」と泣いている。
が、もう時間がない。本当に。それに意固地になっちゃってるし。
ビチビチと暴れまわるマグロをがっちりとホールドして保育園へと向かい始めた。
5分後──。
腕がっ!!!!!
何回か下ろしてみたけれどどうしても歩かない三男に、早々に腕に限界がきた。暴れまわる14キロを抱えて歩いたら5分で限界がくるのも仕方がない話だろう。
保育園まで、あと10分はかかる。
道端でクラゲマグロと化した三男を一旦置いて考える。進むか、戻るか──……?
否、ここまで来たのに戻るなんて嫌だ!進む!
肩を3回ほど回して再び三男を抱える。
「どっせい!!!!」
一歩が重い。まるで自分の足じゃないみたいだ。手に抱えた三男がどんどん重みを増していく。……私の脳裏には幾度となく、ある思いが渦巻いていた。
──タイムマシンがあったら20分前に戻りたい。
どう考えても、あそこで手繋いで階段を降りた方が楽だった。
歩いては下ろし、下ろしては歩き、ようやく保育園に到着した。髪はボロボロ。腕はパンパン。三男の顔は涙となんかよく分からないものでぐちゃぐちゃ。泣きたいのは私の方だと思いながら教室の扉を開けた。
先生が手を大きく広げて三男を受け取る体制に入る。
私は死んだ魚の目をしながらすしざんまいのポーズをした。活きのいい三男マグロはそのまま先生によって放流されていった。
<百人一首 84番>
ながらへば またこのごろや しのばれむ
憂しと見し世ぞ 今は恋しき
藤原清輔朝臣
【現代語訳】
長く生きたなら、つらい今が懐かしく思い出されることでしょう。つらいと思っていた昔が今では恋しく思えるのだから。
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