「普通じゃない」は私への最高の誉め言葉だった|by さる。オアハカの人
こんにちは、オアハカ在住のさるです。
オアハカにいると日本語摂取はSNSメインになりがち。笑
そこで目にする、生きやすそうに見える人と、そうじゃない人。
もちろん本当の姿なんてわからない。
でも、何が違うんだろ?
葛藤、理不尽、納得いかないモヤモヤ感。
そんな、ちいさな負の積み重ねが人生を生きづらくしてない?とたまに心配になる。
(祖父母目線ごめん)
子どもの頃の出来事から、今に至る私のコンプレックスを書きたいと思う。
自分に正直なマインドは重要だと思う。
そして、自分を人の判断にゆだねない事も。
今回も、ちょっと長くなるけど最後まで読んでもらえたら嬉しいです。
いきなりだけど
私は、小学生から高校生まで見た目をいじられる側だった。
全然、美人の部類ではない。
こんなあだ名をつけられてた学生時代だった。笑
アントン(アントニオ猪木)
ゴリラ
類人猿
おとこおんな!
昭和の時代の子供は残酷じゃね?笑
小学生〜高校生。
地元の新潟にいたときは、早くこんな狭い村や学校から東京へ出たい!が将来の目標になった。
学業そっちのけで、漫画、アニメ、同人誌、海外文通まで、顔は見えなくても創作でつながっていた友達が各地にいた。
リアルの学校でもオタク友達はいたけど、どっちかというと県外や世界に目が向いていた。
学校ではかなり浮いていた存在だったと思う。
その頃は、見た目がどうこう言う人からは距離を取り。
自分の世界を形にする楽しさに没頭してた。
つまらん現実より、この先に出会う可能性への準備期間って感じだったのかもしれない。
こんな、狭い村
18歳になったらおさらばだぜ!
東京に出発する前日、期待でわくわくした。
さて、2歳下の妹は村でも美人の部類だった。
高校時代はかなりモテていたと思う。
しかし本人は、エラが少しだけ張っている顔もクセ毛も大嫌いだった。
周りの評価と本人の自己評価は驚くほどズレる。
美人でも悩むし、そうじゃなくても悩む。
さらに、超真面目なその性格は
一部の女子からも疎ましく思われたらしい。
妹よ、気にするな。
真面目で嘘をつかない人を目の前にすると、ちょっとのズルが当たり前な人にとっては、正義という名の恐怖に見える。
だからお前には非はないんだよ。
姉は同人誌を作ったり、少年ジャンプの持ち込み作品を描きながらそんなことを考えていた。
そして、美人さんなのに
妹は、在学中に好きな男子には気持ちを伝えられずに卒業した。
なんで、告白せんかったの?
あんたなら、大丈夫じゃない?姉には理解できんかった。
男の子は、自分を大好き―って言ってくれる女子を嫌いになったりしないんじゃね?なぜか漠然とそんな思考をもっていた。
たぶん、漫画の読みすぎな気もする。
そして念願の東京生活スタート。
しかし、東京で想像してなかった環境に放りこまれた。
東京の専門学校は、
映像科の学校で、クラス45人中
女子3人とかそんな状況に放りこまれた。
中学・高校と男っ気もなく。
男子は敵!くらいに思っていた私には、衝撃的な状況だった。
え?え?何この状況。
どうすれば、ええんや??
