ダイエットは明日から

鏡を見て落ち込み、体重計に乗っては肩を落とす。

この体重にはきっと、適正体重の58キロより3キロも太ってしまった私の心の重さが反映されているに違いない。私は何事もなかったかのように、体重計から素知らぬ顔で降りた。息を吸い気持ちを新たにし、楽しいことを考え、心を軽くした。バレリーナ気取りで足の指先からスッと体重計に再び乗る。私は首を傾けた。おかしい。心が軽くなったのに、体重は何も変わらない。わかった、尿だ!便のせいだ!私は体重が重い原因を突き止め、いそいそとトイレに駆け込んだ。用を足し、スッキリした面持ちで、三度目の正直とばかりに勇んで体重計に乗る。不思議なことに、体重には微々たる変化しか起きていない。

体重のことは一旦横に置いておこうと、体重計を見えない場所にしまい込んだ。全てをなかったことにし、顔を上げて鏡を見る。体重はさておき、歳を重ねるごとに丸くなっていく顔をどうにかしたい。私はAIに自撮り画像を読み込ませ、どうしたらもう少し見た目が良くなるかと尋ねてみた。AIはすぐに返事をくれる。

「あなたの場合は、顔の余白が多すぎて損をしていますね」

言葉の刃が脂肪を突き抜け、真正面から突き刺さる。本来は文章に持たせるべき余白を、私は顔面に持たせてしまっている。自分の不甲斐なさに、心の中で頬の余白部分を引っ叩いた。

45歳にもなれば、代謝が減り痩せにくいことはわかっている。更年期の入口は太りやすいとも聞く。むくみやすくもなるし、ダイエットそのものを成功させることは、太平洋をクロールのみで横断することぐらいに難しい。

しかし、私はまだ自分を諦めたくないのだ。

だから、毎日一万歩は歩くし、寝る前に「寝ている間に痩せる!リンパマッサージ」は欠かさない。毎日十階もの階段を二往復だってしているし、通勤は自転車で往復一時間も漕いでいるのに。なぜ、痩せない。おかしい、痩せないなんておかしすぎる。仕事中のおやつだって控えているのに。痩せない理由が全くもって分からない。

私は拳をきつく握り、顔の余白を減らすべく、フェザータッチで耳下をマッサージし始めた。それが、日曜日の夜のことである。


翌朝、私は今週こそは痩せるんだと意気込み、自転車を漕いだ。せっせと仕事をし、昼休みにはいわしの缶詰で作ったスープを飲む。野菜をたっぷり入れたスープには、すりおろした生姜のピリリとした旨みが溶け込んでいて、昼休みに安らぎのひと時を与えてくれた。

私はスープを飲み干すと、職場を後にし階段を駆け降りる。そのまま急いでカフェに向かった。その日の私には任務があったのだ。その任務とは、母も食べたいと言っていたテレビで紹介されていたシナモンロールを買うことだ。私は裂けんばかりの大股で地を蹴り、ぐんぐんと前へ進む。

テレビを見ていたのは土曜日の夜だった。美味しそうなカフェデザートが紹介されるているのを、実家で両親とうっとり見つめた。

「あのカフェ、職場から行ける場所にあるけん、シナモンロール買ってこようか?」
「えー、高いし、悪いよ」

その時の母のニヤリと笑った顔が忘れられない。絶対に喜ぶだろうなと、母の喜ぶ顔を思い浮かべながらレジの前に並ぶ。透明のケースを一瞥した。目が揺れる。ケースの中にシナモンロールは二個しかない。実家に二つ、我が家に四つ買う予定だったが、これでは足りないではないか。私は顔を上げて、すかさず店員さんに尋ねた。

「シナモンロール、まだありますか? 六個買いたいんですけど」
「奥からお持ちします」

シナモンロールの登場を私はじっと待った。
「全部で七個ありました。六個でよろしいですか?」
私は腕組みをして逡巡する。買い占めるのは申し訳ないなと、頭を左右に振った。
「うーん、四個でいいです。それとこっちのドーナツ二個と、あとコーヒーと……」

