【第9章】 ∞ 〜前編〜
第1章『 ピエロ 〜前編〜 』
前話 『 金色のカラス 〜後編〜 』
恐るおそる目を開くと、眼下に『あたしの公園』が見下ろせる、高い木のてっぺんにあたしはいた。
しかも、真っ黒いカラスの姿のままで──。
「うそでしょ……」
そんなことあるはずない……だって……だって……。
「人間に戻るためのミッションに成功したじゃない!! どうなってんのよ、そこんとこお~~~!!」
空へ向かって叫ぶあたしの目の前を、
「えっ!?」
赤い風船がふわふわと上昇していく。
眼下の公園へ視線を移すと、
「あんの野郎~~~!!」
あたしをカラスに変えた、あの憎っくき黒ジャージーのピエロが公園のすべり台で寝てやがった。
「てんめえ~~!! クチバシ突き刺したる~~~~」
ピエロの顔めがけて急降下しようとツバサを広げた、そのとき──。
「うわっわっわっわわわ~~~~」
あたしの黒いツバサがするすると伸びて人間の腕に変わり、みるみるうちに制服を着た女子高生の姿に変身した。
「……時間差かよ」
ひとりツッコミしながら、
「こんな高いとこから、どうやって降りたらいいのよ~~」
ツバサを失ったあたしは、太い木の幹に両手でしがみつきながら困っていると、大きな風船のヒモに両手でぶら下がったピエロが、プカリプカリと空中に浮かびながら近づいてくるのが見えた。
「こんの馬鹿ピエロ~~!! アンタのせいで、ひどい目にあったのよ~~!! いますぐ、あたしを下へ降ろせーー!!」
ものすごい剣幕で怒鳴るあたしに、ピエロはペコペコと頭を下げながら近くの枝に腰を下ろし、自分をここまで運んできた大きな風船を手渡してきた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……こんな風船ひとつで下に降りれるわけないでしょ!!」
あたしが風船を突き返そうとすると、
『この風船の中には、象も浮かべることが出来る特殊なガスが入っているので大丈夫ですよ。私が空中に浮いてたのを見てたでしょう?』
あいかわらず無言のまま、ピエロが両手のジェスチャーと顔の表情で伝えてくる。
「そりゃ見てたけどさあ……」
あたしはピエロをにらみつけ、
「ぶっちゃけ、アンタのこと信じられないんだよね!!」
大声で言うと、ピエロは悲しそうな表情のジェスチャーで、
『じゃあ、仕方ないですね……』
あたしの手から、風船のヒモを取り返そうとする。
「ちょい待った!」
あたしは風船のヒモを持った手を引っこめて、
「……これで降りてやるわよ!」
悔しいけれど、この風船しか降りる手段が見つからないんだからしょうがない……。
あたしは汗ばんだ両手で風船のヒモをしっかりと握りしめ、試しに枝の上で軽くジャンプした。
「うわわ……」
風船があたしの体をググンと強く上へ引っぱりあげ、枝の上から完全に両足が離れてしまった。
そしてそのまま、浮き輪で水に浮かんでいるみたいに、
「空中に浮いてる……浮いてるよ~~!」
興奮しながら、大木の枝に腰かけているピエロのほうへふりかえると、
「ひっ……」

ピエロの背中から、大きくて、真っ黒な、ギザギザしたツバサが生えていた。
ゾゾゾゾゾ……。
全身に鳥肌が広がり、背筋が凍りつく。
なんなの……アレ……。
早く逃げなきゃ……。
殺される……。
空中で足をばたつかせた瞬間──。
バンッ。
風船が破裂して、天地逆転。
真っ逆さまに、地上へ墜ちていく。
「ギャーーーー死ぬーーーーー!! こんなのばっかりいいいいーーーーー!!!」
目を固く閉じ、地面に激突するのを覚悟する。
ズドドドド……。
背中と後頭部に衝撃が走る。
しばらく動けなかったものの、しだいに意識がはっきりしてきて、目をゆっくりと開く。
地面に仰向けで倒れている、あたし。
口もとから、冷たい液体が頬をつたって流れている。
痺れている右手で、ゆっくりと口をぬぐう。
右手の甲が血で真っ赤に染まって……。
「ない~~!? えっ? ええっ? ヨダレ~~!?」
慌てて地面から立ち上がる。
あたしの体は、どこも怪我していなかった。
空を見上げても、ピエロなんてどこにもいない。
「ようするに……」
公園のベンチでヨダレを垂れ流しながら寝ていたあたしは、木のてっぺんから落下する悪夢にうなされ、ベンチから地面へ勢いよくずり落ち、背中と後頭部を激しくぶつけて、目を覚ましたという、
「夢落ち……はあ~~……」
ため息を吐きながら、ベンチに座り直して、小さな公園を見渡した。
だ~~れもいない……。
スクールカバンから、スマホを取りだして画面を見ると、ピエロと遭遇した日にちと同じだった。
時刻は、もうすぐ夕方の五時になる。
たしか、あのピエロにカード占いをしてもらったのがお昼過ぎだったから、五時間近くもベンチでガッツリ爆睡してしまったらしい。
あの一ヶ月半にも及んだ、壮絶なカラスライフが夢だったなんて……。
ていうか、この公園で本当にピエロと会ったのかさえ怪しく思えてくる。
「ぜ~んぶ、夢だったのかなあ……」
オレンジ色に染まった夕焼け空を見上げると、遠くのほうからカラスが鳴いている声が聴こえた。
カラスになりたてのあたしを、ハシブと仲間のカラスたちが羽虫バイキングへ連れていってくれたことが懐かしい(夢だけど……)。
「帰ろ……」
なんだか寂しい気持ちになりながら立ち上がったそのとき──。
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