十分に端正な集中線はコマ枠と区別できない──カミーユ・ブルタン『ヨン』【今月のマンガ/2026年4月】/石野慶一郎

カミーユ・ブルタン(Camille Broutin)のバズりが興味深い。もちろんその大きな要因は、大友克洋や松本大洋、今敏などを連想させるキャラクター造形や、微細で丁寧な書き込みに象徴されるアナログ感の漂うその筆致にあるのだろう。

ところでカミーユ・ブルタンとは何者なのか。少し調べれば以下のようにまとめられよう。

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1997年、アメリカ・メリーランド州生まれ。4歳でフランスに移住し、理系バカロレアを取得後、パリで応用美術を学んだのち、フランスの名門映像学校ゴブラン(Gobelins)に進学してアニメーションを専攻。2020年に同校を卒業し──ちなみに彼女が携わった卒業制作は以下の通りYouTubeで見られる──、フランスおよび日本のスタジオでフリーランスとして背景・レイアウトなどの制作に携わる。

2021年には、シナリオデュオBeKa原作の『Filles uniques』でバンド・デシネ作家としてデビューし(カミーユ・ムユ(Camille Mehu)名義)、Dargaudより刊行。以後、アニメーションと並行しながらBD制作を続け、徐々に創作活動の中心をマンガへと移していく。

2025年には、カミーユ・ブルタン名義で初の完全著作『ヨン(YON)』を発表し、脚本と作画の両方を手がける。日本のマンガやアニメ(湯浅政明、今敏など)と、フランス=ベルギーBD(『タンタン』など)の影響を受けた作風を特徴とする。現在はブリュッセルを拠点に、マンガとアニメーションの双方を横断しながら活動している。

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では話題の『ヨン』はどのような内容か。こちらもあらすじを簡単にまとめれば以下のようになろう。

ある女子寄宿学校で、正体不明の「現象(phénomène)」が発生する。触れたものをピンポン玉のような「生き物(creatures)」へと「変化(transformer)」させてしまうこの「現象」により、学校は外界から隔離され、生徒たちは内部でのサバイバルを強いられる。

やがて生徒たちは複数のグループに分裂し、物資や安全な場所をめぐって対立しながらも、特殊な絵を使って「生き物」を遠ざける方法や、変化の規則性を手探りで解明していく。「現象」が建物さえも脅かす段階へと拡大していくなか、仲間の変化や喪失を経験しつつ、彼女たちは生き延びるための選択を迫られる──。

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というわけで、「『天国大魔境』のような世紀末感」という形容は、内容的にも外れていないことが分かる。先日発売されたばかりの3巻まで読んだ筆者の所感では、より正確には、ポストアポカリプスというよりは、たとえばアニメ『Sonny Boy』の冒頭のような、より閉鎖的な学園物に近い印象を受ける。

こうした世界観ももちろん魅力的だが、より惹きつけられるのはやはり絵のほうだろう。わけても、絶妙な間隔で引かれた端正な直線たちは、パズルのピースを順番に埋めてゆくような心地よさを感じさせる(これに関して個人的に想起したのは、大友や松本、あるいは筆者が影響を公言している望月峯太郎というよりは安田佳澄『フールナイト』だった)。

心を整わせるようなこの直線的な作画は、ほとんど神経質なまでに丁寧な、間隔の狭い、静謐なコマ割りにも拠る。あるいは、コマ枠とほとんど同じ細さで描かれた集中線もまた、この直線的な誘惑を備えている。

だから、このマンガの最大の特徴は、“太さがない” というところにあると思う。言い換えればそれは、世界がひとつであるということである。十分に端正に引かれた集中線は、キャラクターの輪郭やコマ枠とほとんど区別がつかない。十分に高度な科学技術が、魔術 ──「魔法」とは言いたくない── と区別がつかないのと同様に。

