【第1章】 ピエロ 〜後編〜
ジャグリングを続けながら、ゆっくりと近づいてくるピエロから逃げるため、あたしはベンチから立ち上がった。
ポーーーン。
突然、ピエロがジャグリングしていたボールの一個を、あたしへ向けて放り投げてきた。
ちょっと、ちょっと~~!?
激しく動揺しながらも、あたしは条件反射的にボールを両手でキャッチしてしまった。
このボール、どうしたらいいの……!?
あたし、ジャグリングなんて出来ないんですけど……!?
困惑していると、両手で持っていたボールが突然、生き物のように膨らみ始めた。
「うわわわ……」
どんどん膨らみ続けて大きくなっていく、白いボール。
その表面に亀裂が走り、バンッと風船が割れるように弾けて、中から本物のバスケットボールが現われた。
な、なにこれ……手品……!?
ていうか、よりにもよって、見たくもないバスケットボールって……。
呆然としているあたしに、ピエロがパチパチパチパチと拍手をしながら笑いかけてくる。
「あ、これ、返します……」
ピエロへバスケットボールを投げ返すと、空中でシュルシュルシュルと小さくしぼんで、元の白いジャグリングボールに戻った。
「ははは……すごいマジックですね……」
あたしはぎこちなく笑いながら、
「じゃあ、練習頑張ってください……」
そそくさと公園から出て行こうとした、そのとき──。
ピエロが、あたしの行く手をさえぎるように立ちふさがり、トランプよりも二回りほど大きいカードの束を取りだして、
『あなたが幸せになれる占いをしてあげましょう』
顔の表情と両手のジェスチャーだけで話しかけてきた。
ピエロと関わりたくなかったあたしは、
「え~~と、大丈夫なんで……」
やんわり断ると、ピエロは分厚いカードの束を見事な手さばきで空中シャッフルし、扇状にババッとカードを両手で広げ、
『試しに一枚だけ、一枚だけ、カードを引いてみてください』
言葉ではなく、見開いた目でうながしてくる。
「じゃあ、一枚だけですよ……」
百枚ほどあるカードの中から、あたしは適当に真ん中の一枚をサッと抜き取り、表側をめくり返した。
「え……」
カードに描かれていた絵柄は、『解雇通知書』。
お父さんが会社をリストラされたときのことが頭をよぎり、
「このカードって、なんなんですか?」
カードの意味を尋ねてみるも、
『もう一枚、カードを引いてみてください』
ピエロは顔の表情だけで催促してくる。
「引いてやろうじゃないのよ」
一番右端のカードを素早く抜き取り、めくり返した。
ギョギョギョ~~!?
生まれて初めて、さかなクンのモノマネを心の中で叫んでしまった。
カードに描かれていた絵柄は、『退部届け』。
「これって……」
あたしがバスケ部を辞めたことを示したカードなんじゃないの……?
一枚目のカードでお父さんのリストラ、二枚目のカードであたしが退部したことを当てたってことなの、ピエロさん……?
あたしは、カードの束を空中シャッフルしているピエロさんを尊敬の眼差しで見つめた。
本物だ……。
このピエロさんは本物の占い師だよ……。
この人なら……。
「あたしが幸せになれる占い、お願いします!!」
興奮した声で、ピエロさんへ頭を下げる。
ピエロさんはグーサインをしながら
『もちろんですよ。任せてください』
顔の表情だけで答え、カードを綺麗な扇状に広げた。
あたしは、カードの上に右手をかざし、
「幸せ、幸せ、幸せ、幸せ……」
右端から左端まで何度も何度も往復させ、
「エイヤッ!」
気合いを込めて一番左端のカードを抜き取り、めくり返す。
「ワチャ~~……」
三枚目のカードに描かれていたのは、黒くて不気味な『カラス』の絵だった。
「なんか……不吉っぽいんですけどお~~。このカラス、なんのカードなんですか……?」
問いかけても、ピエロさんは首をかしげて考え込んだまま、なにも答えてくれない。
「あの~~悪くてもいいんで、このカラスの意味を教えてくださいよ!」
強烈に不安になり語尾が強くなったあたしに、
『大丈夫、大丈夫』
ピエロさんは慌てた様子でジェスチャーしながら、ぎこちなく笑い返す。
「絶対、大丈夫なカードじゃないですよね……?」
疑うあたしに、ピエロさんがカードの束をバッと扇状に広げ、
『もう一枚いきましょう、もう一枚!』
見開いた目で無言のまま、力強くうながしてくる。
「あ~~なるほどねえ~~。一枚よりも二枚のカードを組み合わせたほうが詳しく占えるってことなのね?」
あたしは、無口なピエロさんの言いたい(であろう)ことを都合良く解釈しながら、
「じゃあ、今度こそ気合い入れまくって、スゴイのを引き当てますよお~~」
カードに穴が空くほどにらみつけながら、
「フンヌッ!!」
中央からやや右側のカードを抜き取り、めくり返した。
「キターーーーー!!」
四枚目に引いたカードは、キラキラと光り輝く『金色』のゴールドカードだった。
「ちょっと~~すごくないですか、あたし!!」
興奮しながら、
「誰が見ても、テラメガラッキーなレアカードですよねえ!! ねえ!! ねえ~~~!!」
ゴールドカードを自慢げにピエロさんへ見せる。
でも、ピエロさんは眉間にシワを寄せ、腕組みをしながら、『カラス』のカードを引いたときよりもさらに考え込んでいる。
「ピエロさん!」
大きな声で呼びかけ、
「まさかですけど、あたしをからかってるわけじゃないですよねえ~~?」
あたしのトゲトゲしい視線に、ピエロさんは怯えたように首をブンブン横にふって、
『最後に一枚! もう一枚だけ、カードを引いてください』
必死なジェスチャーでお願いしてきた。
「もう~~あたしの幸せな運命がかかってるんだから、本気で占ってくださいよ!!」
あたしが目を細~くしてにらむと、ピエロさんは何度もうなずきながらカードの扇をバッと開いた。
「運命の五枚目え~~~!!」
あたしが目をつぶってカードをシュパッと抜き取った、そのとき──。
五枚目のカードを持っていたあたしの腕を、ピエロさんがガシッともの凄い力で掴んできた。
「ちょ……ちょっと、なんなんですか!? 痛いんですけど!!」
ピエロさんをにらみつける。
「えっ……」
ピエロさんの顔からは笑顔が消え、魂の抜けた蝋人形のような冷たい表情で、あたしの顔を覗きこんでくる。
な……なんなの……。
やだ……怖いよ……。
ピエロさんの目が大きく見開き、左眼球が左回転、右眼球が右回転の別回転でグルグルと狂ったように回りだす。
あたしは魔法をかけられたように全身が固まり、その場から一歩も動けない。
グルグルと回転しているピエロさんの眼球から目をそらすことが出来ず、意識が吸い込まれていく。
バババババ……。
ピエロさんが右手にまとめ持っていたカードの束を、巧みな指さばきで空中へ弾き飛ばした。
宙を舞う百枚ものカードによって、視界が奪われていく。
……早く……ここから……逃げないと……。
鉛のように重たい右足を一歩、前に踏みだした瞬間──。
あたしは前のめりに倒れながら、意識が遠のいていった。

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