帰宅後、実家にシナモンロールを二個届ける。母は「ありがとう。明日の朝食べるわね」と嬉しそうに受け取った。
家に戻り、私は自分用のシナモンロールをトースターで温める。時計に視線を向けた。

「あ、八時か……」

就寝予定時刻は夜の十一時。寝る前三時間は食べないルールにしているから、今から食べるとギリギリセーフではないか。よかった、間に合ったと、うずまき状に巻かれたパンの部分をくるりとちぎった。とろけたクリームを指に触れてしまうくらいにたっぷりつける。ふんだんに塗りたくられたシナモンの風味と、程よい歯応えのあるパン生地に、甘いクリームが口の中で解けていく。

昼休みに急いでイートインで食べたチョコレートケーキも美味しかったけど、これもうまいなぁと舌鼓を打った。

布団に入りみんなの笑顔を思い返す。昼休みに小走りで急いだから、きっとチョコレートケーキとシナモンロールぐらいのカロリーは消費したはずだよなと、満ち足りた気持ちで眠りについた。


次の日、どことなくぷにぷにとしているお腹にひっかかりを感じながら、重たい体を起こす。体は重いが、心は軽い。きっと甘いもので心が満たされたからだろう。

今週は祝日があるので、今日は忙しいかもしれないなと思い、朝のうちにしっかりと晩ごはんまで作っておくことにした。白身魚のフライに、ピーマンとえのきの肉味噌炒め。トマトとレタスのサラダも添える。

我が家には永遠の食べ盛りの四十八歳の夫と、リアル食べ盛りの大学生の長男と中学生の次男がいる。ご飯に合うものがないと、「これはなんと一緒に白米を食べればいいのか」と苦情が飛んでくることもある。野菜たっぷりで、味付けがご飯に合うもの、それに魚もあれば、食事係の私も食べる係の家族も大満足だ。

ラップを手にし、酒のつまみにもいいなと匂いを嗅いだ。朝なのに晩ごはんが食べたくて仕方がない。今日は休肝日の予定だったのに、一気に飲みたい気分が増してきた。週に三日設けている休肝日こそが、ダイエット日和である。私は意思を強く持つことを右手に握りしめたラップに誓い、きつくラップをかけた。

帰宅後、無調整豆乳をフライパンに開ける。火をかけると、豆乳にうっすらと膜が張った。

「何作ってんの?」
夫がフライパンを覗き込む。
「無調整豆乳を買ってみたけど、飲める気がせんけん湯葉にしてる」
「へー、いいねー」

私は、湯葉があるなら、明日が休みなら、美味しい晩御飯があるならと色々な言い訳をしながら、一本だけだからと缶ビールを手に取った。湯葉を菜箸で掬い上げ、皿に乗せる。わさびを少しだけのせ、醤油をたらりと回しかけた。箸で湯葉を破かないようにつまみ、つるりと口に滑り込ませた。豆乳の甘さとわさびのピリリとした刺激、それに醤油のこくがたまらない。

ビールの入ったグラスを傾け、きゅっと流し込む。喉をするすると滑り落ちていくビールが、明日は休みだよと教えてくれる。休日の前日って、肩の力が抜けるよなぁと、無意識に二本目のプルタブを起こした。朝から楽しみにしていた晩ごはんをつまみに飲む。もうダイエットとかどうでもいいやと、気持ちも腹も大きくなった体で、ゆったりとベッドに横たわった。


すっかり満足した気持ちで、祝日を迎えた朝。今日は、次男と映画を見にいく約束をしていたので、早起きをして映画館に向かった。映画館の醍醐味といえばポップコーンだよねと、次男とシェアするために大きなポップコーンを買ってシートに座る。

