「天職」とは 探すものではなく 「呼ばれる」もの
尊敬する先生がこの3月,定年退職を迎えられる。退職された後は,教壇に立つ姿を見ることはもう叶わないかもしれない。その最後の一段をこの目に焼き付けるべく,今日は,最終講義に参加してきた。先生の名前は,ヤマグチ先生。都内の国立大学で,約40年にわたり,図学やコンピュータグラフィクスなど視覚情報系の研究と教育に取り組んでこられた先生である。私とは所属も専門も,そして年齢も全く重なるところがない。けれども,長い人生の中でほんの一瞬,ヤマグチ先生と接点を持つご縁に恵まれたのだった。
かれこれ20年ほど前。私が助手として都内の私立大学に就職したとき,もう一人,同じ助手として採用された女性の同僚がいた。その同僚の恩師(大学院の指導教授)がヤマグチ先生だったのだ。 理系の研究室は,一日中実験を共にするから,家族のような絆が築かれやすいのだろうか。その同僚を介して,研究室のさまざまなイベントに呼んでいただいたのが,ヤマグチ先生との出会いのきっかけになった。最初にお会いしたのは,2004年夏の隅田川の花火大会だったと思う。同僚が住んでいたマンションの最上階から花火を眺めたことを,今でもよく覚えている。同僚が作ってくれた手作りコロッケがとても美味しかったことも。残念ながら,その同僚は,その翌年に病気で他界してしまった。膵臓にガンが見つかってから,あっという間の別れとなった。人というのはこんなにもあっけなくいなくなってしまうものなのか。初めての身近な人の死を受け止めることができず苦しんだ。同僚の告別式で,ヤマグチ先生とは隣同士の席になった。言葉は多く交わさなかったけれど,帰りの電車が一緒になり,別れ際に,先生が一言こう言ってくださった。「またよかったら,うちの大学に遊びにきてください」
今思えば,社交辞令だったのだろうと思う。しかし,私は,あつかましくも,その数ヶ月後に,本当に先生の研究室に足を運んだのだった。若さゆえの大胆な行動。今なら恐れ多くてこんなことは到底できない。しかし,この勇気が,その後の先生とのご縁に繋がったのだと思うと,20年前の自分に「よくやった」と言ってあげたい。亡くなった同僚にも,こんな素敵なご縁を残してくれてありがとうといつも思っている。
ヤマグチ先生の最終講義は,1980年代の学生時代の思い出から始まり,1990年代に現在の大学に移籍してからの研究や教育のお話,2000年代にだまし絵やハイブリッド画像など新しい研究に取り組み始めた時のお話,そして,現在取り組まれている共同研究のお話に至るまで,約40年のライフヒストリーを振り返る内容だった。スライドに無駄がなく直線的で分かりやすかった。講演中に観客の笑いを取るためにどうでもいいクイズを出すような浅はかなことを,先生はしない。それはともかく,驚かされたのは,先生の飽くなき探究心だ。この40年の間に,実にさまざまな新しい研究に次々と取り組まれてきていたことを知った。コンピュータを扱う情報系の研究は,数年単位で目まぐるしい変化が起きる。その変化の波に飲み込まれることなく,むしろ変化を武器にするように,着実に研究を前に進めてこられていたことに,先生の研究者としての誠実さ,そして,本当に好きで好きでたまらないから研究してるんですというような純粋な知的好奇心を見た。何より,強固な基盤に支えられた知性。本当に頭のいい人というのはこういう人のことをいうんだと再確認した。圧倒的な「賢さ」があるからこそ成し遂げられた仕事なのだろう。
一番印象的だったのは,先生が学生の「こんなことをやってみたい」という知的好奇心を何より大事にされていたことだ。その発想を大事にして,学生さんと一緒に新しいテーマを生み出し,次々と新しい技術や作品を創造してこられたことを知った。質疑応答で,「なぜ,そんなにいろいろな研究ができるのですか?ただでさえ多忙なはずなのに,新しいテーマについてはいつ勉強しているのですか?」と問われた先生は,こう答えられた。「学生さんが『やりたい』と言ったことに合わせて,自分の知らない穴を埋めようと,学生さんと一緒に勉強してきただけです」と。「自分がやりたいこと」ではなく,「学生さんがやりたいと言ったこと」に伴走する。そんな姿勢を持つ先生に出会えることは,なかなかないと思う。思い返せば,20年前,駆け出しの助手だった私の話にも,先生は一生懸命耳を傾けてくださった。先生が,学生のことを「学生さん」と「さん」付けで呼んでいることも印象的だった。一人ひとりに対して敬意を持って接しているんだと思う。
