ビールから焼酎へ
拝啓 時下ますますご清栄のことと存じます。
さて、この度このようなお手紙を突然差し上げるご無礼をお許しください。
本日お伝えしたいのは、猿荻家における私の地位の降格についてと猿荻家の今後についてです。
猿荻家の御夫婦は、ご成婚前より私一筋で過ごされてまいりました。
もう、四半世紀になります。
それが、この夏より突如その地位をあなた様に奪われることになったのです。
過去にも同じように、他の種のアルコールが冷蔵庫や貯蔵庫を賑わせることはございました。
例えば、葡萄酒。さらにはウヰスキー、ジンなどです。
割と新しいものに手を出しがちなご夫婦ですし、健康に良いと聞けば、右に左にとフットワークの軽い奥様です。
ポリフェノールと聞けば、葡萄酒を買い、そして飲む。
ハイボールが流行れば、ウヰスキーを買いこむ。
そんな調子でした。
しかし、そんな時でも私の地位は下がりませんでした。
冷蔵庫のチルド室には必ずぎっしりと私の缶が詰め込まれ、欠かすことはありませんでしたし、どんな時でも私を一番に選ばれておりました。
けれど、この夏、あなた様を飲まれるようになって、それが変わったのです。
ご夫婦はこれまであなた様と触れ合うことは一切ございませんでした。
奥様が、くさいから無理、と一刀両断されておりましたので、ご主人様も特にそれを押し切ってまであなた様を飲もうということはなかったのです。
ある時、外食をされた際、冷凍された果物がふんだんにグラスに入り甘いジュースと割られた、酎ハイなるものをご夫婦は呑まれました。
とてもおいしかったそうです。
そこまではよくある話です。
特に私も気にかけることはありませんでした。
しかし、奥様が翌日に酒が残っていない、と申されるではありませんか。
これは果物の効果なのか、あなた様のお仲間(甲類)の効果なのかと議論されておられます。
なんでもすぐに試したがりの奥様です。すぐに果物やあなた様のお仲間(甲類)を購入されました。
さらには、あなた様の効果効能まで調べる始末。
そして、あなた様が本格焼酎の中でも、血液をサラサラにする効果があるとのネット情報を入手されたのです。健康オタクの奥様が食いつかないはずがございません。
あなた様をのんでみる価値がある、と言い始めたのです。
新たな酒の参入でしたが、まだ私の地位は揺るがないものと信じて疑っておりませんでした。
ご主人様も奥様もノリノリで色々なご出身地のあなた様を購入され、毎日のように飲まれています。
奥様のお気に入りは、木挽ブルーで、きっと吉田羊様にでもなったおつもりなのでしょう。
ご自身のお顔を鏡でご覧になったことがないのかもしれません。
さらには、サクレやアイスボックスというアイスを買い込んだり、ソーダストリームのガスボンベのストックを一本から三本に増やしたりと、着々とあなた様を受け入れる体制ばかりが整ってまいりました。
この時、私は自身の消費量が格段に減っていることに気づきました。
週に何度もスーパーマーケットに足を運ばれ、6缶パックを購入されていたのに、いつからか私の売り場には目もくれずあなた様の売り場に直行されている。
さらには、コスパ最強とまで言い出す始末。
四半世紀もお二人の心の支えとして、忙しい夜も、嬉しい夜もどんな夜だって、共に一夜を過ごしてまいりましたのに。
屈辱でございます。
最近ではあなた様を飲むようになって、私のことが美味しくないと感じるとまで・・・。
この文が黄金の涙で濡れている理由も、お察しいただけるかと思います。
けれどご夫婦は、私のことがお嫌いになったわけではない、とおっしゃってくださいました。
もしかすると、私の中でも安価なものばかりを選んでしまっていたからかもしれない、と。
今後は、私のことをしっかりとを吟味し、お選びいただくとお約束いただきました。
長くなりましたが、猿荻家のご夫婦の健康のため、お互いにでしゃばりすぎることなく、楽しいひと時を過ごすための同志として、手を取り合っていけたらと思う所存でございます。
敬具
令和五年八月十九日
チルド室 麦酒
床下収納 いも焼酎様
