「魔王の称号を手に入れたので平和な魔界をめざしてみる」第1話

あらすじ

魔界には人類と魔族、魔物が住んでいる。神界の仕業で人々が魔物と化す中、魔界では魔王の座を巡る「魔王選別」が行われている。この争いは人々にも被害を及ぼし、人々は神を崇め魔物を畏怖する。15歳になると魔物になるか、神から加護を得ることができる。主人公レオンは平和な世界を夢見て魔物化を望んでいたが、皮肉にも「魔王」の称号を与えられてしまう。親友から命を狙われたレオンは、30位の魔王候補グレンの城に逃げ込む。魔界に正統な魔王がいない理由を知ったレオンは、ゼインとともに新しい魔王を目指すことを決意する。果たして、レオンは魔王の座を勝ち取り、平和な世界を実現できるのか?


第1話

この不条理な世の中を変えたい。
戦争のない、差別のない、奴隷のいない世界。
それが私の唯一の望みなのだ。
この世には人間と魔と神がいる。
神はこの世界で最も神秘に溢れた存在で、『神託』というものを使って人間に善と悪の啓示を授けている。神は万物を創りたまい、魔物や魔族を産み出したとされる。
魔は魔物や魔族がおり、既に誰がいちばん強い魔であるか、即ち『魔王』であるかを闘いを通して決定する『魔王選別』が存在している。そして、『魔王選別』に敗れた腹いせや暇つぶしに人間を玩具のように殺していく。
魔は重大な悪さをしてきた人間が神によって咎められ、突然変異させられた姿とされ、古き時代から忌み嫌われてきた。
そんな世界に人間として生を受けたら君は残念ながら生き地獄を迎えなければならない。
人間は有象無象の生物とされ、常に魔に怯え、神の機嫌を取らなければ生きていけない。自由はない。まるで鳥籠の中の鳥、否それならまだ良い。自由がない上に神に弄ばれるのだから。実験室の一角の檻に閉じ込められたネズミのようだ。
この世界にはふたつの大陸があり、『神界』と『魔界』に分かれている。人間は『魔界』の端にある小さな国で暮らさないといけなかった。
人間には僅かな食糧と水、領土だけしか与えられなかった。そのため、賢いものと力のあるもの、即ち強者しか人間界では生きていけなかったのである。弱者は強者に食い物とされるしかないのだ。
そんな世界で弱者の家系で生きている男がいた。男の名前はレオン。
レオンは強者であり弱者だった。
レオンはなんでも出来る。勉学も体術も魔術も剣術も弓術だってなんだって出来るし、勉強や金稼ぎのために必要な知識の吸収力が飛び抜けて高く、商才もあった。能力としては完璧すぎる人物だった。しかしそんなレオンにも欠点がある。それは笑顔を作ることが出来ないのだ。
彼は小柄で一般的な体躯であり、顔も平凡であった。しかし、常に不機嫌そうに見えるためその顔のせいで何人もの敵を作ってきた。彼に襲いかかってきた男達もいた。レオンはその度に返り討ちにしてきたが。
彼の夢は家族といつまでもひっそりと生活することである。優しい母と頼れる父、そして可愛い妹と4人で暮らすことだ。だが、神がそれを許してはくれなかった。
それはレオンが15歳になり、神託を受ける前日のことだった。彼はポツリと呟いたのだ。
「魔物になりたい」
レオンは聡い人間で、魔物がこの世界を統べ、人間を奴隷のように扱っていることを知っていた。さらに、魔物同士の争いで領土が焼け焦げ、多くの人間が亡くなっていることにも気づいていた。だから、自分が魔物になってこの世を平和にしたいと思ったのである。
しかし、その独り言を聞いていた者がいた。
身長2メートルの巨体に赤い髪の男、エドガーである。彼はレオン以上に力が強く、今も料理に使う薪を作るために自身ほどある巨大な太木を何本も運んでいる。
そんな彼はレオンの言葉に眉をひそめた。
「魔物になったら殺されるんだろ?俺は魔物になるのだけは嫌だな」
「……エドガー」
「そんなことしても何にもならないぜ。それに、魔物になったら俺の料理が食えなくなるぞ」
確かにそうだ。エドガーは無類の料理好きで、毎日大量の食材を狩ってきては美味しい料理を作ってくれた。レオンも彼の作る料理が好きだったし、彼のおかげで家族との食事に困ることはなかった。しかし、それでもレオンは魔物になることを諦められなかったのだ。
そして次の日。神託の日がやってきたのである。神界から神官たちがやってきて、レオンとエドガーを教会に連れていった。それは金色に輝く教会で、奥に進むと何人もの人が神託を受けるのを待っていた。
神託は魔物になるかどうかだけでなく、神からどんな加護を貰えるかも決まってくる。例えば農業の加護であれば、畑の作物の成長を促進でき、毎日野菜が食べられたり、それを売ったりできる。生活がより良くなるのだ。また、力の加護を貰えれば戦争に勝ち、領土を広くすることも可能だ。そのため、強い加護を貰った人間を早く雇うため各国の国王たちも見に来ていた。弱者にとって、強者の仲間入りができるこのチャンス。全員が興奮し期待に胸を膨らませていた。しかし、レオンだけは無感情でその美しい顔をピクリとも動かさなかった。
神官の1人が咳払いをし、ざわめきが止むと神様からの神託が始まった。神官たちは神に祈りを捧げ、神の声を聴くのだ。そして、神託が終わったのか神官たちが一斉に頭を上げた瞬間、神官が若者一人ずつに加護を言い渡していく。
「汝に与えられた加護は農業の加護であり、魔物にはならない」
そう言われた時、教会は一瞬時が止まったように感じた。そしてその瞬間、すぐに教会内に歓声が上がったのだ。若者は涙を流している。魔物になるかならないかの瀬戸際なのだ、歓喜に沸き立つに決まっているだろう。また、神から与えられる加護には様々な種類があり、『農業』、『剣士』、『魔道士』、『商社』、『鎧』などである。さらに数百年に一度しか出ない珍しいものを挙げるとしたら。
「素晴らしい加護だ!『勇者』の加護だぞ」
エドガーはその神官から告げられたその言葉に目を見開く。そして、頬を赤く染めた。勇者の加護、それは人間が持っているだけで、人間が束になっても適わない魔物を倒すことができる唯一の加護である。修行したら魔物よりも強い魔族にさえ勝ててしまう加護だ。エドガーはあまりの嬉しさにガッツポーズをした。レオンは無感情にその様子を見ていたが、自分が勇者の加護を貰えなかったと知り落胆する。しかし、その次に神官から言われた言葉でレオンは絶望した。
「汝に与えられた加護は『魔王』の加護である」
そんな馬鹿な。レオンは自分の耳を疑った。自分は魔物になりたいと願ったはずだ。なのに何故、神から『魔王』の祝福を授かるのか理解できなかったのだ。それに魔王は今現在長期的に続けられている『魔王選別』というものによって決められるのではなかったのか。
