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【短編小説】いつかオージサマが

※この短編小説は、3つのお題を使った5,000文字BL小説企画の応募作です。



 瀬尾くんが髪を伸ばし始めた。
 私がそれを知ったのは、今年一月のことだった。願掛けをしているのだという。

「ニューイヤーズレゾリューションって、言うんすよ」
 瀬尾くんの代わりに答えたのは大路くんだ。 
 私はひそかに大路くんのことをオージサマと呼んでいる。しゅっと背が高くて顔が小さいオージサマ。
 彼が王子っぽいのは見た目だけじゃない。

「奈々子さんの髪ってきれいっすよね。近くに行くといい匂いがするし」
 オージサマは、さらりと私の髪をほめる。きらきらの目を細めて、君の素敵なところ知っているよって風にほめてくれて、こうやってオージサマに堕ちていく女の子は多い。
 バイト仲間もお客さんも。

「シャンプー、何使っているんですか?」
 私は驚く。
 尋ねてきたのは瀬尾くんだった。瀬尾くんが私に話しかけてくれたのは初めてだ。

 ここは窓のない部屋。
 この、バックヤードの休憩室というかバイトたちの溜まり場で、瀬尾くんとオージサマはよくじゃれている。二人は、背もたれのない細長いビニールソファに座っていた。
 大学生のバイト同士というだけじゃなくて、彼らは、同じ高校の出身なんだとか。
 オージサマは誰に対してもフレンドリーだけど、瀬尾くんは無口で近寄りがたい。

「シャンプー?」
「髪、絡まりやすくなっちゃって」
 瀬尾くんは厨房バイトの白い帽子を外した。
 小さめのコック帽みたいなやつ。
 帽子からこぼれ出した髪は私の想像していたより長かった。肩につきそうな長さ。
 瀬尾くんはいつから髪を伸ばしていて、いつまで伸ばすつもりなんだろう。

「年明けに髪切りに行こうと思っていたんですけど」
 瀬尾くんは私の疑問を先読みした。
「やっぱりまだしばらく伸ばすことにしたんです」

「あと一年くらい伸ばすっていうんすよ」
 オージサマが瀬尾くんの髪を自分の指に絡めた。こめかみのあたりを梳くように。
 オージサマは瀬尾くんの耳に髪をかける。心なしか瀬尾くんの耳が赤い。

「オススメのシャンプー教えてくれませんか?」
 瀬尾くんはスマホを取り出した。
 オージサマが眉をひそめた。
 私と瀬尾くんは連絡先を交換した。
 こうして私と瀬尾くんはヘアケアについて情報交換をする仲になった。

 
 窓のない休憩室には季節感がない。
 広島レモンサブレとか、ゼリーとか、誰かの置いていくお土産が夏っぽくなった頃、瀬尾くんの髪は肩に届いた。
 ファミレスのバイト中は、厨房の子はずっと帽子を被っている。休憩や上がり時間が重ならなければ、瀬尾くんの髪を見ることはない。
 くせのない黒髪は帽子に包まれていたせいで、いくらかしっとりしてる。

「アルガンオイルって高いんですね」
 私と瀬尾くんの共通の話題といったらヘアケア用品なのだ。
 大学生の男の子とおしゃべりしてメッセージのやり取りをする。私にとってちょっと特別な時間。
 バイトと家の往復だけの日常の、ちょっとした癒やし。そこから一歩を踏み出すのは難しい。

「瀬尾くんはいつまで髪を伸ばすの?」
 尋ねてから、しまったかなと思った。
 別に男の子が髪を伸ばし続けて悪いわけじゃないのだ。
「その、願をかけてるって言ってたから」
 
 私たちは細長いソファの端と端に座っていた。私はレモンサブレに手を伸ばした。ソファがきしっと鳴った。

「迷っているんです」
 瀬尾くんがあまりに真剣な口調だったので、レモンサブレを口に入れたまま止まってしまった。

「想いを伝えようと思っているんです」
 その表現が古風で真剣で、私は瀬尾くんの目に見入った。魅入られてしまった。
 恋している男の子の目には、窓のない休憩室なんか映っていなかった。

「でも踏ん切りがつかなくて」

 瀬尾くんが言葉を続けようとし、私も何か言わなくちゃと思ったところで、男子更衣室の扉がばばんと開いた。
 大路くん、ことオージサマが登場するとき、私の脳内に曲が流れるようになっていた。
 『いつか王子様が』っていうディズニーの白雪姫の曲。いーつのひーにか、オージサマがって、頭の中に流麗に流れる。
 それくらいオージサマは存在感たっぷりに現れるのだ。
 しかも、私が瀬尾くんに出会うとき、必ずオージサマは現れる。この二人はほとんど同じシフトに入ってる。

