【第4章】 化け猫 〜後編〜
第1章『 ピエロ 〜前編〜 』
前話 『 化け猫 〜中編〜 』
「この先にある竹林の奥に『金色のカラス』はいまチュウ。ワッチは『金色のカラス』に見つかると食べられてしまうので、ここで待ってまチュウ……」
あたしはドブネズミへお礼を言い、ひとりで竹林の奥へと進んでいった。
やっと、これで人間に戻れる……。
はやる心をおさえながら、キョロキョロと金色に光っている場所を捜し歩いていた、そのとき──。
大きな塊が、あたしの体にものすごい勢いでぶつかってきた。
全身の骨が粉々に砕けたような激痛が走り、吹っ飛ばされる。
視界がグラグラと揺れ動き、体の力がまったく入らない。
「ブフウ~~……」
強烈な生臭い息をあたしに吐きかけながら現れたのは、『金色』でも『カラス』でもなかった。
とてつもなく凶暴で邪悪な顔をした、体じゅう傷だらけの巨大な猫だった。

「化け猫……」
ハシブから「姿を見たら速攻で逃げるガア」って言われていた、化け猫に間違いない……。
「なかなか美味そうだギャア……」
化け猫がヨダレをダラダラと垂らしながら、
「二週間ぶりのカラスだギャア……」
狂喜の眼つきでのぞきこんでくる。
頭の中がグラグラと揺れ動き、化け猫の顔がいくつにも重なって見えている。
だまされたんだ……。
「ドブネズミに……」
つぶやくあたしに、化け猫が臭い息を吐きかけ、
「ドブネズミは、俺様に喰われるのを免除してやる代わりに、新鮮な獲物を騙しておびき寄せる奴隷なんだギャア……」
あたしは瞬時に、カラスへ変身させられた二週間前のことを思いだした。
あの日はたしか、クロヤンというカラスが化け猫に喰い殺された事件が起きていた。
カラスたちの話では、化け猫がサンマの薫製を大量に隠し持っている、というウソの情報をクロヤンに流したのが……ドブネズミだった……。
「ウギャア~~~」
大きな口を開けた化け猫が、あたしへ襲いかかってくる。
本能的に逃げようとするも、ギザギザにとがった歯が、あたしの右のツバサへガブリと噛みついた。
腕の骨をバキバキと折られたような激痛に悲鳴をあげる。
生まれて初めて、殺される恐怖に直面したあたしは、右のツバサを失ってでも化け猫から逃れようと暴れまくった。
でもすぐに、化け猫の丸太のように太い前脚で、あたしの顔面は地面に押しつぶされ、まったく抵抗出来なくなった。
化け猫は、返り血で真っ赤に染まった残忍な顔を近づけ、
「楽にしてやるギャア~~」
あたしの細い首へ牙を突き立てようと口を大きく開けた。
「アンタ、死ぬわよ!!」
あたしじゃない『アタシ』が、大声で叫んでいた。
化け猫が大きな口を開けたまま、ビタッと動きを止める。
「アタシの体にはね、猫ウイルスが保有されているのよ!」
あたしじゃない『アタシ』が、とんでもない話をし始める。
「アタシを食べたら、アンタは間違いなく猫ウイルスに感染して、目、鼻、耳、口、お尻の穴から血を噴きだしながら、狂い死ぬわよ!! それでもいいの!!」
化け猫が驚いた表情で固まっている。
ていうか、あたしのどこに、こんな凶暴な『アタシ』が潜んでいたのよ……。
あたしのほうが、化け猫の百倍、驚いている。
「ウソをつくギャア……」
化け猫が邪悪な眼つきで、
「カラスのおまえが、なんで猫ウイルスを持ってるギャア……」
真偽を探るように、にらみつけてくる。
たしかにそのとおり。
さあ……どうするのよ、あたしじゃない『アタシ』……。
「……アタシはね、人間からカラスに変身した突然変異なのよ! カラスになる前は、猫だった時期もあって、そのときに猫ウイルスにかかっちゃったのよ!」
あたしじゃない『アタシ』が、デタラメにデタラメを重ねていく。すごい。
「アンタ、顔が青いけど、具合悪くない……? アタシのツバサに噛みついたとき、猫ウイルスに感染しちゃったかもよ?」
化け猫があたしからバッと離れ、ベッ、ベッ……とツバを地面へ吐き始める。
「アンタさあ」
完全に優勢に立ったあたしは地面に寝たまま、
「ドブネズミに獲物を調達させるなんてセコいことしてないで、猫なら猫らしく自分で走り回って狩りしなさいよ」
憎まれ口を叩くあたしへ、化け猫がギラリと目を向け、
「やかましい、このバケモノギャア! ベッ、ベッ……二度と俺様の前に現われるギャア!! ベッ、ベッ、ベッ……」
ツバを吐き続けながら、竹林の奥へと消えていった。
「助かった……」
体じゅうの力が抜けて、なんとか生き延びられたことにホッとしたのも束の間、すぐに重苦しい気分に沈んでいく。
人間に戻ることが出来なかった、ハンパないガッカリ感……。
そして、やさしく接してくれたハシブたちを疑い、ドブネズミの巧みな嘘を信じてしまった、自分の馬鹿さ加減……。
「あたしが選んだ道は、また『ハズレ』だったんだ……」
化け猫に噛みつかれた右のツバサからは血が止まらず、ちょっとでも起き上がる気力すら残っていない。
あたし……
このまま……
死んじゃうのかなあ……。
「ハシブ……」
ひんやりとした地面に横たわったまま、
「ごめんね……」
薄れていく意識の片隅で、かすかにあたしを呼ぶ声が聴こえたような気がした。

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