SaaS時代とAI時代のUI/UXの違いの一つについて
はじめに
今回、AIネイティブのプロダクトを作っていく中で、SaaSと生成AI時代のUI/UXの違いはなんなのかを、根本から考え、学ぶ必要が出てきた。この記事ではその一つを学び、ここに自分のメモとして書き記していきたいと思う。
今回はこの記事が非常に参考になった。
AIは60年ぶりの新しいUIパラダイム(Jakob Nielsen)
SaaS時代のUIは「CRUDのしやすさ」が正義だった
そもそもSaaS時代、いわゆるインターネットの時代は、「情報をインターネット上で管理できる、やり取りできる」こと自体が大きなパラダイムシフトであり、それができるようになったことがインターネット時代の強みだった。それ故に、情報をインターネット上に登録しやすく、管理しやすく、皆で業務に使いやすくする、というこの時代のコア価値の背景があり、それがインターネット後期ではSaaSというビジネスモデルとして栄えたと私は思っている。
これをUIの話に戻すと、そのような技術的背景・ニーズ的背景から、UIというものは基本的に、人間がCRUD(Create・Read・Update・Delete)をやりやすくすることを目的としたインターフェースになっていると思っている。
例えばToDoアプリなら、Readがしやすいように一覧が出てくるし、Create・Update・Deleteもそれぞれしやすい形になっている。それによって人間がタスクを管理しやすくなっている。ノートアプリも同様にノートをCRUDしやすくできているし、人事管理システムも人材に関する情報をCRUDしやすくできている。これが基本的なインターネット時代のシステムであり、SaaSだと思っている。
そしてそのような背景から、「良いUI=CRUDがしやすいUI」が正義だったと思っている。例えば、メインのデータのCreateがしやすいように、アプリなら右下に常にFABボタンが出ていたり、Deleteは間違って押さないように赤色でちゃんと出していたり、というように。
生成AIのすごさは「CRUDのしやすさ」ではない
一方で、生成AIはどうか。我々の多くがChatGPTやClaudeを使っていて、そのすごさを感じていると思うが、あれらは「CRUDがしやすいからすごい」わけではない。
つまり、ベースとなる価値の転換— から、UIも大きく変わっているし、我々がUIに期待するものも変わってきている。
ヤコブ・ニールセン曰く、このパラダイムシフトの結果、生成AI時代のUI/UXのポイントは「意図に 基づく成果の指定(intent-basedspecification)」になったというに「どういう結果が欲しいか」という意図を伝える。逆に言うと、その過程でCRUDをすること自体は重要ではなくなってきている。
例えば画像を生成するとき、我々は「広告のための、男性と女性が飲み物を飲んでいる画像を作ってほしい」と指定する。その際、どのソフトウェアをどういう順番で使ってほしい、といった過程は指定しない。これが仮にFigmaであれば、一つ一つの色やレイヤーを一個一個登録(Criate)して作っていくし、間違えばそこを削除(Delete)したり修正(Update)して、完成品を作り出すはずだ。FigmaのCRUDのしやすさはとてもすごい。しかし、それをしないのが生成AIの形だと思う。この対比からも、生成AI時代とその前の時代とで、UI/UXに求められるものの違いが見えてくる。
ToDo管理アプリで考えてみる
ひるがえって、我々がこの時代の価値を提供するプロダクトを作ろうと思ったとき、ヤコブ・ニールセンの表現から逆算すると、重要になるのは「ユーザーがどれだけ意図を入れやすいか、意図に沿った結果を得やすいか」だ。
例えばToDo管理アプリで言えば、我々はToDoを登録して、更新して、削除すること自体が目的ではない。本来の目的は、やるべきことを忘れずに、やるべきタイミングでやって、完了したらきちんと終わること。不要になったら消すこと。もっと言うとその上段には、適切に仕事ができること、仕事のためにきちんとToDoがマネジメントされていて、必要なときにそれを見ることができて、タスクの実行に入れること、がある。
このように、ユーザーがToDo管理アプリを使ってやりたい意図・欲しい結果から考えたとき、一番優先されるべきはCRUDができることではない。もっと違う体験、例えば重要なタスクを忘れないことやそもそもタスクがどんな経緯だったかを適切にチーム内で共有し業務に活かせることなど、ユーザーが本来求めている意図・結果を簡単にできるようにすること、にフォーカスしてみるといいのかもしれない。
まとめ
結論として、今後はCRUDしやすいUIではなくて、ユーザーが元々求めている意図が、無意識に用意されている・達成されていることが重要なのかもしれない(少なからず私はこれが一つの重要なポイントだと思っている)。
