人のせいにする人の心理|誰もが誰かのせいにしたい
仕事において、僕はどれだけ負荷の高い仕事を課されても、どれだけ失敗をして叱られても、基本的には淡々と仕事を続けることができる。もちろん精神的にしんどいことはあるが「辞めてやろう」とまではならない。
しかし、やっぱりどうしても「辞めてやろう」となってしまう瞬間がある。愚痴の様な話になってしまって申し訳ないが、それは責任を押し付ける人たちに囲まれる時だ。
どう考えてもやらなくても良い細かな作業も「念のためご確認ください」といった文書をわざわざチャットで送ってくる。宛先に上司も加えて。
決められたルールに従っていることを露骨にアピールして、発生した問題の根本原因を考えない。
こういった人たちがやたらと多い。企業は顧客と社会に価値を提供することが存在意義だが、彼らは自分の身を守ることしか考えていない。
会社員の何が良いかと言うと、そもそもリスクヘッジがされている形態で仕事ができることだ。どんなミスをしても、せいぜい減給されるか解雇になるだけであり、転職をすればやり直せる。
そんな状況下で更に他人に責任を押し付ける働き方をするのって、さすがに行き過ぎではないか?このままだと人の足を引っ張ってお金が稼げる社会になってしまう。
…と、ここまで身の回りの文句を言ってきたが、言ったところで何も変わらない。
ふと周りを見回してみると、世の中には代行サービスがたくさんあることに気づく。物事を自分で解決できない人のために、様々な代行サービスが存在する。
それらの代行サービスがどれもうまく代行してくれるとは限らない。にも関わらずたくさんの人が金を払って代行をお願いをしている。
もちろん代行サービスの本質的な意義は、代わりに行ってくれることだが、利用者側としては、うまくいかなかった時に「自分が決めたことじゃないし」と思える、精神的なリスクヘッジの意味合いも強いように思う。
昔は結婚相手もお見合いで決めていた時代だった。不思議なことにその方が離婚率が低かったというデータさえある。「親が決めた」と割り切った覚悟の方が案外長続きするんだそうだ。
確かに、責任を果たそうとしていつも自分の頭で考えて決断を下し続けるのは簡単なことではない。それほど強い人間ばかりで社会は構成されていないのだ。
「誰もが誰かのせいにしたい」ひとまずは、そう思ってこれからも我慢して働こうと思う。