「な……っ!俺はそんなこと望んでない!」
「黙れ人間!!いや、こう言うべきか。魔王よ」
神官はレオンに冷たい眼差しを向けた。気づけば、レオンは神官達に囲まれていた。しかも、目の前にはエドガーが腰に携えた短剣を構えて立っていたのだ。レオンは震えながら言った。
「な、何してんだよ。エドガー、なんで剣なんか構えて」
「お前が魔王だからだよ。レオン」
「……は?」
神官がエドガーに、『やれ』と呟くとエドガーは剣を抜いて構えた。そして躊躇うことなく剣を振り下ろす。だがそれはレオンを斬る直前で止まった。止めに入ったのは神官ではなくレオンであったのだ。彼はその剣を受け止めた。
「やめろよ!なんでそんなことするんだよ!!」
「っ……俺はもうお前といられない」
エドガーはレオンに殴り掛かった。その拳で太木や岩さえ砕いてきたことを、そして、今彼は『勇者』の加護を持っている。その強さは計り知れないだろう。だが、それにも関わらず、レオンはエドガーの巨体から繰り出されたその拳を小さな掌で受け止めたのだ。そして、そのまま拳を握ると、エドガーの身体を放り投げた。エドガーは壁に打ち付けられ、気絶してしまった。レオンはそのまま立ち上がると神官たちを睨んだ。途端に協会中は叫び声に包まれた。何故ならば『勇者』の加護を持った人間が『魔王』の加護を持った人間に倒されたのだ。さらに、人間は魔物から酷い扱いを受けてきた。魔王に殺されると我先に逃げ始めたのだ。それはまさに地獄絵図である。パニック映画さながらの光景にレオンは舌打ちをして、窓から外に飛び出したのだ。
行先はもちろん魔界である。神界や人間界にいたら誰かを怖がらせてしまうからである。
こうして、レオンは魔王となった。そして、平穏な暮らしとは正反対の騒動に包まれた暮らしが始まるのだ。
一方、魔界では『魔王』候補の一人であるゼインがウンザリした表情で部下二人の喧嘩を眺めていた。ゼインは人間でありながら魔の血をその身に宿し、神に無理やり魔界に連れてこられたのだ。魔の力があれば、魔物同士の争いを止められ、世界をより良くできると信じていた。それなのに。
彼は今、魔王として魔界に君臨している。
ドゴォォォンッ
凄まじい音が響く中で、二人の男が取っ組みあっている。どちらも身長2メートルを超える大男である。彼らは今度は互いの角を鹿のように
突き立てて睨み合っている。その衝撃で魔王城の壁は壊れ、二人は中庭に放り出されてしまった。それでもなお、二人の喧嘩は続くのだ。城全体が揺れている中、ゼインは玉座から立ち上がると魔法で壁を直しながら呟いた。
「はぁ、退屈な書類仕事でもするか」
ゼインは魔界にある小さな国の国王である。『魔王選別』があったとしても、魔王の数は30を超える。そして、ゼインはその中でも最下位であった。だから、彼が世界を変えるなんてことはできず、国で起きたトラブルを解決したり、予算を決めたりするだけに留まった。
「はぁ、せめて10位以内に入れば世界をより良い方向に導けるのかなぁ」
ゼインはそう呟くと、執務室に行こうとした。だが、ふと気づいたのだ。先程まで発生していた揺れが納まったことを。
ゼインはため息をついて、中庭に声をかける。
「アックス、グレン!喧嘩が終わったなら仕事に……えっ!?」
ゼインは目を見開いた。なんとそこには頭を埋められていた二人の部下、アックスとグレンの姿があったからだ。二人はよく言えば武闘派で、悪く言えば筋肉のことしか考えていないバカだが、彼らはどちらも優れた戦士だった。二人のおかげでゼインの国が守られていると言っても過言では無い。そんな2人が地中に頭を埋められているのだ。ゼインは呟いた。
「て、敵襲!?」
その時、ガサガサと物音がした。ゼインは二人を倒した敵が近づいていることに恐れて退いた。そこにいたのはゼインと同じ背丈の男性だったのである。彼と目が合ったゼインは言った。
「誰なの?」
その質問にレオンは答えず、二人を指しながら聞いた。
「こいつらはあんたの部下か?」
「えっ、まあそうだけど」
「つまりお前が魔王だな」
レオンはゼインに近寄ると、彼の頭を鷲掴みにした。ゼインは抵抗しようとするが、何故か身体が動かなかったのだ。そして彼は言った。
「俺は魔王になったんだ。だから、あんたを亡き者にしてやるよ」
そう言って、彼は笑ったのである。その笑みは狂気に満ちていた。ヤケになっていたのである。ゼインはそんなレオンに慌てて言った。
「ま、待って!?魔王になったってどういうことなの?新しい国を作ったの?」
レオンはそれを聞いて不思議そうな顔をする。魔界に魔王が何人もいるとは思っていなかったのだ。レオンはゼインを離すと首を傾げた。
「魔王というのは一人しかいないんじゃないのか?」
ゼインは首を横に振る。
「魔王っていうのは30人くらいいるんだ。僕はその魔王の一人、ゼイン。よろしくね」
「そうなのか。俺はレオン。神から神託を受けて『魔王』の加護を貰った男だ」
ゼインはその言葉に驚いた。『魔王』という加護があることにも驚いたが、レオンが人間であったことに驚いたのだ。ゼインは恐る恐る聞いた。魔物は日に日に強くなっていくのだ。きっと自分が知らない何年もの前にこの怪物が生まれたのだろうとゼインは思ったのだ。
「魔界に来てどれくらい?」
「ん?半日」
「半日!?」
ゼインは大声で聞き返した。
「半日ってどういうこと!?レオン君は昨日まで人間界にいたの?」
「そうだが」
それがどうしたのだと言いたげな表情でレオンは言った。それに対してゼインは恐怖した。自分よりも強く、それなのに昨日まで人間で、神から『魔王』という加護を貰っている男に対してである。
「あ、あの……その……僕を殺してもいいことないよ?だって僕はただの国を治めるだけの魔王だから」
「そうか。だが、魔王には変わらないのだろ?」
レオンは殺気に満ちた目でゼインを睨んだ。ゼインは慌てて逃げようとしたが、レオンに捕まえられ、そしてそのままレオンは動かなくなった。ゼインは目を丸くして言った。
「どうしたの」
「は、腹減った」
レオンはそう言うと、ゼインを離してへなへなと座り込んでしまったのだ。ゼインはその状況に呆気にとられながらも考えた。もしかして彼は極度の空腹で倒れたのではないだろうかと。するとそこに二人の大男が現れたのである。アックスとグレンだ。二人は傷を負ってはいたが生きていたのだ。
「大丈夫!?」
ゼインが駆け寄るとアックスが言った。
「あぁ……なんとか」
「あの人間はどうした?」
グレンが聞くと、ゼインは言った。
「それがね」
ゼインは自分の下半身を覆いかぶさって倒れ込むレオンを見ていた。レオンは虫の息である。アックスはそれを見て、憤怒の表情で殴りかかろうとした。