もう一つ,印象に残ったエピソードがある。質疑応答で,「ヤマグチ先生は,XX学会を国際的な組織に育て上げることに尽力されましたが,どのような心がけをされていたのですか?」と問われた際,先生は,えーーそんなそんな・・・というような表情で微笑みながらこう答えたのだ。
「特に何も・・・(笑)」
「学会を大きくしようとか,盛り上げようとか,そんなことは考えたことはありません」と。ただ,話を聞いてみたいと思う人に声をかける,知見を得たいと思う人に来てもらう,そういう小さいことを続けてきただけだと。「ただ小さな積み重ねがあっただけです」と。
ヤマグチ先生の40年間の歩みを聴きながら,「天職」という言葉が頭に浮かび,その意味について考えていた。先生は,自分がやりたいことを内発的に追究するというよりは,外から求められるものに対して,「どのような働きを託されているか」を察知し,それに応えようとする過程を通して,研究者・教育者として成長してこられたのではないか。「自分は一体何者なのか」「自分は一体何がしたいのか」という内発的な問いに固執するのではない。そうではなくて,外から「呼ばれる」ことに真摯に応えてきた。誰かからの「助けてほしい」という声があり,その声に応じるために自分の知性や能力を使ってきた。自分に合う仕事を自分から探しに行ったのではなく,仕事の方が先生を呼びにきたのだ。
「天職」のことを,英語で "calling"(コーリング)と言う。文字通り,「他者から呼ばれる」ことを意味する。就職活動を控えている若い学生さんは,「自分には何が向いているのか」「自分は何がしたいのか」と考えがちである。でも,それは誤解かもしれない。そういう考え方が出発点になってしまうと,自分で自分を不要に追い込むことになってしまう。なぜなら「天職」というのは、自分から探しに行くものではないからだ。「天職」というのは,内側から生まれてくるものではない。人間の能力というのは,他者から必要とされた時にはじめて発動し始める。自分がどんな仕事に適性があるかなんて,やってみないと誰にもわからない。適性というのは,やってみて,後からわかるものなんです。潜在能力が爆発的に開花するのは,自分のためというよりは,むしろ自分に向かって「あなたにこの仕事をしてもらいたい」と切実に求めてくる他者のために働くときである。誰かに「助けてほしい」と切実に求められ,ほかならぬ自分が,余人をもって代えがたい存在として「呼ばれた(calling)」という事実が,その人を覚醒させ,想像もしていなかった大きな力を発動させる。だから,自分が果たすべき仕事を見出すというのは,本質的には受動的な経験なんだと思う。ヤマグチ先生が成し遂げてきた仕事は,すべて「呼ばれる」ことから始まり,その連続で今がある。最終講義を聴き終えて,大切なことに改めて気づかされた。
講義の最後に,先生が参加者に向けてこんな言葉を贈ってくださった。若い学生へのメッセージを込めていたんだと思う。
・チャンスはいつか訪れる
・ふとした拍子に出会いがある
・そのとき気づかなくても,あとで役立つこともある
20年前,私が社交辞令を真に受けて先生の研究室を訪ねたことも,そこで得たご縁が今に繋がっていることも,すべては外から「calling」されて導かれた運命だったのかもしれない。講義を聴き終えて,そんなことを考えた。ふとした拍子に出会いがある。予想もしていなかった縁が突然舞い込み,それがきっかけとなって,いつの間にか導かれるように多くのことに携わるようになり,その中のいずれかが自分の天職になっていく。そういうことがあるんだと思う。おそらく多くの社会人の方が同じ感覚を持っておられるんじゃないかと想像します。学生のみなさんには,天職とは「calling」という言葉通り,導かれるようにして見つかっていくものなんだと考えて,まずはご縁があった場所からスタートしてみるという考え方を持っておくといいと思う。もちろん1つの選択肢として。そう思えば,(大人から強いられた,日本独特の)就活をポジティブに受け止められるかもしれないし,生きるのが少し楽になると思う。私も,残りのキャリアで,「あなたに助けてほしい」と自分に仕事を託してくれるような「calling」があれば,一つひとつ誠実に応えていきたいと思った。大きなことをやり遂げるには,小さな積み重ねしかないということも,改めて今日,先生に気づかせてもらった。本当に心に染み入るいいお話だった。