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この点で個人的に想起するのは、藤本タツキだ。藤本タツキの特徴のひとつは、ぜんぶが同じ線でいいんだ、と気づかせてくれる点にあると思う。キャラクターも集中線も描き文字も、ぜんぶ同じ線で描ける。描いてしまえる。世界を水平に統合するこの線が、藤本タツキの革命のひとつだった。

むろん、カミーユ・ブルタンが藤本タツキに影響を受けたとはまったく思わない。彼女が幼少期に読んでいたのは『DEATH NOTE』や『ONE PIECE』であるし ──その影響はむしろあまり感じないのだが──、『ヨン』は日本式の右開きであるとはいえ、やはりそこには日本以外のマンガの要素も大きく作用している。

それでも『ヨン』に ──とりわけ第3巻に── 藤本タツキを幻視してしまう偶然に、あるいは『ヨン』は ──デジタルを駆使する藤本とは違って── 基本的にはアナログで書かれているのにもかかわらずそれらがひとつの線に収斂するという偶然に、筆者はひとつの時代感覚を予感する。

果たしてこの先、マンガに本当の意味で均質でない線があらわれることはあるのだろうか。ほとんどすべてがデジタルを通して均質化される時代に、均質でない線など描けるのだろうか。

いや、逆かもしれない。より困難なのは、すべてが二値化する世界のなかで、絶対的に均質な一本の線が引かれることではあるまいか。

一体化する世界においてそれを成し遂げられるのは、むろん、日本のマンガだけではないだろう。

「ヨン」とは、ハイチ・クレオール語で数字の「1」を示す。


【参考文献】

Camille Broutin, Yon, t. 1-3, Paris, Dargaud, coll. « Combo », 2025-2026.

https://www.instagram.com/camillebroutinmehu/

Edouard Kamykowska, « Entretien avec Camille Broutin, mangaka de Yon [partie 1] », Bunka Power, 7 mai 2025,
https://bunkapower.hypotheses.org/721 (consulté le 30 avril 2026).

———, « Entretien avec Camille Broutin, mangaka de Yon [partie 2] », Bunka Power, 14 mai 2025,
https://bunkapower.hypotheses.org/857 (consulté le 30 avril 2026).

———, « Entretien avec Camille Broutin, mangaka de Yon [partie 3] », Bunka Power, 21 mai 2025,
https://bunkapower.hypotheses.org/954 (consulté le 30 avril 2026).

———, « Entretien avec Camille Broutin, mangaka de Yon [dernière partie] », Bunka Power, 28 mai 2025,
https://bunkapower.hypotheses.org/1045 (consulté le 30 avril 2026).

Quentin Dumas, « Rencontre avec Camille Broutin : “Avec Yon, je suis revenue à ce que j’aimais faire avant” », Journal du Japon, 18 mars 2025, https://www.journaldujapon.com/2025/03/18/rencontre-avec-camille-broutin-avec-yon-je-suis-revenue-a-ce-que-jaimais-faire-avant/ (consulté le 30 avril 2026).

Christian Missia Dio, « Camille Broutin (Filles Uniques) : “Le duo BeKa a repéré mon travail sur Instagram” », 29 mars 2025, https://www.actuabd.com/Camille-Broutin-Yon-Filles-Uniques-Le-duo-BeKa-a-repere-mon-travail-sur (consulté le 30 avril 2026).

« Camille Broutin, le manga à la française et au féminin », France24, 28 mars 2026, https://www.france24.com/fr/info-en-continu/20260328-camille-broutin-le-manga-%C3%A0-la-fran%C3%A7aise-et-au-f%C3%A9minin (consulté le 30 avril 2026).

※とりわけ最後の「「ヨン」とは、ハイチ・クレオール語で数字の1を示す。」というのはカミーユ・ブルタン本人の以下のようないくつかのインタビューによる。ただしハイチ・クレオール語で数字の1は « yon » だけでなく、 « youn » とも示すようである。


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