「さっきはよくも!」
「ま、待って!!彼にも事情がありそうなんだ。なにか美味しい料理を作ってくれないかな?」
「なら俺が作ってやろう。アックスには料理なんて無理だろうからな」
グレンが言うとアックスは口を尖らせて言った。
「うるさい」
「は、筋肉バカめ」
グレンはそれを鼻で笑うと、アックスは拳を上げた。そしてまた二人は戦い始めたのだ。
「てめぇはいつもそうだ!できないことが多いのに俺に歯向かいやがって」
「あ?ならてめぇは10トントラックを持ち上げられんのかよ!」
「そういうことを言っているんじゃない!!いいから、早くどけ!!」
そんな2人の喧嘩を見ながら、ゼインはレオンを寝室に運ぼうと持ち上げたが、重くて持ち上がらない。そこでアックスに声をかけた。
「アックス、悪いけれど、レオンを運んで一緒に来てくれないかな?」
アックスはグレンと睨み合うのをやめて、ゼインに対して頷いた。
「お、おぉ。いいぜ」
アックスはレオンをまるで米俵のように、肩に担ぐ。ゼインは思わず苦笑したが、アックスと一緒に寝室に向かったのだ。その道中、ゼインはアックスに聞いた。
「彼、僕の部下にしてもいいかな」
アックスはレオンを担ぎながら、眉をひそめながらゼインを見た。彼はまだレオンに顔から上を地中深くに埋められたことを怒っているのだ。逆さまにされて埋められるなんて侮辱だ。
「あ?なんでだよ」
「だって彼、僕の部下になってくれそうだと思ってさ」
「はぁ?」
アックスは首を傾げた。そして寝室に辿りつくと、アックスがベッドにレオンを投げ捨てるのを見ながらゼインは言った。
「……で?彼のことなんだけど」
「ああ……まあ、いいんじゃねえか?でもよ、あいつここに来て日が浅いんだぞ。昨日まで人間だったんだし」
「うん。だから少し不安なんだよね。でも、僕の野望を聞いたら仲間になってくれたり……」
「そうじゃなくて、あいつは人間だった。つまり、俺らに憎しみを持ってやがる。もしまた裏切られたら傷つくのはてめぇだぞ」
アックスは心配そうにゼインを見る。そんな彼に、ゼインは言った。
「もしそうだったとしても……僕は彼をほっておくことはできない」
アックスはその言葉に何も言えなくなった。そして、ゼインは料理を作るために部屋を出たのである。
「うう……」
レオンが目を覚ますとそこはベッドに横たわっていた。誰かの家のようだ。痛む身体を動かしながら起き上がると周りを見渡した。机に椅子に棚。棚には『人間と魔物の共存計画』というフォルダーが何冊も並べられている。他には『魔物医学』や『魔界政治の全て』などといった本も置かれていた。おそらくゼインの部屋なのだろう。
「起きたか」
突然、背後から声がしたので、レオンは飛び上がった。振り返るとそこにはアックスがいたのだ。彼は筋骨隆々で、身長も2メートルを優に超えている。そんな大男がいきなり現れたら誰でも驚くだろう。
「な、なんだよお前!」
レオンが言うとアックスは言った。
「俺は魔王の配下だ」
「……そうかよ」
レオンはそう言うとベッドから降りようとした。だが、アックスは力づくでレオンを押さえつけた。
「は、離せよ!」
「さっきみてぇに俺をどかせてみろよ」
そう言ってアックスはさらに力を込めてレオンの腹部分に掌を押さえつけた。普通の人間であれば、200キロの体重が掛けられたら内臓が潰れるだろう。『魔王』の称号を持つレオンも思わずうめいた。
「うっ、うぁ」
「どうした?はやく」
「アックス!止めなさい!!」
ゼインが部屋に入ってきた。彼の後ろにはグレンもいる。アックスはそれを見て、慌ててレオンを離すと頭を掻いて舌打ちをした。
「お前はさっきの少年か?」
レオンが言うので、ゼインは頷く。そして、ゼインはレオンにスープを渡した。レオンは訝しげにスープを見る。
「毒でも入ってるんじゃないだろうな!」
「失礼な!!俺が作った極上のスープだぞ!まぁ、塩酸カリウムをちょっとだけいれたが」
「グレン!!」
ゼインがグレンに叫ぶと、彼は慌てふためいてそっぽを向いた。アックスがフォローを入れるように言う。
「ま、まぁ、飲んでみろよ」
レオンは警戒しながらもスープを一口飲んだ。すると、その味に驚いたのだ。それは今まで食べたどの食べ物よりも美味しかったのである。
「……美味いな」
レオンがそう言うとゼインは嬉しそうに笑った。グレンも胸を張っている。魔物にはこれくらい刺激的な方がちょうどいいのだ。レオンがスープを全てのみ終わったあと、ゼインは言ったのだ。
「君さえ良ければ僕の部下になってくれないか?」
その言葉にアックスとグレンがゼインの方を慌てて見た。ゼインはレオンの隣に座ると笑顔を向けた。その笑顔は安心させるためのものであるが、どこか悲しげであった。
「悪いけれど、君のことを調べさせてもらったよ。そして、気の毒だと思った。15歳までは少し能力が高い普通の青年だったのに、神様の加護でいきなり魔王になったんだもんね。そして、親友……幼なじみかな?に殺されかけもした。混乱して、暴れたくなるはずだ」
「お前……」
レオンは驚いた。ゼインはまるで自分以外の人間の気持ちを熟知しているように見えたのだ。そんな彼にレオンは言った。
「俺、魔物にはなりたくてさ」
「そうだよね。魔物にもなりたくなか……えっ!?」
「魔物は人間を救う唯一の手段だと思ってここに来た。魔物になったら、人間を守れるくらい強くなれるんだろ。だが、魔物になった数時間後には人間を殺したくて殺したくて仕方なくなった。そしてヤケになった。魔物、魔王なら殺してもいいと思ってお前に会った途端に抑えきれなくなったんだ」
ゼインがレオンの顔を覗き込むと、彼は泣いていたのだ、そして言った。それはまるで自分の罪を懺悔する罪人のようにも見えた。
「俺は本当は魔物になって世界を変えたかったんだ。争いも奴隷制度もない世界を作りたかっただけなんだ。世界を平和にしたかった」
ゼインはその言葉に頷いた。彼もレオンと全く同じ考えであったからだ。ゼインはレオンを見ながら静かに言った。
「だから……僕は君が羨ましかった。君ならその実力があるから。どんな荒波にも負けない力とその瞳。僕も君みたいな力が欲しかった」
レオンは涙を拭くと、ゼインの顔を見た。彼もまた泣きそうな顔をしていたのだ。そこで、アックスが笑いながら言った。
「実はこいつも世界を変えたいと言っているんだぜ?」
ゼインとレオンが彼を見ると、グレンが言った。
「ゼインは父親に憧れているんだ。まぁ、今は死んじまったけどな」
その一言でレオンはふと思い出したのである。
かつて魔界を統一した魔物の伝説が伝えられている。

