森鷗外(森鴎外)『澀江抽齋(渋江抽斎)』佐々木広治の読書随想
森鷗外(森鴎外)著『澀江抽齋(渋江抽斎)』。
未だに鴎外信仰は止まない。鷗外を崇敬、もしくは愛する方々の他は、本篇を、これはいったい何なのだろうか、何のために認めたものなのだろうか、と首を傾げることま違いない。著者が共通点をもちつつ敬える人物であり、その人を知りたいと欲し、知っていったことを著述したという赴きであることは、誰しも頷けるところで、その態度、姿勢、文体をどう捉えるか、で評価、感想が変わるということだろうとは思うのだが。姿勢、というところがことに重要になろう。
正直、私はさのみ鷗外を好まないし、ましてや敬う思いの欠片もないため、疑問をつよく抱く。疑問というのか、不可解というのか、不満というのか。正確に言えばそのあまりの評価の高さに。日本文学の至高とまで言われたもので(今はどうだか知らない。そもほとんど読まれなくなったろうし)丸谷才一は『渋江抽斎』と『伊澤蘭軒』を「近代日本文学の最高峰」とし、永井荷風や中村真一郎や高橋義孝も称賛し、石川淳の『森鴎外』が極めつけになったのではなかろうか。石川淳は史伝三部作を称揚し、逆説的に本篇を持ち上げたわけであるし。あんなものが至宝、最高峰であれば絶望しかない、という謂いのことを井上ひさしが記したもので、小説の努力を放棄した方向性だと、記したものだが、共感する。但し抽齋四人目の妻五百が活き活きしてよかった、とは思う。さりながらその良さとて鴎外の手柄ではない。竹山哲先生は『現代日本文学「盗作疑惑」の研究』においてこう記す。
世評というものは、清張がいうように、〈失礼な譬えだが一犬吠えれば万犬虚を伝うる感がないでもない)のだろう。
だれか高名な人物が資料をろくにみもしないで、あるいは鷗外の作品すら満足に読みもしないで、「仲間褒め」的批評をし、それがそのまま定着してしまうということがけっこう多いのではないだろうか。「お任せ民主主義」ならぬ、「お任せ評価」である。
事実、清張が調べた時点では、鷗外文庫にある前記三つの資料は二十年間にたった三回しか閲覧されていなかったという。
清張の譬えは当たっているように思う。率直にいって「澀江抽齋」は退屈な作品である。これを傑作と考える人はよほどの好事家だろう。
井伏鱒二の『黒い雨』に等しい経緯(『黒い雨』についての剽窃の詳細は猪瀬直樹先生の『ピカレスク 太宰治伝』、竹山哲先生の『現代日本文学「盗作疑惑」の研究』参照)でできたものらしく(『澀江抽齋』についての詳細は松本清張の『両像 森鴎外』、竹山哲先生の『現代日本文学「盗作疑惑」の研究』参照)、要するに本篇は剽窃、リライト作品でしかない、ということ。やはり、不勉強な好事家だとか名声で崇める人にしか、響かないものなのではないか、と私も結論する他ない。
竹山哲先生の『現代日本文学「盗作疑惑」の研究』において谷沢永一が解題をよせているのが痛快。すこしはオブラートに包んだ方がよろしいのでは、と思いはするも、普段耳にも目にもすることの適わぬ類いのものであるので、溜飲が下がる思いではある。
「鷗外は大した学識もなく、そして根性の薄っぺらいツマラナイ人間であった。自分にないものを作家は書けない。ツマラナイ人間は、いかに由緒ある語彙で飾りたてようとも、 つまりはツマラナイ人間しか書けない。史伝三作のうち、読者が自分の師としたい、と慕わしく思う人物が出てくるだろうか。どこからみても誰も彼もに懐かしさを覚えさせる人間的魅力がない。鷗外には人間的魅力なんて生涯理解できなかったであろう。ゆえに史伝三作に魅力のある人物が現われないのである。」
「つまり史伝三作を尊重する人はスノッブなのである。エエカッコウシイであるにすぎない。 それゆえ私は史伝三作を文学作品とは思わない。あれは文学ではない。」