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
しかし、そのせいか。
なんか、女子扱いで優しくされた。
オタサーの姫かよ!?笑
不思議なことに、人はちやほやされると性格にまで余裕が出るらしい。
人に優しくされるということは、こんなにも人格形成に影響がでるものなのか?とちょっとだけ身をもって感じた。
そのまま、選んだ職種がバリバリの現場で、男性が多い職場だった。
映像系の現場、照明担当。
これまた。
いまでいうアラサー・アラフォーおじさんの巣窟のような現場だ。(失礼)
仕事は厳しかったけど。
20歳の女子っていうだけで。
休憩時間など、周りがちやほやしてくる。
ある意味、下心あるおっさんも数名いた。
恐ろしい世界だな。笑
人生とは面白い。
自分は同じなのに、環境が変わるだけでこんなに扱いが変わるのかと衝撃だった。
それから、四半世紀も生きてくると。
今度は、メキシコで会う20代の日本人女子のまぶしさに目がくらむ。
生命力にあふれている。
肌のハリ、髪の艶。
若さの特権みたいな美しさがあふれているなぁと感じる。
見た目どうこうではない、純粋な生命の美しさに近い。
だから、10~20代ならもう自信を持って生きてほしいと思う。
とは、いえ。人生長く生きていたら。
人の見た目をいじってくるやつもいる。
でも、子どもの頃より減る。
そのことから、たぶん人の容姿をとやかく言う人は「精神年齢が子供に近い」のではないか?と感じるようになった。
さらに、人の見た目を悪く言う事で。
ダメージを与えたいって悪意を感じることもあった。
結果、「あーわかった! 見た目以外にツッコミどころのない私、その他は完璧なんじゃね?」って謎の答えが導き出された。笑
めっちゃ良くわからない方向性に向かった。
その思考は、今もある。笑
若さや容姿だけで勝負できる期間は短い。
今は、人に不快感を与えない程度の小奇麗さを目指している。
私としては見てくれよりも、話して面白い人が好きだ。
異性の外見にも好みはある。
私は中性的な韓国アイドルより、無骨な顔のプロレスラーにドキドキする。
整形で美しくなったとして、それが誰にどれくらい効くのかは誰にもわからない。
さらに、メキシコで会った人たちの中には、
化粧っ気なく、そばかすも、シミも、シワもあり、髪の毛ボサボサだったりするのに。
ニッコー!って笑われたとたん
太陽に照らされたようなまぶしい魅力的な人が存在する。
そういう人に出会うと。
小さいシミがー。シワが―。
と騒ぐ自分が馬鹿らしくなる。
そして、
私も、あんな笑っただけで太陽みたいなオーラが滲む人になりたいと、心から憧れてしまうのである。
歳を重ねる事に、見た目がうんぬんより。
オーラというか気というか、相手にとって心地よい人になりたいと思うようになった。
私は、ノリとツッコミが阿吽の呼吸で、一緒にいて話してて楽しい人に、また会いたいとなる。
さらに、人に対する感謝や礼儀まで持っていたら「顔面偏差値100」の人と同じくらい、出会えたら奇跡レベルだと思う。
結局そういう人の周りには人が集まる。
見た目よりも内面が大事って良くいうが。
単なる慰めや、逆張りじゃなくて
その人の思考や人格の事を言っているんだと思う。
人生20代が終わった後の方が長い。
コンプレックスを完全に克服するのは難しい。
でも克服じゃなくて、生きやすい方向に思考をずらせばいいと思う。
自然界は住み分けができている。
競争しなくていい場所もある。
人間社会も、
どこかに自分の居場所があればいい。
仕事みたいに、ちゃんと意味のある評価ならまだわかる。
でも、意味のない場所で勝手にラベルを貼られるのはしんどい。
そんなものに人生を削られるのは、本当にもったいないよ。
結局、自分に正直に行動できた人が一番幸せなんじゃないかと思う。
私は、正直に人生進んだ結果。
周りから、さるちゃんは「普通じゃない」「変わっているね」って言われ続けた。笑
私はたぶん、普通に全然興味がなかった。
なぜ、普通にならないといけないのか?その意味がわからなかったから。
ただ、自分が面白いと思う方向へ歩いてきただけだ。
正直、いまでも「普通」がわからない。笑
実は私にとって「普通じゃない」「変わっているね」は最高の誉め言葉なんだよね。
その結果、オアハカに流れ着いたんだと思う。
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