自宅のテレビとは比べ物にならない大きなスクリーンをじっと見つめた。暗い館内で、チカチカと照らされる手元の感覚だけを頼りにポップコーンを手繰り寄せる。カリッとした食感がして、キャラメルだと気づいた。うまいなぁと再びポップコーンに手を伸ばす。今度はしょっぱい。バター醤油だ。甘いのとしょっぱいのが交互にやってくると、手が止まらない。

途中、私より大きくなった手が、ぬっと私の手を遮った。

「お母さん、食べ過ぎ」
ささやき声で耳打ちされ、自分が永遠の反復運動を繰り返していることに気づく。無自覚だった。ポップコーンを次男に取られ、私はもう食べるのはやめておこうとウェットティッシュで指先を拭いた。映画に集中しようと前を向く。スクリーンの中では殺人が起きていた。人とは怖いもので、その間にも隣の席に手が伸びている。その度に、もう食べまいと指先を拭いた。我慢って難しい。

映画を観た後、愛犬を連れて大きな公園に行った。休日だからとビールを飲み、幸せな気分で寝床につく。週の半ばに休日があるっていいよなぁと目をつぶる。是非とも週休三日にしてもらいたいものだと、素敵な日本の未来を想像していると、いつの間にか朝だった。


月曜日みたいな顔で出勤。月曜日にあるはずのミーティングがなくて、木曜日だったと改めて気づく。なんだか得した気分だなと、つつがなく一日を過ごし、昼休みもせっせと散歩をし、今日はちゃんと休肝するんだと肝に銘じ、えっちらおっちら帰宅した。朝のうちに作っておいたご飯を食べ、いつものように犬の散歩に行き、今日はちゃんとしている自分を褒め称えた。

そこで私は、自分が餅を食べたかったことを思い出す。数日前に餅をうまそうに食べているシーンをテレビを見てからというもの、餅が食べたくて仕方がなかったのだ。しかし、夜ご飯を食べた後に餅を食べるって、罪悪感がありすぎる。餅をもぐもぐしている様子を家族に見られたら、痩せたいと言っているくせにまた太るぞと責められる気がする。それでもと餅を諦めきれない私は背徳感を背中に背負い、ビールを飲んでないからなんだか小腹が減ったなぁと、わざとらしく時刻を確認した。すると幸いなことに、時刻はまだ九時の少し前だった。私は膝をぽんと叩く。まだ八時台なら何かを取り返せる気がする(何かはよくわからないけど)。辺りを見回し、家族が自室に篭ったのを見計らい、こそ泥のように冷凍庫から餅を取り出し、いそいそと磯部焼きにした。

餅は、腹持ちがいいから、一つ食べるだけで満足感がある。それに白くてもちもちしているし、めでたい食べ物だということもあり、幸福感もある。焦げた醤油の匂いに包まれ、餅を口いっぱいに頬張りながら、どうせ朝ごはんは食べないから、これぐらいは許されるよなと勝手な理屈をつけて、ペロリと一つ食べきった。きな粉餅を我慢した自分を褒め称え、つきたての餅のようなふわりとした布団に包まれる。

愛犬が私の枕元に擦り寄ってきた。ふわふわの毛を撫でながら、中からも外からも、ふわりと包まれている幸せを噛み締める。もしかしてふくよかさは豊かさかもしれないという、ダイエットを否定するような思考回路を持ち始めている自分に驚いた。頭を振り、明日こそは痩せようと決意する前に、私はおやすみ三秒で夢の世界へ旅立った。


昨日の決意は何のその。今日は金曜日だと浮かれた気分で起床する。今日が金曜日だということは、明日が土曜日ということだ。今日がんばればお休みヤッホーいと、ドラえもんのように2センチほど浮いた体で仕事をする。せっせと働き、今から町中華で一杯やるんだという羨ましすぎる同僚の話を涙を飲みながら聞き、謎の悔しさをバネに、真っ直ぐに帰宅した。

帰宅後、玄関を開けてすぐに手を洗い、一直線で冷蔵庫へ向かう。しっかりと冷えた缶ビールを手に取り、まるで勝ち誇ったかのようにビールを掲げた。プシュッとプルタブを起こして、とっとっとっとグラスにビールを注ぐ。

