星、ささってもうた⭐︎1
あらすじ
二十七歳、猫と二人暮らし、ちょっとブラックな会社勤めの私。流星群見てたら、右後頭部に星がぶっささっちゃった。その日から少しずつ私の日常が変わり始める。
脱力日常ファンタジーです。
第一話「えらいことやで」
「あいててて」
まだ朝だと言うのに、そう呟くのは5回目か6回目か。呟いたところで、室内には猫しかいないから、大きな独り言にしかならないんだけど、それでも頭が痛くて呟かずにはいられない。
これは何だ?風邪でも引いた?偏頭痛?
思い当たることが少しもなくて困惑する。
休日の午前九時。昨日は大きな仕事が終わったから、愛猫であるのりまきとちょっと夜更かししちゃったけれど、それでも一時前には寝たし、こんなひどい頭痛に見舞われるようなことはした覚えがない。
昨日食べたもの、何食べたっけ。
働き始めたばかりの頭で必死に思い出す。
あ、晩御飯の代わりにチータラを食べたんだっけ、それも二袋。無性に食べたくなって家の近くのコンビニで買ったのだ。のりまきがどうしても食べたいというので、あんまり人間の食べ物はよくないかな、と思いつつ、二つだけあげた。
嘘。三つだったかも知れない。のりまきは私が何か美味しそうなものを食べていると圧がすごいのだ。
うにゃ、とかぶにゃ、とか抗議の声をもらしながら、爪を立ててくるからついついその圧に負けてしまう。
もちろん、人間の私だけが美味しいものを食べるのは悪いから、のりまきにだって特別なカリカリをあげた。のりまきはそこらじゅう飛び乗って上がるし、扉も開けてしまうから、食器棚の一番上のところに南京錠を掛けてストックしてある。
いい気分の夜だった。無意識に鼻歌くらい歌っていたかもしれない。チータラを一気に食べたあと、風呂に入り、さくらんぼのチューハイを飲んでソファでごろごろしていたら、何気なくつけたテレビで、今日は何年かに一度の流星群が見られる日だと言っていたから、星を見るのも悪くないかも、なんて思って、私たちはベランダに出た。
ベランダにはパイプ椅子が置いてある。私は洗濯物をぎりぎりまで溜めて、休日一気にするタイプのため、毎回おびただしい量の洗濯物を狭いベランダに干すことになる。暑い季節なんかはきつくて、一度倒れたことがある。あのときは大変だった。ゲームのシャットダウンみたいに、突然世界が暗くなってそのまま地面に崩れ落ちた。のりまきが必死で背中に乗って鳴いてくれなければ、意識を手放して死んでいた。あの世への橋を渡りかけたのだ。のりまきに起こされて命からがら室内に這い戻ってきた私は塩を舐めて現世に戻ってきた。脱水症状である。
それからは夏場の洗濯物は休憩しながらできるようにパイプ椅子を設置するようになった。パイプ椅子はかなり古く、会社で捨てるというので貰ってきた。電車で持って帰ると周囲の目線が少し痛かったけど、小休憩に座れる椅子があると便利だ。
「わあ、綺麗」
パイプ椅子に座り、のりまきを膝に乗せて、空を見上げる。ベランダから見る流星群は迫力があった。
私に尻を向けて座っているのりまきのしっぽの辺りを優しくとんとんすると、お気に召したのか喉をぐるぐる鳴らした。彼女はこうされるのが好きだ。
いつか花火大会のときも、実家のベランダでのりまきとこんなふうに空を見ていたことを思い出した。私はまだ七歳で、のりまきはまだ子猫だった。
ちなみにこの世界では猫の寿命は、メスが80.2歳、オスが78.6歳である。少し前に猫好きのキャットマッドサイエンティストが猫の長寿の道を切り拓いたのだ、ありがたや。
まるでどこかに降り込んでいるみたいに、無数の星がきらりと光り、弧を描いていた。各家庭に一つくらい届けばいいのに、なんて非現実的なことを考えていた。
きらっ。
「あいてっ。」
そういえばあのときも頭が痛かった。星が光った直後にズキっと頭が痛んだのだ。
寝不足でお酒飲んだしな、そのせいかな。
そう思って、まだ星は流れていたんだけど、のりまきを抱いて中に入ることにした。
湯冷めするし、早く寝よう。
いつものように電気を消して目を閉じた。あんなことになっているなんてつゆ知らず。
アタシは猫である。名前はなんとのりまきだ。白黒のぶち猫で、外側の黒模様が海苔みたいに体を覆っているかららしい。勘弁してよね。たまとかぶちとかよりはマシだけど、ダサすぎる。
ああ、名前に文句なんて言っている場合じゃなかった。今はあのにぶい飼い主のことだ。
あの頭が痛いとしきりに言っている彼女と、私はルームシェアしている。
彼女が高校三年のとき、音楽の専門学校を目指して上京するとか言うので、アタシも着いてきてあげたのだ。専門学校はピンクの髪だったりクソでかいピアスだったり騒がしい見た目の人がたくさんいた。出す音もうるさい。何度か学校に着いて行ったけれど、黒い箱に繋ぐとずぎゃあああんぎゅいんぎゅいんうるさいギターとかいうやつ、あれが私は嫌いだ。
そんな騒騒しい学校を出て、何になるのかと思えば、彼女は普通のOLをしている。それも結構ブラックな会社の。
ロックスターになって、私に毎日美味しいものを食べさせてくれるんじゃなかったの。二人でバカンスに行こうって言ってたのに。年越しはハワイでするんじゃなかったの。
私はこう推理している。彼女は知ってしまったのだ。自分が普通の人間だと。専門学校で出会ったパンチのある人々はそう気づかせるのに十分だった。
そして入ったのが今の会社だ。
「新人じゃなかったらもっと早く帰れてると思うし、業務量は大したことないんだから、残業つけるのは一時間までね。カード切るとき気をつけて」
上司にそう言われて彼女はどう思うのかと言うと、
「まあ、そっか確かに新人だしな」だ。
ちなみにもう働き始めて三年目だけどこの状況は続いていて、彼女は何の疑問も抱いていない。
アタシの飼い主は、だいぶにぶいのだ。
錆びてぼろぼろのパイプ椅子を持って帰るのだって気にならないし、(あんなの持っててじろじろ見られたらアタシだったら嫌だし、他人が捨てようとしてたくらい汚いものを家には置きたくない)
脱水で倒れたときだってそうだ。普通、ぶっ倒れるまでに気づかないか?ちょっと異変を感じたときに中断していたら倒れなかったのに。家で倒れるなんてきっと、年寄りとうちの飼い主くらいだ。
今だってそう。
「うーん。最近寝不足だったからかな?二度寝したら治るかも」
じゃないんだよ。そんな悠長なこと言ってる場合じゃない。
飼い主の右後頭部には、直径50センチの星がぶっ刺さっていて、なんならちょっと血が出てる。えらいことやで、と思う。流石のアタシも慌てる。
「うにゃああー、うにゃあああん」
気が狂ったようにぐるぐる回って、これは只事じゃないと訴えたけれど、飼い主は寝てしまった。寝られるんだ、頭に星ぶっ刺さってるのに。
「よく寝たなあ」
二時間後に起きてきた飼い主は、パジャマに裸足で飼い主はぺたぺた歩き回る。着替えを探しているようだ。
「えっ」
ついに飼い主が右後頭部の星に気が付いたのは、歯を磨きに行った洗面所の鏡に映る自分の姿を確認したときだった。