その魔物は、当初、他の魔物や魔族よりも弱く、忌み嫌われていた。しかし、彼は人間に恋をした。その人間は彼の弱さを助け、愛を捧げた。彼も彼女のために戦った。次第にその力は強大になり、神にも匹敵するようになった。

やがて、彼は人間界と魔界を統一し、平和をもたらした。彼は魔王と呼ばれるようになった。しかし、平和は長くは続かなかった。人間が弱った魔物や魔族を襲うようになり、対魔界戦争が勃発したのだ。

魔王は争いを止めようとしたが、人間は神の加護を得て魔物をさらに脅かしてきた。魔王は人間を憎み、統一した魔界で戦闘部隊を利用して、人間を次々と殺害した。しかし、彼の暴虐は長くは続かなかった。彼は力を使い果たし、命を落としたのだ。

魔王には正統な後継者がいなかった。たとえいたとしても、人間の血が混じった魔物は王として認められず、拒絶される運命にあったからだ。

魔王の死後、魔界に残された魔物は暴虐の限りを尽くしていった。かつて平和な国という痕跡はどこにもなく、混沌とした魔界には魔王が早急に必要であった。そこで『魔王選別』が行われ、次期魔王後継者が選ばれるようになった。だが、魔物の力は凄まじいものが多く、甲乙つけられなかった。次第に魔王後継者が増えていった。また、魔物が人間を殺し始めたのは、魔王の意志を受け継いだからに他ならない。

「ゼインは父親をずっと慕っていた」
アックスが言う。

それを聞いたレオンは驚いた。彼はずっと魔物が悪いと思っていたが、人間が魔物を脅かしてきたという事実にだ。
そして、神は人間に強力な加護を渡し、魔物を倒せるほどの力を授けた。そして、同時に気に入らない人間を魔物へと次々に変貌させていったのだ。

「ま、待ってくれ!神の神託で魔物が生まれるんだろ?」
レオンの問いにグレンは答えた。

「確かに魔物は神によって選ばれる。だが、神はその選択に気まぐれで、選ばれた魔物が必ずしも人間に悪さを起こしたわけではない。そして、その神託が次の魔王の後継者を示すとは限らないんだ」

