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掌編小説「焚き火」#虹色創作部



私には二つ違いの姉、夕貴が居た。両親は出来が良い姉と私をずっと比較して私を育てた。
 ピアノの発表会で姉がシンデレラのような華やかな衣装を身にまとい、ショパンを弾いた時、私はまだバイエルの練習中だった。運動会でリレーのアンカーを務める夕貴と比べて、鈍臭い私は選手にさえ選ばれなかった。成績も優秀で学級委員の姉に比べて私は常に落ちこぼれの劣等生だった。
母は
「私のお腹の中で良いところを全部、夕貴が持っていっちゃったのかしらね」
そう言って笑ったが、それが優しさからでない事くらい小学生の私にも分かった。
 皮肉なことに、家の中でそんな私の良き理解者で味方は当の夕貴だけだった。小さな頃から夕貴は私にいつも優しかった。
「千恵ちゃんみたいなかわいい妹が欲しかったの」
姉は私が欲しいと言えば、おやつも、自分が持っている玩具も洋服も文房具も惜しげもなく与えてくれた。
でも姉のおやつをもらえば太り、姉が似合う洋服をそんな醜い私が着ても、誰も可愛いとは言ってくれなかった。優秀な姉の文房具で勉強したからといって成績が良くなるわけでもなく、私は自分の欲求を満たすことで自分の価値を下げただけだった気がする。
 私が高校に入学すると三年生だった姉は、男子の憧れの的だった。姉の助けを借りて、やっとその高校へ入学した私は勉強に付いていくのが精一杯で、青春を謳歌する余裕は全くなかった。夕貴と一緒に通学して比較されるのが嫌で、同じ高校へ行くのにわざと時間をずらしたりした。
 あの頃からだった。姉の優しさは偽りなのではないかと感じ始めたのは。おやつをくれたのは、私を醜くく太らせるため、玩具や文房具や洋服を与えたのは、夕貴自身の優越感を満足させるためだったのじゃないかと。自然と私は夕貴から遠ざかるようになった。
「千恵ちゃん、千恵ちゃん⋯」
部屋の外で姉が私を呼んでも返事さえしなくなった。
 秋が深まり冬の足音が聞こえる頃、私はせっかく入った高校へも行けなくなっていた。夕貴は相変わらずしつこく私の部屋の前で私を呼んだ。
「ねぇ、千恵ちゃん、お庭の落ち葉で焚き火をしてお芋を焼かない?」
何を子どもじみた事を言い出すのだろう。
「甘くて、千恵ちゃん大好きだったじゃない」
また私を太らせる気なのだろうか。堪りかねてドアに向かって私は叫んでいた。
「そんなの、夕貴ちゃん一人でやってよ!!」
「一人じゃつまんないもん」
「もう、放っておいて!!」
コツコツと階段を降りていく夕貴の足音が、寂し気に聞こえた。私は夜中に一人でコンビニに行くくらいしか外出も出来ないようになった。

 それなのに⋯
ある朝起きると背筋がゾクゾクとして関節が痛い。熱を測ると40度を超えていた。えっ、これって志村けんさんの命を奪ったコロナ?!
急いで母にラインすると
「発熱外来へ行きなさい」
とだけの返事が送られて来た。私は一人で布団の中でぶるぶると震え続けた。その日の夕方、バタバタと夕貴が階段を駆け上って来る音が聞こえた。
「千恵ちゃん、熱があるんだって?病院連れて行ってあげる。一緒に行こう!」
「ゴホンゴホン⋯」
被っていた布団から這い出て、私は藁をも掴む思いでドアを開けていた。
「お、お姉ちゃん」
姉の腕の中へ倒れ込んだ。それから三日間の私の記憶は曖昧だ。。自分のベッドで覚醒めると夕貴が
「良かった、千恵ちゃん」
涙ぐんで私の手をぎゅっと握った。姉の綺麗なカーブを描いていた二重の瞼は落ちくぼみ、滑らかな頬はガサガサに荒れていた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
私も自然と涙が溢れてきた。
「千恵ちゃん、元気になったら一緒にお庭で焚き火をしようね。昔のように焼き芋を焼こう」
私達は小指と小指を絡めて指切りをした。
 それから二週間後だった。私のコロナが移った夕貴は、呆気なくこの世を去ってしまった。初めて姉は私との約束を守れなかった。
 冬枯れの風が強い日だったのに、夕貴の亡骸を燃やし、魂を運ぶ白い煙は真っ直ぐに天へと昇って行った。両親の悲しみと恨みの矛先になりそうで、その煙を見上げると私は一人、家へとって帰した。
 庭の落ち葉を竹箒で掻き集め、マッチで火をつけた。炎の向こうから、小さかった夕貴が私に焼き芋を手渡した時の声が聞こえたような気がした。
 「はい、千恵ちゃんに大きな方をあげるね」

私が犯した大罪を焚き火は燃やし尽くしてくれるだろうか。姉を喪った悲しみは深いが、それよりも姉の愛を疑った愚かしい自分を許せるだろうか。
 それでも焚き火はパチパチと、あの日のように冷えきった私の身体を暖かく包みこんだ。
 やがて炎が鎮火する頃、夕闇の中を黒い服に身を包んだ二人が白い箱を持って、裏木戸から入って来た。
「千恵のせいじゃないから」
私は、その二人の影に飛び込んで焚き火よりも温かな腕の中で、いつまでも泣き伏した。
 記憶が曖昧だった三日間、うつらうつらと眠っていた私に唇を押しあてたのは夕貴だったのではないかと思いながら。





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