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メシ泥棒は、何を盗むのか?

君はメシ泥棒を知っているか?

米に乗せれば、メシが盗まれるように無くなっていくというメシ泥棒。コイツは本当に、メシだけを華麗に盗んで去っていくだけなのだろうか。

いや、答えはノーだ。

メシ泥棒は、メシ以外も盗んでいく。どこからか渋いトレンチコートの親父の声がする。

「奴は、とんでもないものを盗んでいきました。あなたの……」



🍚 ゴーヤとナスとニラと心強さと


恋とは甘く、そして苦いものである。

その日のメシ泥棒は、私の理性を盗んで行った。恋をすると、理性を失う。突然降り出した雨をも弾くパツンとした肌は、恋愛ホルモンによって保たれていたのだと知ったのは、恋を忘れ、愛さえあればいいのよと自分を誤魔化し始めた夜だった。

私は冷蔵庫の野菜室で忘れ去られ、萎び始めていた茄子を見つけた。「ごめん。忘れてたわけじゃないんだ」とそっと取り出して、優しくまな板の上に置く。静かに佇む茄子が、ポツリとつぶやいた気がした。その声に従い、私は再び野菜室を開ける。どこかに走っていきそうなニラと、いつまでも刺々しい若さを保ったゴーヤが野菜室で佇んでいた。私は小さく頷いて、ニラとゴーヤもまな板の上に置いた。

用意するもの
✔️ しなびたナス
✔️ 刺々しいゴーヤ
✔️ 足の速いニラ
✔️ 手前に置いてある味噌
✔️ 甘いで有名な砂糖
✔️ 飲兵衛の必需品、酒
✔️ お好みで醤油
✔️ 気が向いたら胡麻100粒

恋心を焦がすまで
① ナスはおちょぼぐちでも食べやすい大きさに切る
② ゴーヤは真っ二つに切って、わたやたねをとり、好きな厚さに切る
③ ニラは大体4cmくらいに切る
④ フライパンにごま油を熱し、ナスとゴーヤを炒め、ニラに嫉妬させる
⑤ 蕩出したナスにニラが我慢ならなくなったところで、ニラを投入
⑥ 三角関係も炒めてしまえば何のその
⑦ 味噌と砂糖と酒を混ぜ合わせたものを⑥にぶっかける
⑧ 恋心が焦がれてきたところで、お好みで醤油と胡麻を入れて炒める
⑨ ごはんに乗せて、メシと理性を盗む

フライパンの上で三角関係を焦らしていたナスとゴーヤとニラの味噌炒めを、ご飯に乗せた。ご飯と一緒に頬張ると、口の中に甘みが広がる。ナスがじわっととろけて、初めて手を繋いだ遠い昔を思い出した。全てを噛みしだくと、舌に苦味とニラの青臭さを感じる。寂しくて泣いたあの夜や、喧嘩をして夕焼けに向かって走った夕暮れを思い出した。

これが、恋の味か。

私はどんどんご飯をかき込んだ。白飯が汚れていく姿に罪悪感と快感を感じている自分に驚いた。理性はどこに行った。メシ泥棒は、間違いなく私から理性を盗んだのだ。しかし、空になった茶碗には、私がどこかに置き忘れた恋心がそっと置かれていた。


🍚 汚された唐揚げ


品性を失うと、人はどんなものでも汚すのか。

その日のメシ泥棒は、私の品性を盗んで行った。品性がなくなると、ご飯におかずを乗せることを厭わないだけでなく、おかずの上からソースをかけることだって躊躇せずに出来てしまうことを私は知った。

「ご飯を汚すなんて」

ちゃぶ台の前で、正座をしている幼い私を思い出す。チリチリと足に痺れを感じ、焦ったい気持ちでいたのはあの頃だけで、綺麗な作法というのは大人になると大事なものだと気づき、あの頃もっと両親の言うことを聞いていればちゃんとした大人になれたのかもしれないと、今更ながらに後悔した。

私は別に、純白のウエディングドレスを汚したいわけではない。テーブルクロスで口を拭きたいわけでもない。完全に品性を失いたいわけではなくて、「胃の中に入れば全ては一緒よ」と斜に構えてしまい、本当に美味しい食事というものを知らないまま、生涯を終えたくないだけなのだ。

用意するもの
✔️ 右から見ても左から見ても、どこから見ても美味しそうな唐揚げ
✔️ 何にかけても美味しいチリソース

参考(唐揚げの材料)
✔️ 肉肉しい鶏もも肉
✔️ 甘いで有名な砂糖
✔️ 飲兵衛の必需品、酒
✔️ ガングロ醤油
✔️ なかやまニンニクん

白いあなたを汚すまで
(前日譚)
① 鶏もも肉をキッチンバサミで切る!切る!切る!
② ①を調味料にひたす。放置時間はお任せします
しらを切りながら、汁気を切る
④ 歌舞伎化粧並みに、片栗粉をはたく
⑤ 170度という絶妙に白々しい温度で、薄く揚げる
⑥ 少し熱が冷めたところで、190度という燃え上がる温度でカリッと揚げる
⑦ ご飯に乗せて、どこからか飛び出したるチリソースをかけ、メシと品性を盗む

