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実家が汚すぎてどうしたらいいか分からない

いつからだろう。帰省する度にイライラしたり、疲れて東京に帰ることが増えた。

理由は色々あるのだが…

おそらく、一番大きな原因が、家が汚いということだ。

実家は両親と兄の3人暮らし。
そもそも家自体古いのだが、それ以前にとにかく家が汚い。夫や子ども達を連れて帰るというのに、少しは片付けようとかいう気は父と兄はゼロである。

テレビ台の周りには小銭やドライバー、薬、市の広報紙、爪切り、綿棒などのガラクタが平面を埋め尽くすように置かれている。スプラトゥーンか。

テーブルにもデケェサプリの容器がデーンと鎮座している。洗濯物は畳の上に放置され、猫の毛が絡み付いている。どうせ仕舞わずにここから取ってまた着るのだろう。

家事のほとんどは母が担っているようで、父や兄が皿洗いをしている所を見たことがない。むしろ父なんかは家にいくつもあるであろうガラクタを100均で買ってきては増殖させるという特殊な趣味を持っている。

きっと見えないところで分業はしているのだろうが、高が知れている。母に甘えっきりの男共に呆れずにはいられない。

そんな母は、私達が遊びに来る時は多少片付けるものの、正直甘い。娘の私の方がまるで姑のように、汚いコンロや、コレで洗ったコップ使いたくねぇ…と正直思ってしまう程使い古されたスポンジ、床の汚れが目についてしまう。

冷蔵庫も液体がこぼれた跡などは基本放置されているので汚く、なんか臭い。常にパンパンで、買ってきた飲み物すら入れられない。賞味期限や在庫を把握しているとはとても思えない。

洗濯機も汚くて、使うのに気が引ける。なぜ洋服を洗うための機械が、屋内のはずなのにこんなに汚れているのか、私の想像力では分からない。

どの引き出しを開けても物はぐちゃぐちゃに突っ込まれている。体温計一つ容易には見つからない。
数年前にリフォームしたはずの浴室もすでにカビが。

この家では掃除の優先順位がかなり低い。
夏休みの宿題くらい優先順位が低い。

後回しに後回しを重ね、もはや、誰もやらない。母と兄はこの家で暮らして早30年40年、父は多分50年くらい暮らしているので汚いという自覚は全くないのだろう。

さらに、実家では屋外をうろついてきた飼い猫を平気で家の中に土足で入れている。実家に帰ると靴下が汚れる。
この家は衛生観念が昭和で止まっているのだ。

鍵をかける習慣も無い田舎だし、今更高齢の親に言ってもしょうがない住んでもいないのだから余計なお世話だ…という思いと、娘の私が言わなければ!という気持ちがせめぎ合う。

しかし言ったところでせっかくの帰省が嫌な空気になるので、最近は見なかったことにしてしまっている。

みんな悪い人達ではないので、楽しみに待っていてくれていることは伝わる。お菓子や花火を用意して待っていて、なんやかんや言いながらも楽しく過ごしている。

ただ、家は汚ねえしイライラしてしまうし、実家の近所に住む姉は会話の8割が愚痴なので疲れるし、田舎で暇なので私の滞在はいつも短い。たまにしか帰らない。

ちなみに、こんな汚い家に夫を泊めるのは気の毒なので、コロナ禍から夫だけ近くのホテルに泊まってもらっている。気を遣わずに楽だと夫も言う。
実家は陸の孤島で、車でないと帰省できないのだが、私は高速が運転できないので夫に運転してもらっている。なんとかしたいと思いつつ、できずにいる。


子ども達は、こんな汚実家への帰省をなぜか毎回とても楽しみにしている。特に上の子は猫好きで、「ばあばの家に住みたい」とまで言う。

確かに、実家は家も庭も広く自然が豊かで、空の広さを感じる。(広いせいで物が多くても生活できてしまうのが厄介)
何かと狭くてゴミゴミした東京に住む子ども達には開放感があるのだろうか。

こんな実家が、田舎が嫌で東京に出てきた私の娘がそう言うなんて、不思議なものだ。




18歳の時に家を出た。
私はもうすぐ35歳。
物心ついたのが8歳くらいだとすると、私の人生は実家を出た後の方が長くなってしまった。

この汚実家を、親が元気なうちにどうにかしておきたい。が、共働き子育て真っ只中の私にはそんな時間は無い。

とりあえず、子ども達がこの場所を「楽しい」と言ってくれるうちは、私もなんとか我慢しながら帰省し続けようと思っている。

いつか私が「姑ポジション」になったら、娘に「冷蔵庫が汚い」と言われる日が来るのかもしれない。
その時私は何と言うのだろう。

今は、あの巨大な汚実家と向き合う前に、今日の夕飯をどうするかを考えることにする。

実家掃除の本でもポチってみようかな。


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