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掌編小説「修羅の旅」#よしまるさんの企画


「修羅の旅」


逢いたい。
いいえ、逢えなくても、せめてあの人が住む空の下に身を置いてみたい。だから、
「今から行きます。例え拒絶されても私は貴方に逢いたい」

 秋月 義彦に、そんなラインを送ったのは、一年程前だった。結局、その日は彼にとくとくと説得されて、荷造りしたスーツケースをそのままクローゼットにしまい込んだ。秋支度が入ったスーツケースは一年間、クローゼットの中で眠ったままになった。
 それが突然、秋月から電話が掛かってきたのは黄色く色づいた街路樹の銀杏が散り始めた11月の或る夜だった。

「妻が出て行った。僕はもう自由だ」
「どういうこと?」
「だから、君に逢える」
そう言われた時、プツンと弾けた何かに私は気付かないふりをした。
「僕が出向いてもいいが、締切に間に合わない。君が来てくれるか?」
「もちろん」
 
そう言ってみたが、私は一年前に自分を包んでいた高揚感が湧き上がってこない事に気付いていた。
 妻が出て行ってしまったから私に逢うですって?それでは、まるで私は無くしたジグソーパズルの1ピースに過ぎないってこと?彼の心の隙間を埋めるためだけの。
 秋月の方から妻を捨てて私を選んだのなら、この電話に感動したかもしれなかった。愛が冷めたわけではない。遠距離の恋を二年も続けてこられたのは、秋月が持つ作家特有の独特な雰囲気に惹かれたのと彼の置かれている環境に憧れを抱いていたからだったのかもしれない。

 秋月 義彦と出逢ったのは、私がまだ出版社で働いていた頃だった。東京で一人暮らしをしている私は今も同じ派遣会社に席を置いて、時間給の良い仕事だけを選んで生計を立てている。責任あるポジションに居るわけではないから、二、三日の休日を取っても咎められる事はなかった。会社に有給の申し出をして新幹線の切符を買った。販売機の前で数秒、往復にしようかと迷ったが秋月の気まぐれな性格と僅かな期待で片道切符を選んだ。
 翌日の午前中ののぞみに乗る為に家へ帰って、クローゼットの奥から、あのスーツケースを引っ張り出した。中には昨年流行した洋服と秋月のために買った真新しい下着が入っていた。洋服は今年の物に入れ替え、下着は迷った挙げ句にそのままにした。
 それから明日の到着時刻を秋月にラインした。
「そうか、分かった」
自分から私を呼んだくせに、昨夜の電話のような熱は、その言葉から感じる事はなかった。
 翌朝、私はいつもよりも入念に自分の顔に化粧を施すと、鏡に向かって頷いていた。
「同じ顔」
悠然と自分に微笑み返すと旅行にはそぐわない黒いハイヒールを履いて家を出た。
 東京から京都までは、のぞみで二時間と少し。時間的距離で言うなら、この恋は遠距離なのかと疑問に思う。前の席の男の子が
「ママ〜、見て見て!!富士山だよ」
そう言った瞬間に富士は私の視界から遠ざかり車窓を流れ消えて行った。
 欲しい物は、秋月ではなかったのかもしれない。そんなことは、とっくに気付いていたのかもしれない。私が欲しかったのは…
京都駅のホームに降り立つと東京とは違う匂いが私を包んだ。古都と現在と、都会と田舎と、インバウンドと地元民と、パレットの上で雑多に絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような感覚が私を出向かえてくれた。コロコロとスーツケースを引き摺って、京都タワーを見上げる喫煙所で煙草に火を点けた。
「着きました」
「そうか」
「何処へ行けばいいの?」
「ヒルトン京都に部屋を取ってある」
「分かりました」
恋と呼べる空気を纏わないラインのやり取りを見つめてから、二本目の煙草を揉み消した。空は暑い夏に飽きたように青の濃さを増している。
「東寺へ」
私はタクシーの運転手に告げていた。
「紅葉見物ですか?」
「ええ」
「お客さん、運がええ。今年は今がちょうど見頃ですよ」
「そうですか」

運がいい?
私に運なんてあったのだろうか。双子として生まれた私達を貧しかった両親は、その一人を里子に出した。会った事もないもう一人の私は、漫画家として成功して、テレビや雑誌でも活躍している。私と言えば、未だにうだつの上がらない派遣社員に過ぎない。

「さぁ、着きましたよ。京都旅行を楽しんでください」
「ありがとう」
「おおきに」
タクシーを降りるとコロコロと引いていたスーツケースを置き去りにした。インバウンドの影響で外国人で溢れかえった寺は、それでも歴史を刻み、私の目の前に燃える秋を見せつけてくれた。
私が数十年、心に秘めていた嫉妬よりも深く紅く。
スマホを手に取ると電話を掛けていた。
「このまま帰ります」
「何故?君が望んでいたように、やっと一緒になれるんだぞ」
「望んでいた?」
「そうだろ?」
「あははは〜」
何も知らない秋月…いや、義兄が珍しく狼狽えているのが可笑しくて、私はいつまても紅葉の中で嗤い続けた。(約1940字)









よしまるさん、はじめまして。
初めて企画に参加させて頂きます。よろしくお願いします。
いや〜、2000字は、やっぱり厳しかったです(苦笑)






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