レオンはその言葉に納得したように頷いた。彼も誰かを殺したり、盗みを働くような悪さはしていない。ただ魔物になりたいと思っていたら、魔王になってしまったのだ。

「そもそも魔物も子孫を残すことができる。最初の魔王もその一人だったと言われている。しかし、魔物は忌み嫌われており、神の信託など貰えるはずない」

グレンの言葉にゼインは頷いた。

「父は神託を受けられなかった。それで、人間の母と結婚したんだ。そうすれば真の加護が得られると信じていた。神託があれば、永遠の平和を手に入れることを信じて」

だが、ゼインの父が望む結果にならなかった。神は神託を授けなかった。それどころか、魔物を脅かす人間に加護を与えたのだ。神と人間の行為に嫌気がさし、悪の道に落ちた。彼が望んだ世界とは、もはやかけ離れていたのだ。
「父は僕に魔王になれと言っていた。一番の魔王になればこの世界に平和を取り戻せかもしれない!でも、僕は弱いから」
「だから、俺がお前の部下になって世界を一緒に変えろってことか?」
レオンの言葉にゼインは頷いた。そして、アックスとグレンも頷く。
「僕は……君が本当にいい人かなんてわからない。でも、君なら信じられる気がするんだ」
レオンはゼインの言葉が嘘偽りないことを彼は感じ取ったのだ。ゼインは慌てて付け加えた。
「もし、部下が嫌なら、君が魔王になってもいい。ただ、僕の仲間を殺したりするのは困るけどね」
「お前は魔王になりたいんじゃないのか?」
「僕はそんな大それたことはできない。ただ、平和を願っているだけさ」
ゼインはそう言うと、レオンに向かって手を伸ばした。それは握手を求めているようだった。そして、レオンもその手を握る。
「じゃあ……」
ゼインが言おうとした瞬間である。外からサイレンのような音が聞こえたのだ。アックスはそれを聞くとすぐにベランダに出た。そこには無数とも思える魔物達の群れがいるではないか。皆、城を目がけて走ってくるのだ。
「なんだ?」
レオンが思わず言うと、グレンが言ったのである。
「他の魔王の軍が攻めてきた」
グレンは顔を青ざめながら頭を抱える。ゼインはグレンの身体をまるで人形のようにギュッと抱きしめた。グレンはそんなゼインの頭を撫でた後、ゼインを部屋に残しベランダに出た。
「まさか20位の魔王、ブレイクが来たのか」
グレンは震えながらアックスを見た。アックスは苦笑しながら言ったのである。
「いつもの侵攻とは比べ物にならん量だな」
ゼインとレオンもベランダに出ると、魔物の群れが城に攻めてくるのが見えた。それは凄まじい数であり、すでに城周りを囲まれていると言っても過言ではない。
だが、アックスは自身の胸を叩くとニヤリと笑う。
「久々に骨が折れそうだが、楽しい戦になれそうだぜ。なぁ、グレン」
その言葉に意を決したようにグレンも頷く。先程まで顔を青ざめていたとは思えないほど、不気味な笑みを浮かべていた。
「勝てばゼインの名声が上がるな」
「よっしゃ、行こうぜ!」
アックスはそう言うと、ベランダから飛び降りた。そして、魔物の群れに向かっていったのである。グレンもそれに続く。
ゼインとレオンはそんな二人を呆然と見ていたが、やがて我に返り、城の中に戻ったのであった。
アックスが先陣を切って魔物の群れに突撃する。彼は魔法で巨大な斧を取り出すと、振り回して魔物達を薙ぎ払った。彼の周りで次々と血飛沫が飛び散り、その血が彼の身体にかかる。だが、彼は気にすることなくむしろ笑みを浮かべていたのだ。
「おらぁ!!死にたくねぇなら逃げろや!!」
一方、グレンは広範囲魔法を詠唱していた。彼はあらゆる魔力を使い、魔物の群れを殲滅しようと企んでいたのだ。グレンは口を開いた。
「業火の炎よ、全てを燃やせ!『破滅の地獄』」
すると、空中から巨大な隕石が出現したかと思いきやその隕石が爆発する。そして、その衝撃によって、魔物達は吹き飛ばされていったのだ。
「おりゃああ!」
アックスは斧を振り回すと、そのまま一回転して魔物達を薙ぎ倒していく。彼の斧は風圧だけで他の魔物を吹き飛ばせるほとだ。斧に近づいただけで多くの魔物が真っ二つになっていく。だが、その巨大な斧を片手だけで掴む男がいた。アックスは一瞬驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「は、ようやくおでましか。魔王よ」
斧を受け止めていた男は巨大な剣を持っていた。そして、アックスを吹き飛ばすとそのまま突進した。彼の周りで魔物が次々と薙ぎ倒されていく。男の名はブレイクである。彼は全身鎧姿でどんな容姿をしているかわからない。
「所詮最下位。この程度か」
彼はそう言うと、更に多くの魔物達を斬り殺していった。その圧倒的な強さに他の魔物は逃げ惑い、やがて入口に辿り着いたのである。だが、アックスがそれを止めた。彼の横腹は抉られているのになおも笑みを浮かべていたのだ。
「行かせねぇよ」
「遥か遠くに飛ばしたつもりだったのだが」
アックスの言葉にブレイクはそう返した。アックスは鼻で笑う。
「てめぇが魔王だとしても、この俺を舐めるんじゃねぇよ。ひと薙ぎしたぐれぇで俺を止められるなんて思うな」
「それなら」
ブレイクはそう言うと剣を構えた。
「本気を出すか」
アックスも斧を再び構えた。そして、両者は同時に駆け出すと、そのまま激突したのである。その衝撃はすさまじく、城が揺れたほどだ。
「おらぁ!」
アックスは斧を振り回すとそれを振り下ろした。だが、ブレイクはその攻撃を軽々と受け止めると、剣を薙ぎ払ったのだ。アックスの腹から血飛沫が上がる。アックスは立ち上がろうとしたが、ブレイクが彼に近づく方が早かった。アックスはブレイクに顔を踏まれる。
「うぐ、ま、けるか」
「諦めろ」
「諦めるわけにゃぁいかねぇんだよ」
アックスはそう言うと、力尽くでブレイクの足を押しのけた。そして、飛び起きると再び斬りかかる。しかし、ブレイクの剣によって防がれてしまったのである。
「諦めの悪い男だ」
「へへ、俺はな……強いやつと戦うのが好きなんだよ」
アックスはニヤリと笑うと斧を振り回す。だが、その攻撃も全て受け止められた。それどころかブレイクの一撃がアックスに直撃したのだ。彼は吹き飛ばされると壁に激突するのだった。壁は崩れ落ち、アックスは下敷きになってしまった。そして、運が悪いことにそこにゼインが立っていたのだ。ゼインはブレイクに怯えるように体を震わせていた。
「た、助け」
ブレイクが剣を振り上げた時である。レオンは間に割って入ったのだ。彼は一瞬の隙をついて、ブレイクの剣を掴むとそのままへし折ったのである。ブレイクはその状況に驚愕しつつも、冷静に距離を取った。だが、それでも動揺したようであり、言葉を紡ぐことができなかったのである。しかし、すぐに冷静さを取り戻したようで言葉を続けた。
「私の戦いに割り込むとは」
「その戦いは不毛だ」
レオンはそう言うとゼインに手を差し伸べた。そして、立ち上がらせる。ゼインはレオンを抱きしめた。
「どうして」
「お前は俺を助けてくれたろ。なら礼として魔王になるくらいしてやるよ」
ゼインはその言葉に涙を浮かべていた。一方、ブレイクは腹を抱えて声を出して笑った。
「アハハ、貴様のような子供に何ができる」
「その子供にやられたやつは誰だっけ?」
レオンの言葉にブレイクは肩を震わせる。彼は怒りで我を忘れていたのだ。ブレイクはその名の通り壊してきた。相手の心を。常に何者にも負けず相手の闘争心や自尊心を砕いてきたのである。そんな彼は自分の武器を壊し無力にさせた子供がいるという事実が許せなかった。彼の怒りのボルテージは限界まで上がっていたのだ。そして、彼は拳を構えるとそのままレオンに殴りかかったのである。だが、その攻撃はレオンには届かなかったのだ。ゼインが咄嗟に魔法を使ったからである。それは防御魔法だったようで、ブレイクの拳を防ぐことができたのである。それは厚さ10センチの壁のようだった。だが、ブレイクは目にも見えない速さで何度も拳を入れた。しかもその拳の威力は増していくのだ。そして壁を壊し始めたのだ。ゼインは壁を修復していく。より強固にだ。それでもブレイクの攻撃は止まらなかった。
