新婚生活をおびやかすパン。
高校生の頃から朝はパンと決めている。
それも、菓子パン。
いまは1つだけれど、思春期には2~3個平気で食べていた気がする。
一時期は菓子パンのレビューサイトを運営していたこともあり、
味★★★★
ボリューム★★★
コスパ★★
総合:70点
みたいにやっていた。
合コンで「趣味は菓子パンです」と言ったことすらある。(案外話は弾む)
別に本格的なパン屋のじゃない。普通にその辺のコンビニやスーパーのやつだったのだけど、身近だからこそ奥深さを感じて研究していた。
僕が住む地域ではヤマザキパン・第一パン・フジパンが多く出回っていて、なぜかパスコのパンが手に入りづらかった。休日にはわざわざ隣接県のサークルKまでドライブしたことも。あの頃の僕はドイツパンくらい硬派で、「おっ、敷島(製パン)あるじゃん」となぜかブランド名より製造元の方で呼んでいた。
時を経ていまだにパンを食べている。
妻も付き合っていたころから、そんなライフワークを知っている。
だが、新婚当初は、僕の好みや食生活のリズムまでは把握しきれていなかったようだ。ふとしたきっかけで悲しい事件が起きた。

日本パン史上に残る不朽の名作『マロン&マロン』を食べているとき、
「やっぱコレだよなー」
と僕はつい言ってしまった。
大人としてこれで1食としていいのかギリギリの背徳感。パサつきとジューシーさの絶妙のムラ。極めて菓子パンらしい菓子パンに、ずっと昔から魅せられているのだ。
問題なのは、それを妻に聞かれてしまったこと。
どこかでも書いたのだけれど、妻はマクドナルドで一生ハンバーガーだけを食べるこだわり人間だ。素で美味しいものに何かを足したら調和を損なうと考えるラストサムライである。
一方、僕は2回連続で同じメニューを頼めない気まぐれ人間。単にデートしてるだけなら実害がなかったこの生活習慣のズレが、結婚して顕在化した。
「買ってきたよー」
次の日から、妻がずっとマロン&マロンを買ってくるようになった。
新婚早々、好意を無下にするわけにもいかず、僕はお礼を言って食べ続けた。5日、まあいける。10日、悪くない。さすがロングセラーだ。20日。うーん、ちょっとずつ何の味かわからなくなってきた。

たぶんこの辺で限界がきた。何かの景品で「お客様、マロン&マロン1年分が当たりました!」と言われたらだいたいこのくらいだろう。
さすがに妻を止めようと決意したのだけれど、なぜか気が咎める。毎日楽しそうに買ってくる妻を見ていると、甘い新婚生活が終わってしまう気がしたのだ。とても「もう買ってこなくていいから」とか、「飽きたわー」なんて軽々しく言える空気じゃない。
この身をパンパンに流れるA型がヒリヒリとうずいた。
でも意を決して言う。
「あの、マロン&マロンはしばらくの間…いいかなーって…」
パンひとつにしては死ぬほど気を遣った。が、ちゃんと告げた。
ここで下手に気をもたせてしまうと

こうなってしまう恐れもあるからだ。
告白後、訪れる沈黙。
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僕の悪い予感は間違っていなかった。どころか。
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「あ、そっか、そうだよね……〇〇君は私と違うから……毎日同じじゃ飽きちゃうよね。買いすぎちゃったんだ私……」
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き、気まずい!!!!!!
日ごろ喧嘩すらほとんどしたことがなかっただけに、別れ話のような重苦しさに心が耐えられない。まさか夫婦のすれ違いデビューを、パンで飾ることになるなんて。
「ま、まーでもこれからずっと食べないってわけじゃないし。いつでも買えるし」
何を言っても別れ話の亜種にしかならなかった。パンを変えた僕は浮気者で、妻の継続的な愛情(パン購入)を途切れさせてしまったのだ。彼女はソファで横向き体育座りを決め込み、絶対興味のない海外軍事情勢を真っすぐに見つめていた。
世の中には誰が悪いでもないことがあり、きっとあの出来事もそのひとつだった。まさか、今日にいたるまで4000日連続でマロン&マロン&マロン&マロン…とやるのが正解なわけはないのだ。
たとえ好きあっても、人と人は違うもの。
すごく変な形で、真理を教えてもらったような気がする。
僕にできるのは、たまにマロン&マロンを買ってきて、彼女の視界に置き、「今でも覚えてるよ」と無言で知らせることのみ。
まるでお供え物をしているような気分である。
