【短編小説】 青の落下水
※この短編小説は、お題を使ったBL・ブロマンス小説企画の応募作です。
「スガちゃん?」
懐かしい呼び方で声をかけられた。
開いた自動ドアから風が吹いてきた。夏の夜の、まとわりつくゼリーみたいな空気が、動いた。
その男子生徒は僕の隣に並んで座り、バスターミナルを見下ろした。
地元中学のジャージを着て、ズボンの裾をたくしあげている。敏捷そうな足首がのぞいている。
夜目にも分かる。指先まで日に焼けた手。黒目がちな瞳と、まとまりの悪そうなほわりとした髪。
覚えのある匂いが鼻先をかすめた。
「塩素の匂いだ」
髪から漂う匂い。
思ったことをぽろりと口に出してしまうのは僕のくせだ。空気読めない奴、と言われる。
「あ、わかる?」
彼はくしゃっと笑った。
その笑顔に覚えがあった。
「俺さ。水泳部に入ったんだ」
夜なのに太陽を連れてきているような、その笑顔。
「スガちゃん。覚えてる? 俺、西一小で一緒だった、幹」
「ミキ!」
彼のセリフの最後の部分、僕たち二人の言葉がユニゾンで響いた。
「スガちゃん。久しぶりじゃん」
春日という僕の名字を縮めてスガ。小学校時代の僕のあだ名。
「夏期講習なんてめちゃくちゃ気が重かったけど、スガちゃんに会えて嬉しい」
ミキは手にしていたジュースのパックにストローを刺した。
ぷつ、とわずかな抵抗を見せただけでストローは深く、刺さった。
それはまるで、ドミノ倒しの最初の一押しのような、完璧なクラッシュ。
僕は動揺してのど飴のパッケージを取り落とした。一粒ずつ個包装になったあめ玉が、ぱらぱらと音を立てて、階段に落ちていった。
踊り場の無い、下まで一直線に伸びている階段は、塾の看板と誘蛾灯と一階のクリーニング店の明かりに、ほの暗く照らされている。
階段に散らばったあめ玉は星座みたいだった。
「これで全部?」
ミキは、のど飴を拾い集めてパッケージに戻し入れるのを手伝ってくれた。
「スガちゃん。俺にもあめ玉ひとつちょうだい」
人なつこいしゃべり方。小学生のときから変わらない距離感。
ミキは向日性の生き物だ。
いま僕は電車で一時間かけて中学校へ通い、そこでカスと呼ばれている。春日という名字は変わらないけど、周囲の僕への扱いは、だいぶ変わった。
そのことをミキは知らないはずだ。
あめ玉を手渡すときに、僕の指先がミキの手のひらに触れた。
塾の夏期講習。一コマ目と二コマ目の間にある休憩時間に、僕はいつも外階段に座る。
教室はエアコンが効きすぎて冷蔵庫の中みたいだ。なんで皆、平気でいられるのだろう。
どこにいても馴染める気がしない。ひとけの無い階段に腰掛け、暖をとる。
バスターミナルを眺める。バスが巨体を揺らしてやってきて、口から人々を吐き出し、
また腹に客を乗せては走り去って行く。
バスを降りた一団の中にミキがいた。
オーバーサイズの白いTシャツが、街灯の明かりを吸い寄せる。階段をまっすぐに上ってきて、僕を見て顔をくしゃりとほころばせる。
「スガちゃん」
僕に会えて嬉しそうな人間が、この世にいるんだと知る。
「ミキ、毎日遅刻なの?」
外階段に座るのにもう一つ理由が加わったことに、僕は気が付いている。
「俺にもあめ玉ちょうだい」
ミキは僕の数段下に座る。
厚かましさが愛嬌になる。
ミキは僕の左膝に頭を預け、首を仰け反らせて、こちらを見上げた。
誘蛾灯が濡らしたように魅せるミキの喉仏。
僕はのど飴をパッケージから取り出す。
エアコンのせいで喉もいがらっぽくなるのだ。虚弱体質で勉強しか取り柄がない。そう考えると、自分でも自分が嫌になる。
「あーん」
ミキは首を仰け反らせ、目を閉じる。ぽっかりと開いてあめ玉をねだる口。
その先のしっとりとした粘膜。
あーん、って。それは、あげるほうが言うんじゃないのかな。
ぽとりと口の中にあめ玉を落とす。