じゅわーと白い泡が立ち、気分は最高潮である。泡とビールのバランスを確認して、グラスに唇を這わせ傾けた。乾いたのどに苦味のある液体がパチパチと弾ける。これぞ金曜日の幸せの具現化だなぁと、大きくため息を吐いた。台所でビールをぐびりと飲みながら、晩御飯の支度をする。

金曜日はカレー曜日と名付けた人は、本当に天才だなぁと思いながら、カレーを皿によそう。よくカレーでは酒が飲めない論争をするのだけど、ラッシーでカレーを食べられるなら、麦茶でカレーを食べられるなら、ビールでカレーを食べられないわけがないんだよなと私は思う。

私以外の人の主義主張は、私がカレーと共にビールを飲まないという理由にはならないし、カレーとビールが合わないという証拠にはならないんだよなと、カレーで美味しくビールをいただいた。

あっという間にカレーを食べてしまい、なんだか物足りない気分になった。金曜日を満喫するために、スナック菓子に手を出す。こういうことができるのが金曜日の良いところでもあり、悪いところでもある。健康的な生活を目指しながらも時折挟まれる不健康さは、不良が捨て猫を拾うのに似ているし、ガリ勉くんが校舎裏でタバコをふかしているのによく似ている。それは決して家庭ではいいお父さんなのに外で不倫しているような倫理観を疑うものではなくて、ちょっといつもと違うことをしてみたいという、可愛らしい好奇心のようなものだ。

アルコールが入ると、こんな風に自分を説得しようとする別人格が現れ、私をダイエットの道から遠ざけようとする。

ここで私は気づいてしまった。ぽんと膝を打つつもりが、ぼよんと腹を叩く。まるでドラえもんのような寸胴のウエストからは、不思議な道具のひとつも出てこないけれど、新たな気づきを私に与えた。ダイエットとは、自分自身との戦いなのではないかと。そうであれば、私は毎日、私に負けてしまっていることになる。気づきたくなかった現実に目を逸らし、ふとんを頭からかぶった。

そして週末、私は自分自身の不甲斐なさを噛み締めながら起床した。それでも週末はやってくる。私は重たい体を起こし、自分と家族の心の栄養を補充すべく、ダイエットのことは忘れ、自分を解放することにした。

好きなところに出かけ、好きなものを作り、食べたいだけ食べる。幸せで満たされたまま、体重計に乗ってみた。相変わらず私の体重は、60キロと61キロの間を彷徨っている。

私は思う。

これだけ好きに食べたり飲んだりしても、体重が増えないのだから、これが私の適性体重ではないだろうかと。61キロと62キロの間にはマリアナ海溝並みの隔たりがあり、それはきっとエベレストのように高い。この壁を越えることがないのであれば、私はこの体重を守り続ければいいだけの話ではないだろうか。

顔の余白はシェーディングで隠せばいいことだし、体重なんてただの数字なのだ。大事なのは数値ではなく、見た目なのよと自分を強く鼓舞した。

小さいことは気にするな、それワカチコワカチコと私の中のゆってぃが踊り出したので、陽気な気持ちでズボンを履く。グッとズボンを引き上げると、ぱつんとした腹がズボンのウエスト部分を拒むのがわかった。う、苦しいと私は絶望の淵に立たされ、虚無状態でゆるりとしたゴムのズボンに履き替える。

私は気づいた。

このままいくと、全てのズボンを買い替えないといけない未来が待っているのではないか、と。私がダイエットをする目的は、もしかすると適性体重だとか顔の余白だとか、そういう問題を解決するためではない。これは個人的な小さな問題ではなく、家計への大きな打撃だ。ズボンの価格が一本三千円と仮定した場合、350mlのビールの6缶パックが3パックも買えてしまう。逆から考えると、ズボンを買うために私はビールを18本も我慢しなければいけない。

大事件である。

私は強く決意した。明日からは自分に負けず、ダイエットを頑張ろうと。



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