音楽室のくもりガラスの狗

僕はスピリチュアルと言われるような話はした事がありません。

でもそれは言葉だけの問題であり、ある人はそれを法則、秩序と呼び、ある人は神、神秘と呼ぶだけの事だとも思っています。

ただそれを論理的に説明したいと思うのがヒトの性だと思うのです。
もちろんそうでないヒトもいます。

そこまでは表現の違いでしかないのですが、そこから先はさまざまです。

科学に走るヒトがいたり商売に走るヒトがいたり。

僕が世田谷の中学に入学した頃、コックリさんが流行っていました。
その中学の音楽室は一階より一段下がった地面をくり抜いたような設計の地下一階にありました。そこからでも空は見え、暗いと言う事は全くありませんでした。

その音楽室で皆がコックリさんに夢中になっていたのです。
詳細は憶えていませんが、A4程度の紙の上に何かが書いてあって、その上に置いたコインの上に向き合った二人が人差し指を乗せるのです。

すると不思議な事にコインが動き出すのです。でも僕にとってそれは不思議でも何でもありません。僕が動かしていたからです。相手はひどく驚いていましたがそんな遊びなのです。

それなりに面白かったのですが、ふと窓の空のほうを見るとくもりガラスが犬の顔の形にひび割れていました。

その頃はコックリさんって何なのだろうと思いはしたけど追求はしませんでした。

今は普通に高句麗さんの事だと知っています。どこで知ったかは定かではありませんが、これも磯城、斯鬼、志木などが新羅の事だと言うのと同じなのです。

同じような事が百済、伽耶などでもある事はこれまでもさんざん述べてまいりました。

僕の生まれ故郷は福岡県の小倉ですが、これも「コクラ」、「コクリ」、「コクリョウ」などと同じ高句麗です。

埼玉県の高麗神社に行くと、高と麗の間に句を付け足したような形跡のものがあります。コマとコウクリもコウザ、タカクラなども同じです。高倉は高句麗なのです。

コマイヌは神社に付き物ですが、コマのイヌとは何でしょうか。一説にはライオンだったりイヌだったりキツネだったり。高句麗は高(狗)麗とも書けます。

この狗は魏志倭人伝の時代にも頻出します。日本とも深い繋がりがあるようです。狗邪韓国は半島南端部の国でそこから対馬、壱岐となります。

クヤ、クナ、クマなどの近い音は何を意味しているのでしょうか。

音楽室のくもりガラスのひび割れ、あれはただの偶然でしょう。


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