喉の奥に入ってしまわないように、舌先に。指先がわずかにミキの下唇に触れる。
しなる首すじ。背骨。
ミキはどんなふうに泳ぐのだろう。
「塾なんて眠くなるばっかり。俺、地上生活には向いてないなー」
良く日に焼け良く笑う、がさつな動作の人魚。触れた肩はがっしりしているのに、腰と足首はほっそりとしなやかだ。
外階段に座り、いつも甘いジュースを飲む。ジュースと菓子パン。菓子パンをさっさと食べ終えて、僕の手からあめ玉をもらう。
「毎日どのくらい泳ぐの?」
「陸トレもあるけど、夏休みは5000くらいは泳ぎたい。もうすぐ大会だし。それ終わったら引退だし」
その練習量がどれくらいすごいのか分からないけれど、日中泳ぎまくったら、眠くなりそうだ。
ミキは部活の後で塾に来る。
試合に勝ち進めば、それだけ長く泳ぎ続けられる。
「もうちょっと栄養のあるものを摂った方がいいんじゃない?」
僕の言葉に、ミキはきょとんとした顔をした。
「たくさん泳ぐなら、菓子パンじゃなくて」
ぶわっと惜しげも無く笑顔が花開く。
「スガちゃん。やさしー。オカンみたい」
僕の腕時計のアラームが鳴った。二コマ目が始まる。
僕らは階段から立ち上がった。
揺れるミキの髪からプールの匂い。首すじからあふれる日向の匂い。
「スガちゃん特進クラスだっけ?」
ミキは特進の二つ下のクラスだ。
僕たちが共有できるのは、この休み時間の一五分だけ。
もっとも、僕も特進から滑り落ちる可能性はある。国語が苦手なのだ。
母曰く、僕は中学受験に失敗している。息子が半端な私立中学から公立のトップ高校に返り咲く、というのが母の計画だ。
踊り場のない、二階から地上へ一直線に続く階段を振り返る。飛び込み台の上ってこんな感じだろうか。
頭から水に飛び込むなんて、ミキは怖くないんだろうか。
この階段で、誰かに後ろから押されたら、僕は頭から落っこちていくだろう。
落ちた先に水は無い。
七月が終わりかけている。
終わって欲しくない、と思う。
「水の中ってどんな気持ち?」
僕は尋ねる。僕の知らない世界のことを。「きもちいーよ」
ミキは僕の数段下に座って僕の左膝に体重を預ける。
「スガちゃんって面白いよね。どんな感じ、じゃなくて、どんな気持ちって」
国語の模試のことを思い出して僕は憂鬱になる。僕は、日本語の使い方が間違っているんだろうか。
「身体のまわりに水があるのが好きなんだ。泳ぎすぎて、どこにいるんだか忘れちゃうような瞬間があってさ。中学入ったくらいから、視力落ちちゃって。眼鏡が必要なほどじゃないけど。水の中だと余計ぼやーっとしてキレイなんだ」
ミキは目を閉じて首を仰け反らす。
喉仏が誘うように動く。
「水を切り裂くって言い方あるじゃん。そうじゃなくてさ、俺、水は味方でいてほしい」
うわ、俺ポエマーだなあ、とミキは照れた。
翌日、僕は、ミキの口の中にブルーベリーのあめ玉を落としてあげた。
「目に効くって」
僕はガリ勉のくせに目が良くて、まだまだがんばりが足りないと、身体に急かされるような気がしてしまう。
「やさしー。スガちゃん記憶力良いよね。俺の目のこと覚えてくれてんだ」
八月に入った。
ミキが顔をしかめていた。
今日は階段に座らない。狭い段の上で、右足でひょこひょこと跳ねている。
階段から転げ落ちたらどうしよう、と危なっかしくて不安になる。
「たまーにあるんだ。耳に水が入って出てこなくってさ」
僕はミキのTシャツの裾を引く。
大会が近いと言っていたのに、怪我をしたらどうするのか。
ミキは諦めて座り、僕の左の太腿に右耳を下にして頭をのっけた。
水が溜まっている方の耳。
「泳ぎのフォームが崩れてんのかなって心配になる。水が入るって滅多に無いんだけど。いったん水が入ると息継ぎの度に耳が変で、集中できなくなる」
ミキは自由形の選手らしい。
自由と言いつつそれは必ずクロールのことを指すのだ。言葉は難しい。