 オージサマは私と瀬尾くんの間に割り込んでソファに座ると、広島レモンサブレを手に取って開封して、それを瀬尾くんの口に突っ込んだ。
「半分こ、しよ」
 瀬尾くんのくわえてるサブレをかじりとるオージサマ。
 私は瀬尾くんの耳を注視する。瀬尾くんの耳は長く伸びた髪の下に隠れてる。
 オージサマは瀬尾くんの髪をかきあげて、耳にかけてあげる。
 瀬尾くんの肌は陶器みたいにつるりと白い。
 白い肌の中で、耳だけが赤く染まる。
 そこに血が流れ込んでいる。
 
 私はレモンサブレをかみ砕く。ふいに高まった感情を飲み下す。
 二人より先にホールに出る。
 ファミレスの店内は舞台だ。私は生まれついての店員であるかのように、アルカイックスマイルで演技する。
 動揺を隠す。
 脳内に曲が流れたまま。


 休憩室のお菓子がハロウィン仕様になり、さらにクリスマスカラーに変わった頃、私たちは深夜バイトの常連になっていた。
 私と瀬尾くんとオージサマ。
 瀬尾くんは皿洗いから昇格しない。オージサマはそれなりに厨房を任されている。
 私はホールをさばく。
 深夜には社員さんも帰ってしまう。
 
 クリスマスが終わって、大晦日までの数日間が好きだ。年末感はあるのにどこか間延びしている。
 休憩室で瀬尾くんは帽子を被ろうと苦戦していた。

「上手く被れなくなってきちゃって」
 髪が伸びたせいで、帽子が被りにくいらしい。

「髪、結んでみたら? ヘアゴムを貸してあげようか?」
 私は自分の髪を結わいていたゴムを外して、瀬尾くんに手渡した。瀬尾くんの手のひらに私の人さし指が触れた。

 そのとき更衣室からばばんとオージサマが登場した。
「俺が結んでやる」
 オージサマは私のヘアゴムを引ったくるように奪った。
 細長いビニールソファをまたぐように座り、自分の膝の間の座面をばんばんと叩いた。

「ソコ座れってこと?」
 瀬尾くんの喉がこくりと動いた。
 瀬尾くんにも喉仏があったんだと気が付く。私は落ち着かない気持ちになる。
 
 瀬尾くんは心底落ち着かない様子で、オージサマの膝の間に座った。オージサマが瀬尾くんにバックハグをするような体勢。

「髪の毛なんて結べるの?」
 オージサマに尋ねたのは瀬尾くん。
 私もそう思ってた。

「出来るにきまってんじゃん。マルのお世話は俺の係なんだから?」

「マル?」
 きょとんとしたのは私。

「マルチーズです。こいつんちで飼ってる犬」
 教えてくれたのは瀬尾くんだった。

 マルチーズにマルと付けるネーミングセンスに感心した。シンプルでいい。
 マルチーズって、毛が長かったっけ。

「瀬尾の髪、マルよりさらっさら」
 まだバイトに入る前だから、瀬尾くんの髪はしっとりしていない。さらさらした黒い髪がオージサマの指の間をこぼれ落ちていく。

「毎日さ、マルのことブラッシングしてやってからここんとこ結び直すんだ」
 オージサマは瀬尾くんの長い前髪をかきあげて持ち上げてつまんだ。ポンパドール風の前髪になった。
 マルチーズがどんな犬だったか思い出してきた。白くて小さくて、確かに、毛はプードルみたいに巻いてなくてさらさらだった。
 オージサマ家のマルは割とクラシックな気品あるトリミングスタイルをしているらしい。

「ん。くすぐったいって」
 瀬尾くんがオージサマの膝の間で身をよじる。
 
 手ぐしだから、髪が、いうことをきかない。髪がオージサマの手から逃げて、その度に、瀬尾くんの頭にオージサマの手が触れる。
 指先は頭皮を滑っていく。

 オージサマの指には火傷の痕がある。
 小さい茶色の痕跡が右手人さし指の第一関節に、ある。
 厨房ではちょっとした火傷は日常茶飯事だ。
 意外に男っぽいごつごつした手指が瀬尾くんの髪を梳いている。
 ちらちらと見え隠れする瀬尾くんの耳が赤い。
 耳の軟骨がしもやけみたいに赤く染められている。

