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動じないし揺るがない

おはようございます、さんくです。

今日は、いつもと経路を変えてお話したいと思います。昨日までと言ってることちゃうやん!となりそうですが、そう感じたのでツラツラ書こうと思います。

僕は、このnoteで苦しい事や辛いことがあれば、パニクってもいいし、落ち込んでもヘコんでも全く問題ない、全て受け入れて、立ち上がることに意味があるし、不安定なままでも一歩ずつ歩いていきましょうや、と何回も書いていました。

それは、本当にそう思っていて、俯瞰してみた場合、不安や悩み、辛いことから目を背けるより、受け入れた方が圧倒的に楽で、手を繋いで歩くくらいが長期的に見れば安定する。

ただぁ!それは表面上の自分で、芯の自分、心の奥の奥の自分は、どんなものにも動じない、揺るがない自分がいると思ってます。

会社でイヤなことがあって憂うつになってもいい、毎日寝たくても寝れなくてもいい、起きようとして体が動かなくてもしょうがない、起きた瞬間からブルーになるのもしょうがない、毎日シンドくてもいい、けれど、本当の奥の自分は、どんな状況であっても、決して揺さぶられない、そして全く動じない自分がいる。

それは、辛いことや嫌なことがいくら重なっても、生きるのに疲れたとか、なんで私だけとか言わない心。

世の中クソだ、とか生きててもしょうがないとか思わない心。目に映るもの全部を悲観しない心。

心の奥の奥の底にある自分は、決してどんなことがあっても、全くビクともしません。そんなものが絶対にある!といい切れるし、だから自分を信じることもできます。

本当に揺さぶられるときは、身近な人を失ったりする時くらいでしょう。でも、それはしゃーない。

順番からすれば、親からいなくなるのは当然だし、抗えないことに抗っても無駄。これは、人間生まれた時から苦しみがなんやらかんやらってやつで、ここは真正面から受け入れる。

ただぁ!(2回目)
日常のあれこれや、イレギュラーに物事がうまく運ばない時、人間関係のドロドロ、心が上がらないなんてのは、なんてことない。

奥の奥でずっと見守ってくれて信頼できる自分は、どんなことにもへこたれない。ずっと、1000年経った大木のようにドシッと動じずに構えてくれている。

これがある限り、自分は大丈夫と思える。

自分を信じてれば大丈夫、とたった一言でまとめられる記事を、ワーワー言いながら書かせてもらいました。

ここまで読んでくれてありがとうございます。今から、初詣(2回目!)に言って、いろいろ祈ってきますw




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