「目と耳が、陸上生活向けに出来てんだって思い知らされる。度付きゴーグルって何か違和感あるし、耳の中でぽこぽこ水音がすると、駄目なんだ。気持ち悪い」
ミキは手のひらで何かをすくい上げるような動作をした。
耳は僕の太腿にくっつけたまま。
「いつまでも水の中に住んでいられないんだ。いつか出なくちゃいけない。でも水が無いところで、やっていける気がしない」
僕はミキの頭を太腿にのせたまま、かばんに手を伸ばし、ブルーベリー味のあめ玉を取り出す。
言葉の代わりに甘いものをミキにあげる。それくらいしか出来ないから。
「口、開けられる?」
「あーん」
ミキが頭をひねり、首を仰け反らせる。
いつものように、ぼくの目に逆さまにうつるミキの顔。
伏せたまつげ。鼻の穴まで見えちゃう無防備な体勢。開かれた口。乾いた唇と濡れた舌。
その先に、滑る洞窟のように続いていく喉奥の空間。
僕はあめ玉をミキの舌先に落とす。
僕の手指が彼の唇に触れてしまわないように。慎重に。
「あ、出そう」
じわりと僕の左腿に生温かいものが広がった。立ち上るのは、閉じ込められていた塩素の匂い。
ミキの耳を侵していた水が、彼が体勢を変えた拍子に出てきたのだ。
ミキの手が僕の太腿をまさぐる。僕の、紺色のチノパンツの布地越し。
「うわ。結構、入ってたんだなー。水」
濡らしちゃってごめん、とミキが頭をかく。
ミキは立ち上がって首を振った。
「わー。すげー。すっきりした」
出すものを出してすっきりして、はしゃぐミキのTシャツの裾をまた引く。階段から落ちられたら困る。
右手で彼のTシャツを、左手で湿った自分のチノパンツの布を握る。
「俺、一応、水泳部の部長なんだ。耳に水が入ったなんて、かっこ悪くて言えなくてさ」
スガちゃんがいてよかった、と笑うミキの顔が、右側半分だけ、階段下からの明かりに輝く。
熱帯夜が満ちる。
しっとりとした水は、冷えるでもなく蒸発するでもなく、僕の太腿の上に留まる。
模試の日は、通常より早い時間に塾が始まる。普段とは違う、塾で一番大きな講義室に中学三年生全員が集められる。
ミキは英語のテスト中に姿を見せず、数学の途中で現れた。
講義室の電灯のもとで改めてミキを見た。
教卓の近くの席しか空いていない。先生に遅刻を謝り、ミキは最前列に着席した。
おどけた仕草。こんがりと日に焼けた首すじ。
模試は三教科、最後は国語だ。
僕は休憩時間に外階段に行かなかった。
ミキは同じ中学校の友達に囲まれていた。僕とは階層が違うタイプの、ミキのように笑顔が眩しいタイプの男子や女子。
住む世界が違う生き物たち。
僕はトイレに行って息を整えた。
鏡の中の、自分の生っ白い顔から目を逸らす。陰気で気難しい目つき。
中学校でカスというあだ名をつけられた。目つきが気に入らないんだよカス、と何度か言われた。
国語に集中しなければならない。いま、特進クラスから脱落したら母親は嘆くだろう。
中学受験に失敗しているのだ。次は無い。
講義室の自席に戻ると、どうしてもミキに目が行ってしまう。毎日プールの水にさらされて少しパサついた、まとまりの悪い髪。
この距離では髪の匂いも手触りも、感じられない。白いTシャツを着た背中を見つめる。大柄というほどではないのに、ミキの肩はたくましい。
合図とともに国語の問題用紙を開き、解答用紙を机の右側に置く。
最初に漢字の読み書き、大設問の二が物語文、大設問の三が説明文、ざっと目を走らせていく。
説明文は変わっていた。
内容が変わっていると思った。クジラの耳垢について書かれていた。
『クジラの音の捉え方は、人間のそれとは異なります。クジラの外耳道はふさがっており、耳垢は生涯、溜まり続けるのです。耳垢栓の長さは五十センチ以上、重さは約一キロにもなります』
僕はその説明文を読み進めた。
想像が止められない。