 火傷の痕のある人さし指が、外耳をなぞった。
 私は二人から目を逸らせない。
 

 オージサマの目は瀬尾くんのうなじのあたりに留まっていた。
 まばたきをしていない。
 瀬尾くんの髪に隠されたうなじから、何かメッセージでも読み取ろうとしているみたい。

「マルが小さかったとき」
 オージサマは瀬尾くんの耳に注ぎ込んだ。あとちょっと、もうちょっとで耳にキスが出来そうな距離。
 でも、その一線を踏み越えるのは勇気がいる。

「マルがまだ仔犬だったときは、ブラッシングを怖がらないように、手でやってあげてたんだ」

 私の喉がごくりと鳴った。
 瀬尾くんの喉仏が動くのも見てしまった。

「手に専用のミトンをしてさ。怖がらせないようにそっと。後ろ脚のあたりから始めて」
 オージサマの両手が、背後から瀬尾くんの腰に添えられた。
 手はいったん瀬尾くんの太腿を膝まで降りていった。そこからゆっくりと這い上る。

「脚のつけ根の毛も絡まりやすいんだ。マッサージするみたいに優しく梳かしてあげて」
 ささやかな衣擦れと、おさえきれない吐息。優しく動く手。
 触れるか触れないかの距離を這っていく手。
 オージサマの手が瀬尾くんの上半身に移っていく。

「前脚も同じようにして」
 手首から前腕、二の腕を伝って、オージサマの手が瀬尾くんの髪に戻る。
「最後に顔周りの毛を梳かすんだ」


 怖がらせないように。そっと。
 髪の毛一本を綱渡りするような二人の関係を、私は見ていた。
 一年間ずっと見ていた。
 心地よい関係、ちょうどよい距離感。
 そこから一歩踏み出すのは難しい。
 それは分かる。痛いほど分かる。
 ましてや性別を超えていくのは途方もなく勇気がいることだ。
 
 オージサマの手が瀬尾くんの髪に潜り、彼の唇が瀬尾くんのうなじに近付いた。
 私からはオージサマの顔は見えない。瀬尾くんの顔は見えている。白い頬と赤く染まった耳たぶと、震えるまつげ。
 瀬尾くんの手は所在なさげに空中を掴んだ。
 厨房でお皿洗いばかりしているとは思えないほど、すんなりした白い手指だった。

「一年間待った」
 オージサマから、王子様らしくもない声がした。
 ひとは本当に失いたくないものを前にしたら声が震えてしまうんだ。

「そろそろ聞かせて。俺、一年待ったよ。まだ待たなくちゃいけない?」

 私は弾かれたように身をひるがえし、休憩室のドアノブに手をかけた。
 古めかしいノブをくるりと回し、休憩室から滑り出る。
 ドアを閉めるときに、瀬尾くんの手の行き先が見えた。
 瀬尾くんの手とオージサマの手は、瀬尾くんの髪の中で繋がり合っていた。

 
 私はホールに出た。
 ファミレスの店内は舞台装置だ。
 深呼吸。
 生まれついての店員のような顔で私は背筋を伸ばした。
 店の大きなガラス窓には夜闇は映っていない。そこには気怠い深夜の店内と私が映っていた。
 
 頭の中で音楽が鳴っている。
『いつの日にか、王子様が、迎えに来る』
 ほとんどお客さんのいないフロアで、私は軽くハミングする。泣いたりなんか、するもんか。
 
 いつの日にか、王子様が。
 
 いつの日にか、それは今日だったかな。
 王子様が来てよかったね瀬尾くん。
 瀬尾くんが何のために髪を伸ばしているのか、ほんとは分かってた。知ってた。
 でもほんの少しの期待を捨てられなかった。
 
 一線を越えるには勇気がいる。
 心地いい距離感が変わってしまう。私には踏み出す勇気がなかった。
 
 耳の中で音楽が止まない。
 ハミングしながら舞台の上をターン。
 振り返ると、私の髪がふわりと窓ガラスの中で揺らめいた。
 ヘアゴムを瀬尾くんに貸しちゃったから結んでなかった。
 本当は髪を結んで仕事をしなくちゃだめだ。でも私は髪をほどいたままホールに立ち続けた。
 今夜くらいはきっと許される。
 
 瀬尾くん、気が付いてなかったよね。
 私もこの一年、髪を伸ばし続けてたよ。


《 完 》


なみ様のBL企画に参加させていただきました!

3つのお題はこちらでした!
・一年の振り返り
・マルチーズ
・ハミング

BLなのにまさかの女子目線で参加させていただきました・・・・・・。
お題に合わせて3,000から5,000文字で書く!というのが難しいけれど、とっても面白かったです✨
なみ様、参加の作家の皆様、楽しい企画をありがとうございます!


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