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買わなきゃいけないおみやげ

私は「見えない貧困」をテーマに発信しています。このテーマを発信しようと決めたのは、自分の幼少期からの貧困の経験があったからです。育児を通して、どんな家庭の子どもであっても、「泣かせたくない。つらい思いをしてほしくない」と強く思うようになりました。


私にできることは、ほんのわずかです。実体験エッセイを通して、少しでも多くの人に「見えない貧困」があることを知ってもらえたら嬉しいです。今回は、「買わなきゃいけないおみやげ」というエピソードをお話ししたいと思います。


小学生の頃。長期休みが明けると、学校で先生が「○○くんが○○に行ったおみやげです」と言って配ってくれました。
家族旅行では学校用のおみやげを買う。
そんな空気が当たり前になり、いつの間にかみんながおみやげを持ってくるようになりました。

ある日、「○○ちゃんだけだよ、おみやげ持ってきてないの、いつ持ってくるの?」
──そんな言葉を言われるように。
それは実際におみやげを持ってくるまで続きます。

そのことを母に伝えると、苦しい家計の中で、なんとか家族旅行を計画してくれました。たぶん旅行を行くために、借金をしていたんじゃないかな。

行き先は、家から車で1時間の距離。
それでも私にとっては特別な思い出でした。

けれど、学校で「○○県は旅行じゃないよ」「あー、このおみやげか」と言われてしまい、とても悲しかったのを覚えています。


子どもはただ「親が連れて行ってくれた」「おみやげを持たせてくれた」という事実を、自分の親の価値観と一緒にそのまま話すだけ。
だけど「おみやげを持ってきた・持ってきていない」「どこに行ったか」で、優越感や劣等感が生まれてしまう。

職場でも、似たような空気がありますよね。
出かけたらおみやげを買ってくるのが当たり前。
有給休暇明けには「どうぞ」と配りながら頭を下げる。
(昭和文化が色濃く残る職場かもしれませんが…)
バレンタインや季節のイベントも、やる人とやらない人に分かれて居心地が悪くなる。

本来、おみやげって「楽しい気持ちで選ぶもの」のはずなのに、義務になってしまう。
しかも子ども同士では、行き先やおみやげの種類が経済格差を感じさせることもある。

もちろん、もらえば嬉しいし、仲良くなれた気もする。
でも、それは「みんなのため」? 「自分のため」? 「自己満足」? 「マウント合戦?」──考えてしまいます。

私は職場には基本的におみやげは持っていきません。もらえば「ありがとう」と思うけど、義務的には渡したくない。だけどそんな思いだけでは人間関係上むずかしいこともあり、結局、空気を読んで配ったこともありました。

考えすぎも疲れてしまうけど、おみやげは家族や友人に買っていきたいと思ったときだけでいいのだと思っています。



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