クジラは自分に耳があることを知らないのだ。もしもクジラが生きている間に、その巨大な耳垢を取り去ってしまったら、どうなるのだろう。
その意識されていなかった細長い空間を、クジラはどう感じるのだろうか。空白を埋めたいと願うだろうか。
外耳が切り開かれて、固く長いものが侵入してくる。耳垢を掻き出す。耳の穴に海水が流れ込んできてしまう。
僕はクジラが戸惑う様を想像する。
三半規管が狂ったクジラは身をよじる。
かつての地上での暮らしに、焦がれたりするのだろうか。
もう、水の中でしか生きられない身体なのに。
ミキの耳の中の水を思い出す。
体温で温められた水が、僕の太腿にあふれ出してきた。
後ろめたい生温かさ。
顔を上げる。教卓の前にはミキの後頭部。
僕は自分の視力の良さを恨む。
ミキの耳から目が逸らせない。日焼けした首すじと耳の後ろにわずかに残された白い肌。
鮮烈なコントラスト。
左腿にじわりと広がる湿り気。
つま先までしびれる。
我慢できずに吐息が漏れる。自分が、そそうでもしてしまったのではないかと焦る。でもそうじゃない。忘れられないだけだ。
布地越しに触れていたミキの耳と、染み出してきた水と。
僕は溺れる。シャープペンシルを取り落とした右手を、左手がつかむ。
腕時計を見て鳥肌が立った。
まだ一問も解いていない。記述が苦手なのに。時間を確保しなくてはならないのに。何が正しいか、何を求められているのか、回答を考えるほどに混乱する。
喉が絞まる。酸素が足りない。
だめだ。気が付きたくなかった。
僕は水の中では生きられない。
クジラは自分に耳があることを知らない。深い深い耳の穴は、一生涯ふさがれている。
僕は気が付きたくなかった。自分の中に深く細長い空白があることを。
そこを埋めてもらいたくても、その穴は出入り口を持たない。僕も彼も、出入り口を持たない。
掻き出してかき回して、埋めて欲しいのだ。隙間がないくらいにぴったりとくっつきたい。
そんなことは不可能なのに。
問題用紙から黒い文字が浮かび上がる。
怖い。
明朝体が浮かび上がって、はねとはらいを尖らせる。その切っ先は僕の目に落ちてくる。網膜を鋭く切り裂く。
息が、吸えない。
とんとん、と僕の肩を叩いたのは塾講師だった。僕は顔に汗をかいていた。
「春日くん。大丈夫ですか?」
僕は首を振った。立ち上がる気力をかき集める。かばんを握りしめる。
「先生、寒いんです」
八月に発される言葉とは思えない。
「外に行かせてください」
講義室から出る時に、ミキの机のすぐ脇を通った。彼の顔を見ることは出来なかった。
外階段の定位置。
僕の数段下に、ミキが腰を降ろした。
目眩と吐き気が続いている。
ミキの顔を見たとたん、冷や汗は引いていった。代わりに頬が火照り出す。
「俺も抜けて来ちゃった」
ミキは悪びれず僕の左膝に体重を預ける。
「親は怒るかなあ。模試代ほとんど無駄にしちゃった。まあ、解いても解かなくても、結果は同じような気がするし」
言葉を返したいのに、一度絞まった喉は、なかなか開いてくれない。
「スガちゃんにあめ玉もらいたくて、テスト抜けてきた」
あーん、と首を仰け反らせ、ミキは目を閉じる。
ふいに喉が開いた。
「あめ玉?」
震えもかすれもしない声が出た。
「ん」
ミキが口を開けてあめ玉をねだる。
僕はミキの頭を左太腿にのせたまま、かばんに手を入れてあめ玉のパッケージを探り出す。
「スガちゃん? 雨が落ちてきた。あめじゃなくて」
ふふっと、僕の喉が開く。
「あ! 今のシャレじゃなくてほんとにさー」
言いながら、ミキが目を見開く。
仰向いて僕の太腿に頭をのせたままのミキ。その顔に新たに水滴が落ちていく。
日に焼けた頬に。鼻の頭に。唇の脇に。ぽたりと落ちて滲む水。
「水が無いところでは、やっていけないって、言ってただろ」
自分でも驚くほど滑らかな僕の舌。
ミキの手が伸びてくる。僕の頬を伝う涙を指で拭う。
