傷も丸ごと、愛して生きたい
人には、それぞれ「傷」があると思います。
私にも、きっと、「あなた」にも。
傷が出来るたびに、その傷が治るたびに、「どうしてこんな傷が」とか、「痛いことなんてもう嫌だ」とか、何度も思いました。
でも、しばらく経つと、その傷すら「私」で、愛おしいなと、思うのです。
転んでも良いから、走っていたい

痛いのは、嫌いです。
できることなら傷つかずに生きていたいとも、思います。
だけど、一生転ばずに生きるのって、きっとすごく難しい。
私は転ばないように細心の注意を払い続けて生きるよりも、「転んでも良いから、走っていたい」と思うタイプです。
色々な経験がしたいし、色々な景色が見たい。
そして、時間は有限。
限られた時間の中で生きているからこそ、走りたいと思っています。
革製のお財布

(土屋鞄のHPはこちら。)
土屋鞄さんの、革製のお財布を愛用しています。
がま口が好きで、濃いブラウスがチョコレートみたいで、一目惚れしました。
でも…私の手元に届いてから、あまり時間が経たないうちに、何かでひっかいたような細い傷が出来てしまったことがあって。
「新品なのに…」とガッカリしたことがあったんです。
あれから、3年ほどが経ったでしょうか。
角が擦れてきて、表面の傷も増えました。
本屋さんでお会計をする時、スタバでドリンクを待っている時、そんなお財布を見ていると「そういば、この傷って…」なんて思い出しては、お財布と過ごした「時間」を感じ、愛おしく感じます。
この感覚は、私が負った傷に対しても、同じだと思うのです。
私の身に起きたことは、何であっても無駄にはしない

思い出しては心が痛む傷も、あります。
「どうしてあんなこと…」なんて思うこともある。
だけど、この傷があるから分かること、学んだことも、沢山ありました。
「私らしさ」が、私にとっては幸せの源だということ。
自分を偽って生きることは当たり前ではなく、むしろ「辛いことだった」ということ。
「皆できているから、私もできなくてはオカシイ」なんてことは、無いのだということ。
好きな人と目を合わせて話し、暮らせることが幸せだということ。
「弱い私」「ダメな私」を否定したり、克服したりせず、丸ごと愛して生きればよかったのだということ…。
私は、転んでもただでは起きないタイプです。
転んだら、転んだところから見えた景色をしっかり見て、そこから必ず何かを感じ、学びます。
「転んでしまった」「傷ができてしまった」ということにも、意味があるのだと、思っているからです。
人生に無駄なことは起きないと信じ、「私の身に起きたことは、何であっても無駄にはしない」と、決めているからです。
傷ついても、転んでも、それを「無駄」にしてしまうかどうかは、「私」の考え方によるのだと、思っています。
私が「無駄じゃない」と思えば、それらは意味や価値を持つと、思っているのです。
だから私は、私の「傷」を愛おしく思えます。
お財布にできてしまった傷のように、私が負ってきた「傷」は、私が「私」として、一生懸命生きてきた証。
今日まで生きてきた私の、歴史なのだと、思うのです。
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