熱々でジューシーな唐揚げをご飯に乗せた。ご飯にバウンドさせるのではなく、堂々とおかずをご飯にのせる背徳感に、私はなぜか高揚した。

これが、ふりかけや明太子なら、胸はときめかない。唐揚げをご飯に乗せると、テンションまで揚がる。その上からチリソースをとろりとかけた。ご飯と一緒に頬張ると甘辛いチリソースがふわりと鼻を抜けた。ガリっと音がして肉汁が口の中に広がる。ご飯がほろほろと崩れて、肉の旨みとチリソースの甘みが絡みつく。ごくんと飲み込んだ。喉を通る時までも美味しいのか。

油で汚れ、チリソースに染まった白米を見つめながら私は次の唐揚げをご飯に乗せた。私に品性など、必要ない。メシ泥棒、上等。私は米を汚し、何かを失ったような気持ちになりながらも、何かを手に入れた気になった。弾力のある唐揚げを噛み締めながら私は気づいた。そうだ、柔軟性を手に入れたのだ。



🍚 キムチは大葉とアジに負けない


時間を奪われると、人は怒りっぽくなるのだろうか。

その日のメシ泥棒は、私の何を盗んで行ったのだろうか。実の所、食べた時には何をぬすまれたかは気づかなかった。食後、しばらくして私は気づく。まさかあんなものを盗んでやがったなんて、と。

腹がこなれて来た頃、私はせっせと運動をし始めた。なぜって、お腹がすごく、ものすごく出ていたのだ。このままでは太る。そう思った私は、運動を始めた。メシ泥棒は、私の大切な安息の時間を奪っていった。美味しいものを食べさせておいて、ダイエットに仕向けるなんて。狡猾でかつ、最高。食べなければ太らないけれど、運動もせずゴロゴロしていただけかもしれない。時間を奪われながらも、どこか健康になっていくような心地良さを感じていた。

用意するもの
✔️ この際、何の干物でもいいけど、やっぱり鯵
✔️ 食感がキムチいい気持ち
✔️ 植えたが最後、エンドレス大葉

腹が出たことを気づかないくらいに夢中になるまで
① グリルは洗うのが面倒なので、フライパンで干物を焼く
② 骨が面倒だなあと、食べやすいところの身を取る
③ 庭でちぎってきた大葉を眺めながら、大きくなったなぁと呟く
④ ご飯に大葉を乗せて、キムチも乗せて、干物も乗せ、メシと時間を盗む

ご飯にふわりと大葉を乗せた。大葉の上にキムチを乗せる。何が始まるのだろうかと、興味津々な家族の視線を浴びながら、私は鯵をキムチの上に乗せた。

「これが最高に美味い干物の食べ方さ」

私はドヤ顔で茶碗を持ち上げると、全てを口の中に放り込んだ。単体でも美味しいのに、口の中で一体となった鯵とキムチと大葉は、私の口の中を幸福で満たして行く。旨みと辛み、ほのかな甘み、それに大葉の爽やかさがほろほろと広がった。

料理は引き算とは、誰が言ったのだろうか。足し算でも、掛け算でもいい。そんな正解があったっていい。私は幸せの層を何度も作っては崩し、次第に膨れ上がっていく腹をさすった。今から、時間が奪われるとも知らないで。



🍚 白いご飯を染めるもの


メシ泥棒は、色々なものを奪っては、私を幸せにしてしまう。盗られて喜ぶということが、未だかつてあっただろうか。白い大地を奪いながらも、一瞬で鮮やかな花畑に変えてしまうメシ泥棒が、私は憎い。

とはいえ、正直に白状すると、このメシ泥棒を用意しているのは私自身だ。白いご飯は、そのままでも美味しい。炊き立てを頬張ると、ほんのりとした米の甘みが口の中に広がって、生きていてよかったと大袈裟に思ったりもする。けれど、そこに一度メシ泥棒を載せてしまうと、ささやかな幸せはどこかへ飛んで行ってしまう。もっと美味しいものをと、際限なく湧き上がる欲望を感じながら、幸せに包まれる。茶碗と私の口を行き来する箸は、まるでスキップしているようで、体全体で食事の時間を楽しんでいる私がいる。

明日は何を乗せようか。
メシ泥棒はきっと、明日も私の何かを奪っていく。



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