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黒の覚悟──不動明王の身体が語るもの

不動明王の像の前に立つとき、人はしばしば言葉を失う。

金色に輝く如来像や、柔和な光をたたえた菩薩像とは明らかに異なる。あの黒い、あるいは深い泥色の身体。憤怒の形相、燃え盛る炎光背。けれども、じっと見つめていると、怒りよりも先に、なにか重い静けさのようなものが伝わってくる。

あの黒には、三つの深い意味が込められているという。

一つ目は、包容の黒である。

黒という色は、どんな色を混ぜても最後には黒へと還る。すべての色彩を吸収し、消さず、ただ引き受ける。不動明王の黒い身体は、その宇宙的な包容力の象徴だ。世の中のあらゆる悪、人々の煩悩や業報を、すべてその身に呑み込んで浄化する。他者の濁りを受け取り続けた結果として、身体は黒くなったのだという。清潔であることを誇るのではなく、汚れた他者を引き受けることで自らが汚れていく。それが本物の慈悲である、と密教は教える。

二つ目は、奉仕の黒である。

不動明王の原型は、ヒンドゥー教のシヴァ神にあるとされるが、密教においてその姿は「最下層の奴隷」として描かれる。煌びやかな大日如来の代わりに、もっとも泥臭く、汚れが激しく、誰も近づきたがらないような現場へ、ひとり這いつくばって赴く存在。煤にまみれ、泥に汚れ、身体が黒くなるまで働く。その利他の姿が、あの黒い皮膚の本質だという。

華やかな光を放つことが高尚なのではない。光の届かぬ場所へ降りていくことが、真の菩薩行なのかもしれない。

三つ目は、炭のような黒である。

経典では不動明王の肌を「青黒(しょうこく)」と定める。金色や白が清浄と智慧を表すのに対して、青黒は「調伏(ちょうぶく)」——悪を強力な力で打ち砕くエネルギーの色だ。ただの暗闇ではない。炭が内側に凄まじい熱量を秘めているように、あるいは深海の底が光を凝縮しているように、外見は静かでも、その身体の内側に灼熱が燃えている。

炭は燃える前、黙って暗い。しかし点火された瞬間、誰よりも長く、誰よりも熱く、燃え続ける。


考えてみれば、もっとも高い覚悟を持つ者は、もっとも低い場所に立つことを厭わない。

華やかさを捨て、清潔であることを手放し、最も重い汚れを引き受ける。不動明王のあの黒い佇まいは、「道理に徹する」という覚悟の色なのだろう。派手さはない。けれども、見る者の背筋をすっと伸ばさせるような、本物の重みがある。

庵に不動尊の彫像がある。坐に入るたびその眼と視線が合う気がして、私はいつも自分の不甲斐なさを思い知る。お恥ずかしい。

黒は、諦めの色ではない。すべてを引き受けた者の色だ。

墨染めの 衣に宿る 不動尊
裡に秘めたる 炎背負いて



今日の音楽

Janne Da Arc 23rdシングル 「月光花」 (2005年1月19日リリース)
NTV系アニメ『ブラック・ジャック』オープニング・テーマ

「黒」といえばブラックジャック
この漫画は深いってもんじゃなかった
ぼくの漫画生活で最高の部類に入る
「月光花」というタイトルも気に入っている

鉄腕アトムや火の鳥、ジャングル大帝より
この物語が僕のなかの「お不動さん」だ

Shodo


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