「え?」
レオンもその光景に驚いていたが、ゼインも同じであった。ブレイクの一撃を何度も受けながら、まだその壁は壊れない。ゼインは息を切らしているにも関わらず、次の魔法を発動しようと印を組む。それに気づいたブレイクは慌てて距離を取った。
「まさか……私が押し負けるとは」
「はぁはぁ……」
ゼインはその場に倒れ込んでしまったのだ。彼は魔力を使い果たしてしまったようだ。途端に壁は消えた。一方、ブレイクはまだ余裕がありそうだった。そして、彼は魔法で剣を作るとゼインに近づく。彼の首を切り落とそうと振り上げた。その時だ。
キィィインッ! 甲高い音が部屋に響いたのである。それはレオンの魔剣がブレイクの剣を受け止めた音であった。彼はそれを見るとニヤリと笑った。
「私の剣を受けるとはね」
「あんた、めっちゃ強いな」
「貴様もやるではないか」
ブレイクはそう言って距離を取ると再び剣を構えたのだ。一方、レオンも剣を構えた。ブレイクは叫ぶように言った。
「私は『魔王選別』内20位のブレイク!その命頂く!!」
「俺はレオンだ!お前らの上に統べる魔王となる男だ。悪いが、お前を倒させてもらうぜ!!」
そして、剣が交差した。レオンの剣とブレイクの剣が激しくぶつかり合ったのだ。それは凄まじい衝撃であり、部屋中に響いたのである。他の魔族達はその衝撃で吹き飛ばされていった。ゼインも吹き飛び壁に叩きつけられたのだが、グレンに受け止められたのであった。騒ぎを聞き付けて、ブレイクの部下を倒しながらゼインの元へと走ってきたのだ。彼はため息をつくと言ったのである。
「全く危なっかしい魔王様だ」
一方、レオンはブレイクと互角の戦いを繰り広げていた。二人の力は均衡しており一進一退を繰り返していたのだ。だが、それも長くは続かなかった。ブレイクの一撃がレオンの剣を弾き飛ばしたのである。そして、その隙を見逃さずに斬りかかったのだ。
「終わりだ!」
「まだだ!」
レオンはそう叫ぶとブレイクの剣を素手で受け止めたのだ。そして、そのまま彼の腕を掴むと背負い投げをしたのである。ブレイクは地面に叩きつけられた衝撃で一瞬動けなかったようだ。その隙にレオンは落ちていた剣を拾うと、それを彼に向けたのである。だが、ブレイクはすぐに立ち上がると飛び跳ねるように距離を取ったのだ。彼は少し驚いたようで目を丸くしながら言った。
「貴様……ただの子供ではないな?」
「俺は魔王だ。いずれ最強の魔王になる」
ブレイクはその言葉に高笑いした。レオンは急に笑い出したブレイクを警戒しながら剣を構えた。
「何がおかしい!」
「最強の魔王だと?本当の強さを見せてやろう!!」
ブレイクはそう言うと大きく息を吸い始めた。そして、一気に吐き出す。すると、彼の身にまとっていた鎧が弾け飛んだのだ。彼は魔力を放出したのだ。その魔力は凄まじいもので、城が震えたのである。レオンはその衝撃に耐えながらブレイクを見ていた。彼は息を吐き終わると口を開いたのだ。
「これが私の真の姿だ」
ブレイクの体は筋肉隆々となった。まるで鎧を着ているかのように肌は黒い毛に覆われて、身長も倍ほどに伸びていた。その姿はまさに鬼神のようである。そして、彼は剣を構えたのだ。その剣からは禍々しいオーラが出ていた。
グレンは慌ててゼインを自分の背に隠した。彼は長い間ゼインを守ってきたが、ブレイクが、他の魔王が魔力を全開したところを初めて見た。彼はブレイクの魔力を全身に受止めながら震えて言った。
「こ、これで20番目の魔王なんですか」
どうやっても勝てない。グレンは本能的にそう感じ、ゼインを防御魔法で創った黄色い膜の中に入れた。そして、鋼鉄の鎧を着た兵士の像をその周りに置いたのだ。それでも、彼を守れるかは分からなかった。一方、レオンは剣を構えている。あくまで最後まで戦うつもりらしい。それを見たブレイクは歯ぎしりした。
「私のこの姿を見てもまだ闘志に満ちた目をしているとは!!いいでしょう!!その闘志砕いて我が魔剣の餌にしてやりましょう!!」
ブレイクはそう言うと剣を地面に突き立てた。すると、剣は彼の手から離れると浮遊したのである。それはまるで生き物のように動いているようだった。そして、ブレイクは言ったのだ。
「さあ、私の魔剣の餌食となるのです!!」
その声に呼応するかのように、剣は空気中の魔力を吸い始めた。そして、剣の切っ先からどんどん魔力が込められていく。それはまるで嵐のようで、物凄い力だった。レオンはそれを感じ取るとその場から離れようとしたのだ。しかし、ブレイクは一瞬にして距離を詰めるとそのまま剣を振り下ろしたのである。
「滅べ!!」
だが、その攻撃は空振りに終わる。何故ならゼインが魔法を使ってレオンを別の場所に転移させたからだ。グレンはそれに気づいてゼインを見た。彼は口元に血を流しながら荒く息をしている。グレンは叫ぶように言った。
「ゼイン様!何をしているのですか!!」
「ごめんね。でも、レオンは希望なんだ。ここで彼を、希望を失う訳にはいかないんだよ」
ゼインはそう言うとそのまま意識を失ってしまった。グレンは慌てて彼をベッドに寝かせたのである。だが、ゼインの必死の魔法も虚しく無駄となってしまった。なんとブレイクは彼の居場所を微細な魔力だけで突き止めたのだ。彼は血眼になりながら言った。
「レオン、お前だけは私がこの手で殺してみせましょう」
一方、レオンは森の中にいた。彼は周囲を見回したがブレイクの姿はなかった。どうやら彼とは別の場所に転移したらしい。そう考えていると突如背後に気配を感じた。振り向くとそこにはブレイクが立っていたのだ。彼はニヤリと笑うと剣を構えたのだ。そして、一瞬にして距離を詰めてきたのである。咄嗟に攻撃を防ごうとしたが、遅かったようだ。彼の腹部から血が噴き出したのだ。
「貴様は俺の糧となるんだ」
ブレイクはそう言って、レオンに斬りかかった。レオンはそれを避けると距離を取ろうとしたが、ブレイクはそうさせなかった。彼は一瞬で距離を詰めると彼の横腹を蹴り飛ばしたのだ。その衝撃で木に激突してしまう。だが、それでも怯まなかった。反撃しようと剣を振り上げたが、それを簡単に受け止められてしまったのだ。そしてそのまま力任せに投げ飛ばされたのである。
「ぐあっ!」
レオンは地面に叩きつけられ動けなくなった。そんな彼を見てブレイクは言ったのである。
「ふん!これでおしまいか?」
その言葉にレオンは再び立ち上がったのだ。
「まだ終わらない!!」
レオンはブレイクを見た。さすがは魔王だ。隙がなく、またその力も速さも人間の遥か上に行く。返り血ひとつついていない体にレオンは死の恐怖を感じたが、自身を奮い立たせた。
「悪いが、命の恩人への借りは返さなきゃならねぇからな」
レオンはそう言うと剣を構えた。だが、そんなちっぽけな勇気などブレイクには通用しなかった。彼は鼻で笑うと剣を振り回したのである。そして、その刃先から魔力の斬撃を飛ばした。それは地面を抉りながら突き進むような恐ろしいものだった。
「お前なんてそのまま死ねばいい!」
「死ぬかよ!!」
レオンはその攻撃をギリギリで避けると一気にブレイクに迫ったのだ。そして、その首に向かって剣を振り下ろしたのだが、それはあっさりと受け止められてしまう。しかし、それでも諦めずに何度も剣を奮った。
「しつこいぞ、小僧!!!」
ブレイクはそう言って剣を振り回す。その攻撃は凄まじく、レオンの体を何度も斬りつけた。その度に血飛沫が上がるが彼は怯まなかった。それどころか、さらに激しく攻撃してくるのだ。
「しぶとい奴だ」
ブレイクはそう呟くと剣を横薙ぎに振るったのである。それを間一髪で避けると、今度は蹴りを入れてきた。それは鳩尾に入り、レオンはその場にうずくまるしか無かったのだ。もうダメだと思った瞬間である。
