七夕の万葉歌
もうすぐ新暦の七夕ですね。稲麻竹葦の、七夕は旧暦で行う地方に住んでいる方、芦原瑞祥です。そもそも、新暦の7月7日なんてほぼ雨ですやん。
『万葉集』には、130首以上の七夕(しちせき)の歌が収められています。一年に一度の逢瀬、恋する二人、そして別れの切なさ。歌心をそそるシチュエーションに、こぞって恋歌を詠んだようです。現代でいえば、有名な歌手がこぞってクリスマスソングを歌ったようなものでしょうか。ハマれば、クリスマスのたびに曲を流してもらえますしね。昔の歌人も、七夕歌の定番を目指したのかもしれません。
というわけで、『万葉集』から七夕歌をいくつか紹介します。ちなみに、旧暦なので七夕=秋です。
万代に 照るべき月も雲隠り 苦しきものぞ 逢はむと思へど
柿本人麻呂
意味:千万年も照らすはずの月さえも、時に雲隠れして見えなくなるのは苦しいものだが、そのようにお互いの仲も思うように逢えないのはほんとに苦しい。いついつまでも逢っていたいと思っているのに。(伊藤博『萬葉集釋注五』)
人麻呂の七夕歌はたくさんあるのでどれをピックアップしようか迷いましたがこちらを。人麻呂は割と、逢えないときの苦しさとか、逢いみて後の懊悩とかを歌うことが多い気がします。
天の川 相向き立ちて 我が恋ひし 君来ますなり 紐解き設けな
山上憶良
意味:天の川を挟んで向き合って立っている、私が恋しく想うあなたがこちらにいらっしゃる。紐を解いて準備をしましょう。
「紐解き」というのは、帯の紐を解いてという意味で、共寝の準備だそうです(いや、早いやろ)。これは「待ち遠しい」ことの定番表現らしく、山上憶良は遣唐使を送別する歌にも「難波津に船が帰ってきたとわかったら、帯紐を解き放って飛んで参りましょう」と使っています。本来なら夫や恋人が帰ってきたときに使う表現ですが、憶良の茶目っ気なのでしょう。
古代には、また逢えるようにと下着の紐を結び合う慣習があったようで、紐を結ぶ、紐を解くには深い意味がありそうです。
天の川 橋渡らせば その上ゆも い渡らさむを 秋にあらずとも
大伴家持
意味:天の川、この川にもし橋が渡してあったら、その上を通ってお渡りなさるであろうに。秋ではなくても。(伊藤博『萬葉集釋注九』)
こちらは、7月7日に天の川を仰ぎ見て作った歌、と注が付いています。長歌に対する反歌2首のうちのひとつです。七夕の宴会でもあったのでしょうか。家持が越中に赴任中の歌です。
きれいにまとまった歌が多いのですが、個人的に好きな歌はこちら。『稲麻竹葦第四号』遣新羅使についてのエッセイでも取り上げた歌です。新羅へ向かう長期任務中、大宰府で七夕を迎えた彼らは、いくつかの歌を詠み合いました。そのうちの一つ。
夕月夜 影立ち寄り合ひ 天の川 漕ぐ舟人を 見るが羨ましさ
夕日が沈み夜になって、彦星と織女の影が近づいていき、天の川を彦星が舟を漕いで渡っていく。恋人たちの逢瀬! いつ帰れるかわからない任務中の俺の目の前で! リア充爆発しろ! という歌ですね。クリスマスに山下達郎やマライア・キャリーやWham! が流れる中、槇原敬之の「まだ生きてるよ」を聴くような趣があります。リア充爆発しろ!
今年の七夕は、空を見上げて万葉歌を楽しんでみてはいかがでしょうか。
