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幼少期に「親ガチャ」なんて言う子どもはいない―負の連鎖を断ち切るために

私がこれまでで一番頑張って書いたと思うのが、この作品です。
そして、いちばん伝えたい想いでもあります。

幼少期に「親ガチャ」なんて言う子どもはいないのではないでしょうか。



ただ純粋に、自分を見てほしくて。

お母さんと笑い合う子どもを見て羨ましく思って。

かまってほしくて。

近くにいる大人が笑いかけてくれると、それだけで嬉しくなる。

公園で、ひとりで遊ぶ子どもの姿を見かけることがあります。
それだけで「放置子」だとは思いません。
けれど、その子は腕にスマートウォッチをつけ、周りをキョロキョロしながら遊んでいました。
息子と鬼ごっこをしているときに笑いかけたら、その子は嬉しそうにして、
やがて一緒に遊びたそうに、ずっとついてきました。

周りに保護者の姿を探しながら、ほんの少しだけ一緒に遊びました。
私の息子も、他の大人や道行くおじいちゃん・おばあちゃんに話しかけられるのが大好きです。
やっぱり、「自分を見てもらえること」が、それだけで嬉しいんですよね。

――負の連鎖って、どうして起きてしまうのでしょう。


「親がそうなら、やらなければいいじゃない」

そう言えるのは、心も体も健康でいられる人の言葉です。


この作品に登場する彼の母親もまた、幼い頃から苦労を重ねてきました。
母親は酒乱で、子どもの頃からその介抱をしていた。
子どもが警察に呼ばれて、失禁した母親を連れて家に帰るのはどれほど辛いことなのでしょう。
小学生の頃には、鶏の卵を回収する仕事を手伝い、親の内職もしていました。
それでも、お金は足りなかった。

「大人になったら、良い家庭を築こう」


そう決めて結婚したのに、夫が浮気をして、そんなときにどうしようもない母親は変死で見つかった。


――そこから人生が崩れていったのです。
そして、彼女自身もやがて不倫をしてしまった。

「なんで?やらなきゃいいのに」

この言葉が、どれほど残酷か。

理想を追い求めても叶わず、心がずたずたになっていく。
やりたくなんてなかったのです。
でも、お金もなく、支援も届かず、知識も偏った中で、
冷静な判断なんてできるはずがないのです。


負の連鎖を断ち切るのは、本人だけの力ではできません。
周りの人が、その背景に想いを馳せ、必要なケアをしていくこと。
そして、「もし自分が同じ環境だったら」と想像してみること。

それだけでも、救われる人がいる。
私はそう信じています。

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