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よくある普通の毒家族 #3 妹は監禁部屋で敗北席に座る

みなさんは ”兄弟喧嘩”  したことありますか?

兄弟喧嘩って、些細なことや、嫉妬、不公平感からの大人からしたから「どっちかが我慢すればいいのに」なんて思うことがあるような、きっとくだらないこと。

でも子共にとっては絶対に譲れない感情の戦い。

後部座席の位置と、幼い悟り。

地方に住む我が家では、車は生活の足でした。
父が運転席、母が助手席、そして子どもは後部座席。
それが、外出時の決まった配置です。

私はなぜか、いつも運転席の後ろ。
助手席の後ろに座ることはほとんどありませんでした。
たまにそちらに座ろうとすると、姉に「は?お前はそっちだよ」と当たり前のように言われ、何も言い返せずに戻る。

だって、決まった場所じゃないから座る権利はある、きっとそんな理解力は妹には存在していた。

しかし、妹は、場所の取り合いはしない、というよりも、最初から争う気持ちが湧かない
幼い私は、この時点で「勝てないことはしない」という、諦める選択をしていました。

きっと兄弟喧嘩はこうった些細なことで発生するのだろう。
しかしこの姉妹には、存在しない。

その習慣は、単なる座席の話ではありませんでした。
家庭の中で、姉が欲しいと望めば叶い、妹が望めば「姉に逆らえない親」が『妹さえ騒がなければ』という空気で重くなる。
無言の「妹犠牲圧力」

妹の幼児期にすでに備わっていたもの
・無言を貫け
・姉がいたら動くな、気配を消せ、息すらするな
・姉と目を合わせるな
・姉に物を取られたら諦めろ

体が勝手に反応します。

妹がすることは、何もしないで諦めることを心に強制することしていた。 それが普通のこと。 「欲しい」と言うことが許されない空気の中で育つと、望む前に諦める方が安全だと学んでしまう。 そしてそれは、たぶん3歳くらいにはもう完成していたと思います。

覚えているのは、「自分は後回しになる」ことの積み重ねです。
最初のきっかけは思い出せません。
けれど、何度も小さな場面で経験してきたことで、私の中に諦め=生き残る術という感覚が刷り込まれていったのでしょう。

助手席の後ろに座ることなんて、大人から見れば些細なことかもしれません。
でも私にとっては、その席は「勝ち取れない場所」であり、
運転席の後ろは「敗北の場所」だったのです。


一度でいいから、お母さんの後ろに座りたかったーーーー。


兄弟喧嘩はしません、物心ついた時からそんな気力がなかったからです。

動物は強い相手が現れると、存在を消すように動きません、妹はそれに似た行動をします。

だから、姉のいる車の中は地獄。
車内だけじゃない、姉が視界に入る場所に存在してることが地獄でした。

じゃあ、なんで車に家族4人で座っているのでしょう?
答えは、「家族で外食」「家族で買い物」へ、行くためです。

母と手もつなげない妹は常に「父」
目の前で姉が母を独占するのを常に見せつけられていて、それを見る度に虚しくなります。

父がどうかではなく「母といたい」。
でも、それが許されないのが普通のこと。

姉は妹に「母は私のものだ近づくなお前は父だ」と母といることをわざわざ見せつけたり、妹が母のところへ行こうとすると「は?お前はあっち」と言われる。

幼児期で、目の前にいる母へ近づくことを許されない子供。

どうせ、無理だから諦めましょう。
攻撃されるから、諦めましょう。
敵視されていますから、無言を貫きましょう。

物心つく前から、姉は母を独占するために妹の精神を殺し続けていたのでしょう。

法律では捌けない、証拠のないいじめと一緒。

子供の成長に、目の前で母を独占されるのを、見るだけしかできない妹の虚しさは数十年続きました。

きっと、どこにでもある、ごくごく普通の毒家族。



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もろこし 絶望の43歳ですが、頑張ってみなさんの有益になるような記事を書いていきたいと思います。 お恵みと応援とご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。