プロだった母がハンドメイド作品を売らない理由
母は20年ほど前まで、自宅で和裁の仕事をしていた。
依頼主から送られた生地を大きなハサミで裁断し、ひとつひとつ手縫いで綺麗な着物に仕立て上げ、また送り返す。
時には締め切りに追われ、私たちが寝た後も深夜まで明かりを点けて着物を縫っていた母の姿をよく覚えている。
私の浴衣や成人式に着た振袖は母が仕立てたものだった。
芸能人の衣装を縫ったこともあると誇らしげに語っていたこともあった。
しかし私が中学に入った頃、仕事の減少や体の痛み(背中や目が疲れるとよく言っていた)、私たち子どもの学費が必要なこと、また推測だが母も40代中盤になり自分のキャリアを見つめ直したのか、色々な理由から和裁の仕事はいつの間にか辞めてしまった。
(母は、今では病院で介護福祉士として勤務している。未経験の医療福祉分野に飛び込んで、働きながら国家資格を取った母を尊敬している。)
あれから約20年。
私たち姉弟も全員自立し、多少は趣味の時間も取れるようになったのか、母はずっと触っていなかった裁縫や手芸を時々するようになったようだ。
私の娘と息子の初節句には、立派な吊るし飾りを作ってくれた。

久々に目の当たりにした母の作品の美しさに感動し、
「お母さん、これ売ったら数万円になるし、またこっちの仕事やったら?今はハンドメイドのネットショップとか、メルカリとか色々あるよ」と提案した。
検索して母レベルの作品であれば結構な値段で売れることは素人の私でも分かった。
介護福祉士の仕事は、60代になった母には負担が大きいだろうし、自宅でできる仕事の方がいいのでは、とも思ったのだ。
でも、母は「売る気はないんだ」と笑ってサラッと言っていた。
介護福祉士の仕事にやりがいを感じている、ということも。
私は内心もったいないと思いつつも、それ以上は何も言わなかった。
その後も、新型コロナウイルスの影響でマスクが品薄になった時は、いち早くマスクを仕立てて職場の人に配ったと言っていて、私にも郵送してくれた。
今でも、職場の人に要望を聞きつつバッグなど色々な物を作っている。
全て無償で作っているようで、職場では順番待ちになっているらしい。
作るのが楽しいし、同僚に喜んでもらえるのが何より嬉しいと話していた。
そんな話を聞いて、がめつい私は
無償であげるくらいなら、ネットで売ってお小遣い稼いだらいいのに…!と未だに思っていた。
しかし、最近ある本を読んだことがきっかけで、母の気持ちがなんとなく分かるようになった。
その本は「限りある時間の使い方」という本だ。
この本は、現代人が常に「時間に追われている」理由とその対策法が書かれた、「時間」の本質を探ろうとする素晴らしい本だった。
詳しくはぜひ読んでもらえれば、と思うが、本書では
「自分の人生を生きたいのであれば、将来なんの役にも立たなそうだけど自分が大好きで没頭できる趣味をしろ」と、簡単に言えばそんなことが提案されていた。
現代人は常に「人生の本番はこれから始まる」かのような生き方をしている。
まるで、幼稚園は小学校の準備、小学校では中学校の準備、中学校では高校…社会人は老後の準備、のように。
人生の本番は「今」ではないのか、と。
いつまでも将来のことばかり考えるのはやめて、今すぐに自分が大好きで没頭するような時間を過ごすべきだ、と。
ハッとさせられると同時に、母のことを思い出した。
実際にお金をもらって裁縫をしていた母だからこそ、今は本当に「純粋に裁縫を楽しみたい」のではないか。
「裁縫をしている間の没入感」を。
「夢中になる楽しさ」を。
売ってしまったら、または売ることが目的になってしまったら、今母がやっていることは楽しくなくなってしまう、だから売らないのではないか。
おそらく今の母は、趣味の範囲で製作をする楽しさを味わいつつ、自分の周りの顔が見える範囲の人に喜んでもらえることで充分なのだ。
母は、自分の時間を生きている。
最近私は「これ将来につながるかな」とか、「これやる意味あるかな」とか、常に効率主義になっていたことを反省した。
将来とかお金とか何も考えずにただ純粋に楽しいことをやる、ということを、もう少し自分に許してみようと思っている。