レオンの身体全体が熱くなってきたのだ。『魔王』の加護による効果が発動したのだ。それは1分間、目の前の魔物か魔族の魔力を半分、相手から吸収できるというもの。その効果は絶大で、ブレイクの魔力が半分以下になったのである。
「何!?」
ブレイクは驚きの声を上げた。一方、レオンは自分の魔力が上がったことに気づくとブレイクを睨んだ。
「これならいける!」
その言葉にブレイクはレオンを見ると鼻で笑った。そして、彼は残りの魔力全てを使用して体を膨れ上がらせたのだ。
「どんな魔法を使ったか分からないが、私の魔力は半分残っているぞ!貴様を壊すのは残りの魔力だけで十分だ!!」
「ブレイク!!悪いが俺はお前を倒す!この魔王の効果十分に試させてもらうぜ!!」
レオンはそう言うと再び剣を構えた。そして、ブレイクに斬りかかるが簡単に受け止められてしまう。だが、まだ終わりではなかった。今度は魔法を使って攻撃をしたのだった。それは火属性の魔法で、巨大な炎の塊を打ち出したのである。その威力は凄まじく、辺り一面を燃やし尽くしたのだ!しかし、それでもブレイクには効かなかったようだ。彼は余裕そうに笑っていたのである。それを見たレオンは再び攻撃を仕掛けた。
「無駄だ!」
ブレイクはそう言って剣を振り下ろしてきたのだ。それを何とか受け止めると反撃に出た。ブレイクはそれを腕で受け止めた。悔しそうに顔を歪めるレオンにニヤリと笑ったその時だ。
突然ブレイクに激しい傷みが襲いかかったのだ。
「なっ、なんだ!?何が起きている」
それは魔力切れの合図であった。ブレイクの体から魔力が無くなり、いつもの状態に戻ってしまったのだ。ブレイクはその激しい痛みに思わず膝を着く。それを見たレオンはチャンスだと思ったのか再び攻撃を仕掛けた。
だが、レオンの攻撃はかろうじて残っていたブレイクの防御魔法によって止められたのだ。防御魔法はブレイクが魔王になってから今までで初めて使われた。その現状が示す意味をブレイクは歯ぎしりしながら思い知るのだ。
「お前の力は本物のようだな。だが、レオン。その変な力を借りようともお前は世界最強の魔王にはなれん。現世界最強のゼウスを倒さん限りな。では、さらばだ」
そう言って、ブレイクは煙のように消えた。レオンは拳を握り締めると無言で立ち尽くした。
「俺の平穏はどこに行ったんだ。俺の平穏を返せ」
そう呟くと彼はその場から立ち去ったのである。その目には諦めの心が見えたのだ。
一方、その頃ゼインが意識を取り戻したようだ。彼はベッドから起き上がると不思議そうに自分の体を見つめた。どう見ても昨日までとは違う事に気づき首を傾げるのであった。ゼインの身体は15歳の成人した身体から子供程の小ささに変わっていたのである。それは魔力の使いすぎによるものであった。
そして、彼はある人物のことを思い出したのだ。それは彼の命の恩人であるレオンの事だった。
「そうだ!レオンは!?」
そう言って慌てて部屋を出た。
一方、中庭ではアックスは瓦礫から這い上がると、ブレイクの姿を探した。だが、どこにもいない。ただ敵兵があちらこちらで倒れているだけだ。彼は舌打ちをしたのであった。
「ちっ、体が痛てぇ。ブレイクの野郎はどこに行きやがった」
「アックス、目が覚めたのか」
その声にジロリと睨みつけたアックス。そこにいたのは魔法で瓦礫や倒れた敵兵を片付けているグレンであった。
「グレン、何があった」
「……ブレイクが魔力を全開にした」
「なっ、なんだと!?大丈夫なのか!?」
アックスは焦ってそう聞いた。グレンは静かに首を横に振ると悲しげに答えたのである。
「……ゼイン様とレオンが命をかけて助けてくれた」
「そうか……あの魔王がな……」
アックスはそう言って空を見た。そこには雲ひとつない青空が広がっているだけだったのだ。彼は小さくため息をつくと呟いた。
「俺もまだまだだな。強くならなきゃならん」
それはまるで誰かに語りかけるかのようにも聞こえたのだった。そして、アックスはレオンを探すためその場を後にしたのであった。その後ろ姿を見送りながら、グレンは再び片付け始めた。だが、瓦礫が手から滑り落ちた。
「アックスや俺でも敵わない相手……魔王は総勢29人……化け物だな」
グレンはそう言って溜息をついた。その顔には恐怖の感情が見え隠れしていたのだった。そして、彼は片付けを終わらせると、城の中へと入っていったのである。その足取りは重かったが、それでも前に進むしかないと覚悟を決めたのであった。
一方、アックスはレオンを探していた。だが、見つからないのだ。彼は苛立った様子で舌打ちをした。するとそこにゼインが現れたのである。
「アックス」
「……ゼインか」
アックスは少し驚いたように彼を見た。それは彼が幼児のような姿をしているからだ。アックスは頭を掻きながら言った。
「ゼイン、小さくなったな。前よりもガキみてぇだ」
ゼインはそれに苦笑するとアックスに言った。
「どうやら今回の戦いで僕が想定していたよりも魔力を消費してしまってね。目が覚めたらこの姿ってわけさ」
「そうか。悪ぃな、お前を助けられなくて」
「ううん、君はよく……」
「ゼイン、アックス」
二人の言葉を遮るかのようにレオンが現れたのである。彼は真剣な表情で二人に言った。
「ブレイクを逃がしてしまった。すまない」
「え、ブレイクを逃がしたって!?彼はここに来たってこと?」
ゼインは驚いて聞いた。アックスも驚いたようにレオンを見ている。その反応に戸惑うレオンだったが、二人に事情を説明したのであった。
「そうか……それで助かったんだね」
そう言って安堵するゼインとは対照的に、アックスは怒りを感じている様子だった。無理もないだろう。素の状態でブレイクに簡単に倒された彼からすれば、ブレイクと互角に戦ったレオンを前に敗者のような気分になったのだ。彼は常に強者に勝ちたかった。それでも、アックスはその気持ちを抑えて冷静に話を聞いていたのだ。そしてレオンに対して言ったのである。
「ありがとう。俺の代わりにゼインを守ってくれて」
「別に……お前のためじゃない。俺はゼインの為にやったんだ。それに借りがあったから返しただけだ」
「そうかい、まぁ礼は言っておくぜ。感謝するよ。お前がいなかったらゼインを守れなかったからな」
その言葉にレオンはフンと鼻を鳴らしたのであった。アックスはそれを気にすることなく続けたのである。それはこれからの話だった。
「で、お前はどうするんだ?」
「俺は故郷に帰るつもりだ」
それを聞いた二人は驚いたような顔をした。アックスはレオンに言う。
「お前、自分が魔王であることを忘れたのか?人間共の世界に戻っても嫌われるだけだ」
「だが、俺は平穏を望んでいる。それに家族にも会いたいからな」
レオンの言葉にゼインが嬉しそうに笑う。魔物の身体になっても人間に向けての殺意はなく、むしろ大切な誰かを思うことができるようになっていたからだ。その笑顔に見惚れているアックスを見て、レオンはニヤリと笑ったのであった。そんなレオンに対してゼインは言ったのだ。
「ねぇ、君の力のことを詳しく教えて欲しいんだ」
その言葉にアックスとレオンは同時にゼインを見たのである。
「それは何故だ?」
アックスの問いに彼は答えた。その目には好奇心の光が宿っているように見えるのであった。そして彼は言う。
「あのブレイクを追い詰めたんでしょ?だとしたらすごい力を秘めているんだよ。君やグレン、僕以上の能力を持っているってことだよ!是非話を聞いてみたいな」
その言葉を聞いたアックスは渋るような表情を見せた。レオンの力をゼインに知られるということは、レオンに協力を要請するということだからだ。彼は信頼出来る魔物や魔族だけをゼインの近くに置きたかった。そのため、彼はレオンに助けを求めたくなかったのだ。だが、他でもないゼインの頼みである以上断ることもできそうにないようだ。結局アックスは頷いたのである。彼は大きく息を吐くとレオンに言ったのだ。
「レオン、お前のことを教えてやれ」
その言葉にレオンは頷いたのである。そして、自分の能力について語り始めたのだった。と言っても、レオンも彼の能力についてはあまり知らないのだが。