気が付きたくなかった。
自覚した瞬間に、失うことが確定した恋。
ほら、階段を転がり落ちていく、僕の運命。わずかな血痕を残して。
クジラは自分に耳があることを知らない。一生知らずに死んでいく。
僕も知らなければよかった。
決して叶わない恋。想ってはいけない相手。
そんなこと、一生、気が付かなければよかった。
「スガちゃん、頭良いんだからさ、あんまり思い詰めるなよ。テスト、次は大丈夫だって」
見当違いになぐさめてくれるミキ。
もしかして、これを言うために模試を抜けてきてくれたのだろうか。
僕は分かってしまった。たとえ偏差値が上がっても、難関校のA判定が出ても、僕の欲しいものには届かない。
手の中で、ミキの口の中に入れそびれたあめ玉が、溶けてべとつき始める。
甘い汗をかく。
「とかいって、俺もさー。水泳で高校行けるほどじゃないしさ」
今日も、いつも通りの練習をしてきて模試に遅刻したのだという。
「飛び込み台に立つ直前が一番やばいんだ。もう逃げたい。ちびっちゃいそうでさ」
世界が自分に牙をむく瞬間。
「だけど、あそこに立つためなら、何を差し出してもいいって、そういうふうにも思う」
ミキは身を起こし、数段下から僕に向き直った。
「あそこに立ってしまえば。飛び込み台に立ってしまえば、あとは水が待ってる」
ミキは地上を捨てるのだ。
暗がりに浮かび上がるミキのほわりとした髪。身にまとう匂い。陽光と水の交差する地点の匂い。
ミキは彼にしか見えない飛び込み台を見据えている。憧れる。その目に惹かれる。
僕とは住む場所が違うミキ。
「大会って、いつなの?」
「明後日」
「場所は?」
ミキが目をぱちぱちさせた。
「え? 結構遠いよ。俺の400メートル自由形って午前だし。ていうか、マジで。えっと。知りたいの?」
くるくると表情を変える黒目がちな瞳。
ミキが水中の生物に変わる瞬間が見たい。
飛び込み台に立つ。
踊り場のない、二階から地上へ一直線に続く階段のてっぺんから、跳べるだろうか。落ちてくる僕を受け止めてくれる水は無い。
きっと、無い。
「ミキを見に行きたいんだ」
ミキが頭をかく。ほわっとした髪から水の気配。
「嬉しいな」
ミキが階段を上がってきた。
同じ段に座ると、ミキの顔の位置が僕よりもちょっとだけ高くなる。そのことに気が付いた。
ミキの黒目がちな瞳が近付く。
近付いてくる。
近過ぎて、視界が埋まる。
僕の視界が、深く潤んだ水をたたえた黒目で埋まる。
唇同士が触れたわずかな衝撃で、ブルーベリー味のあめ玉が僕の手のひらからはがれ、階段を落ちていった。
《 完 》
今回のお題は、『激重感情仄暗不穏』かつ『耽美』な一万字以内の、ブロマンス・BL小説でした!
本文は8,000字弱となりました。
noteでBL主催のなみさん、この魅惑のお題を提供してくださったかし子さん、いつもありがとうございます!
実は12月に入ったくらいから、ほんとうに生活に追われてしまっていました。フォローさせてもらっている皆さんの投稿にも追いつけないことが多くて、不甲斐なく申し訳なく思っていました。クリスマス関連の投稿とか、楽しそうでうらやましいなあ✨とか。
そんな中でも、このnoteでBL企画だけは参加したい!という自分の中の意気込みはすごかったんです。
拙作を改めて読み返してみると、耽美・・・・・・耽美どこへ行っちゃったかな。しかも季節感もまったく無しでした。
今作は実は、かなり前に書いた短編がもとになっているのですが、過激表現無しにいかに中学生に官能を目覚めさせるか、という一点に絞って改稿しました。ちょっと苦しい感じですが、そこを私なりの耽美と捉えていただけたらありがたいです。
noteでBLメンバーさんの『激重感情仄暗不穏耽美』小説に浸らせていただくのを楽しみにしています!
2025年12月26日
