親に一番感謝していることは、放任主義だったこと
ゴールデンウィークに実家に帰省した。久々の親との再会で、ふと思い出したので書いてみる。
放っておかれた子ども時代
私は北関東の閉鎖的なド田舎に生まれた。
三人きょうだいの末っ子で、6歳上の姉、3歳上の兄がいる。
親になって感じるが、うちの親は、末っ子だった私に対して特に放任主義だった。
・「宿題やりなさい」と一度も言われたことがない
・「習い事(ピアノ)の練習をしなさい」と一度も言われたことがない
・門限がない
・習い事を辞めるタイミングは私に決めさせる
・高校から外泊許可不要(両親とも夜勤があり、姉も兄も社会人だったため外泊を気にする人がいない)
・高一で原付免許を取りたいと言った時も反対せず
・高一でアルバイトを始めた時も反対せず(アルバイト禁止の学校)
・大学進学先は、「よく分からないので自分で決めて」。ただし、予備校代を出す余裕は無い。国立なら一人暮らし可、私立なら自宅から通うこと
・「地元に帰って就職しろ」と言わない
放任されて思うこと
当時はあまり分からなかったが、友人や夫の子供時代を聞いてみると私とは全く違い、ご両親のサポートの手厚さに驚くことが多々ある。
自分以外に自分の大学受験を真剣に考えてくれる人がいたなんて。少し羨ましくも思った。
自由と自己責任
多分、親が仕事で忙しかったのもある。私が姉や兄を見て要領よく生きるタイプの末っ子だったからというのもある。
いずれにせよ、私は「自分で決めて自分で責任を取る」ということを、子どもの頃から当然のように任されていた。それは、自由と同時に、静かなプレッシャーでもあった。誰も答えを用意してくれないから、自分の足で立つしかない。でも、それが私には心地よかったし、のびのびとさせてもらった。
一番放っておかれた割に、きょうだいの中で私が一番勉強好きになり、田舎を出たい一心で国立大学にも合格できた。
子育てのお手本は身近にいた
こうした「信じて見守る」という育て方について、子育て中の今、改めて考えることがある。
佐々木正美さんの『子どもへのまなざし』という本には、「子どもは親に見守られることで、安心して自立していく」という一節がある。優しく、静かに、でも力強く、そんな言葉に触れるたびに、自分が育てられた環境を思い出す。
実際、子どもの人生に干渉する親の話も耳にしてきた。親の仕事を継げとか、地元に帰って来いとか。
そういうことと無縁だったのは幸せだと思う。
「答えは自分で探すもの」だと教わった
進路も、仕事も、人間関係も、結婚相手も、住む場所も全部自分で選んで、自分で間違えて、自分で学んできた。親に反対されたことがないのは、放っておかれていたからではなく、「あなたが決めたなら、それでいい」と、黙って受け止めてくれていたからだと思う。「もっとああすればよかった」と後悔することも、自分で選んだ結果なので親のせいにすることなく過ごせている。
もちろん、そんな親でも愛されていることはきちんと伝わった。受験生の頃は毎日ピリピリしている私に愛想を尽かさず毎晩夜食を作ってくれた。
バイクを買った時は母も人並みに心配はした。でも、頭ごなしにダメだとは言わなかった。
いつも先回りして答えを用意するのではなく、相談した時にだけアドバイスをくれた。だから、自分で答えを探しに行く力がついたのかもしれない。
私は娘に同じようにできるだろうか?
いや、絶対無理な自信がある。既にできていない。宿題やったか聞いちゃうし。
でも、そんな親の距離感を思い出し、感謝しながら、今日も子ども達を見守っていきたい。