数分後、ゼインは興奮していた。
「凄い!!相手の魔力を吸い込んで自分の力にするの!?しかも、どんな相手でも半分は吸い込んじゃうんでしょ!!すごーい!!」
ゼインは目を輝かせながらそう叫んでいた。その声はどこか嬉しそうだ。まるで目の前に最新ゲーム機が置かれた時の子供のようだ。そんな彼の様子にレオンは苦笑しながらも自身の魔力を確認したのだ。確かに自分の魔力が回復していた。それは今までにない経験であった。
「なるほどな……俺の魔力の上限は無限に近いわけか」
その呟きを聞いたゼインはさらに興奮したように飛び跳ねたのだ。そして、アックスに向かって言ったのである。
「ねっ、アックス!凄いよね!!これで魔王軍にも勝てるんじゃない!?あのゼウスにだって勝てちゃうよ!世界平和も夢じゃない」
その言葉にアックスは苦虫を噛み潰したような顔をした。そして、八つ当たりをするかのように木に拳を叩き込んだのだ。その威力によって木はメキメキと音を立てて倒れたのであった。それを見たゼインが冷や汗を流しながら恐る恐るアックスに聞いたのである。
「えっと……どうしたの?突然……」
「気分が悪い。俺は先に行く」
そう言って、アックスは踵を返して城の中へと入って行った。その後ろ姿を見送るゼインとレオンだが、彼が苛立っていることには気づいていたようだ。
「どうかしたのかな……」
ゼインは不思議そうに首を傾げるが、すぐに笑顔を浮かべるとアックスの後を追ったのである。そしてレオンも二人について行くのだった。アックスは気に入らなかったのである。突然現れたつい数日前まで人間だったレオンの魔力が何十年も修行して身体を鍛えてきたアックスの魔力よりの何倍もあることに。そして、ゼインの救世主となる彼が気に食わなかった。ゼインの夢はアックス自らが叶えたいと思っていたからだ。
「気に入らねぇ」
アックスはそう言うと城の扉を素手て破壊し、城の中に入っていく。あの戦の名残がまだ残っており、アックスの怒りは募るばかりだ。その時、部屋一面に美味しい香りが漂ってきた。アックスは香りに連れられてキッチンに行くのである。
「あれとこれとそれとどれと、あ、あの料理も作りましょう!あとデザート」
グレンが慌てながら料理を作っていた。しかもかなりの量である。彼は恐怖心に煽られて、料理を作り続けていたのだ。だが、そのおかげで彼は落ち着きを取り戻したようだ。そしてアックスの存在に気がつくと、慌てて謝罪をした。
「あっ!アックスさん、すみません!!すぐ用意しますから!」
そう言って再び手を動かし始めるのであった。
グレンは寝不足だったり、怒ったり、不機嫌だったりすると誰彼構わず喧嘩を売るジャックナイフのような性格になるが、普段は大人しい性格なのである。彼はすぐにまた料理を作り始めたが、アックスは慌てて止めた。
「まて、そんなにいらねえから」
「は、申し訳ございません」
グレンはすぐさま謝ると、恥ずかしそうに目を伏せた。そんな彼にアックスは言った。
「お前が何を考えてこんなことをしているのかは知らねぇが……料理の食べすぎでゼインが腹壊すぞ」
その言葉にグレンの顔色が変わった。そして、彼は慌てて言ったのだ。
「そ、それは大変です!!すぐに止めないと!!」
そう言って駆け出そうとした瞬間だった。アックスは彼を止めたのだ。
「まぁ待てって!」
「ご、ごめんなさい。私、私」
「落ち着け。こんなんじゃ俺が悪者みたいだろ?」
その言葉にグレンは頭を下げた。そしてアックスはゆっくりと話し始めるのである。
「今日はとんでもねぇ日だ」
「え……?」
「まさか、あのブレイクの軍があそこまでの力量だと思わなかったぜ……」
それは無意識に出た言葉だった。しかし、彼の言葉を聞いた瞬間、グレンの顔色が変わったのだ。彼は真剣な目でアックスを見たのである。その目には怒りが宿っているように見えた。だが、すぐに笑顔になるとアックスに言った。
「しかし、レオンさんが助けてくれました」
「あ?俺とお前が束になっても勝てねぇ相手をレオンが倒せたのがそんなに嬉しいのかよ」
「はい!!アックスさんとレオンさんが一緒に戦ってくれてすごく心強かったです!」
その言葉にアックスは驚いた。まさか、そんな言葉をグレンから聞くことになるとは思わなかったからだ。そして、彼は言ったのである。
「俺はただ、ゼインのために戦っただけだ」
そう言ってそっぽを向くのであった。そんな彼にグレンは言ったのだ。
「それでも嬉しいです!ありがとうございます!!」
彼は満面の笑みを浮かべたのだった。それはまるで花が咲いたような笑顔だった。その笑顔を見て、アックスはため息をつく。
「本当に調子狂うな。てめぇはちょうどいい性格というのはねぇのかよ」
「え?」
「なんでもねえ」
アックスはそう言うとグレンに背を向け、どこかに行ってしまった。グレンはただそれを不思議そうに見ているだけなのであった。
そして夕食時、グレンの作った山のようなご馳走が置かれたテーブルにレオン、グレン、アックス、そしてゼインが囲うように座っている。ゼインは笑顔で言った。
「今日はブレイクを追い払うことができたお祝いだよ!いっぱい食べてね!オカワリもあると思うよ。ね、ゼイン」
「はい、仰せのままに」
レオンはそう言った。そして、一口食べると彼は驚いた顔をしたのだ。それは今までに味わったことのない美味しさだったのだ。あのエドガーの作った料理よりも美味しかった。まるで高級レストランの味わいにレオンは思わずほっぺが落ちそうになる。そんなレオンの様子にゼインはとても嬉しそうに笑って言ったのである。
「やっぱりおいしいよね!僕、グレンの料理大好きなんだー」
その言葉にグレンは照れ臭そうに微笑んだ。そして、彼も料理を味わいながら言う。
「うん、私も料理を作るのが大好きですから……その……ありがとうございます!」
そんな二人の様子をアックスは不機嫌そうに見ていたのだった。だが、すぐに料理を口に運んだ。
それからしばらくして、レオンが人間界に戻る話題になった。だが、それをグレンがさも当たり前のようにこう言ったのだ。
「できませんよ」
「え?」
ゼインは首を傾げながらグレンを見る。グレンはもう一度言った。
「ですから、魔王が人間の住処に行くことはできません。禁じられているのです」
その言葉にゼインは驚いて声をあげる。
「な、なんで!?」
「数年前から神がそう宣言しました。そして、無理やり魔王が入ろうとしても、強力な結界が魔王を拒み、その結界に触れた者は命を落とすと」
「そ、そんな……」
ゼインは絶望の表情を浮かべて言ったのだ。
「人間界に行けるようにできないの?レオンが可哀想だよ」
「無理ですね。ただ人間界と行き来できる訪問カードがあれば別ですが」
「訪問カード、どうやって手に入るの!?」
「それもわかりません。私も人間について詳しい知識がありませんので」
グレンの返答にゼインは黙り込んでしまったのである。彼はもう諦めていた。だが、すぐに気を取り直してレオンに言った。
「レオン、君さえ良かったらいくらでもここで生活してよ。その代わりと言ってはなんだけど、僕の仲間になって」
その言葉にレオンは悩んだ。正直、人間界に戻るよりもこの城で暮らす方が何百倍も幸せであると感じたからだ。しかし、それではアックスとグレンに迷惑がかかるかもしれないとも思ったのだ。悩む彼にゼインは言ったのである。
「僕は君が気に入ったんだ!君となら一緒に世界を変えられそうな気がするんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、レオンの心は決まったのであった。彼は静かに微笑みながら言ったのだ。
「喜んで」
こうしてレオンはゼイン達と生活することになったのである。しかし、その出会いが神にどのような影響を与えるかはまだ誰も知らない。

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