死ぬまでにやってみたいけど、障害的にどうかな?と思っていたらできました(カヌーに乗って水没林を見ること)
6月になってしまったけど、5月の出来事でどうしてもnoteに書いておきたいことがあった。
白川湖の水没林は、以前にこのnoteで見かけて、なんてきれいなところだぁ、と、憧れていた。もし、こんな素敵な湖の上に浮かべるなら、それは夢のようだ。

いやいや、陸から眺めるだけでいい。
白川ダム湖岸公園か。
うちからは2時間くらいだ。それなら日帰りでも行ける、と思っていたが、3月に妹が、宿とカヌー予約しといて、と言うワケだ。
「オイラもカヌーに乗れるかな」
「ダイジョブなんじゃない?」って妹、テキトーなことを言うので、白川湖のカヌーをやってるところへ電話で聞いてみた。
「ちょっと体が悪いんですけど・・・」、と切り出して、障害の状態と、できることできないことを説明する。
例えば・・・、
できないこと:カヌーへ移動してイスへ座ること、カヌーから立ち上がって岸へ上がること、パドルを持って漕ぐこと。
できること:座位を保つこと。
すると、「大丈夫でしょう、お手伝いしますので」とのお言葉。

こういうことはもっと先の話だと思っていた。
いつか行けるといいな。そんなふうに。
でも「いつか」だとそれは永遠に「いつか」のままなので、具体的に「何年の何月何日」と決めないと行けないままなのだ。
お手伝いしてもらえるなら「今」が「その時」かもしれず、ポチッと勢い予約してみた。
* 2ヶ月経過 *
私は旅行は好きなのに、いざ近づいてくると心配事が多くて、直前や当日気持ち悪くなってしまうことが多い。例えばカヌーの上でお腹がピーピーになったらどうしよう、とか、転んでまた骨折しないかな、とか、雨でもカヌーやるんだって天気がひどかったらどうしよう、とか。心配の種は永遠に尽きない。
この日も、乗船が近づくにつれ(揺れるカヌーに、とても乗り移れるとは思えない…)、と、後ろ向きな思いが強くなって、心臓がドキドキして、あ〜どうしよ乗り移れなかったらどうしよう、と怖気付いていた。
だったらやめておけば良いのに、やっぱりやってみたいヒト。

一般の参加者たちは、出発前に簡単な講習を受ける。落水した場合の対応。前進、後退、右旋回、左旋回のパドルの動かし方。携行品の注意事項等々。
そして次々にカヌーに乗り移っていく。
私たちは一番最後の順番だ。

パドルは、実はあれを持ってみたいなぁとちょっと思ったが、私の手の状態を一目見て、「パドルはやめておきましょう、持っていかない方がいいと思います」と。さすが看護師出身のインストラクターさん、判断が早い。
それで妹が一人で漕ぐことになった。
(後日、「手首って筋肉あるんだね(あるだろそりゃ)、筋肉痛になったよ」だそうです)
カヌーの座るところは高さが15センチくらいだろうか。この高さは自力では座れないし立ち上がれない。そもそも水の上で揺れている幅の狭いところへ、またいで移動できるとは思えない。
インストラクターさんは介助の心得があるのだろうか、いとも簡単に私をカヌーに移乗させてくれた。力持ちだ。もう一人のインストラクターさんがカヌーを支えて安定させてくれていたんだと思う。
旅での心配事は、大概「案ずるより産むが易し」なのだ。
*
湖の上に全員が揃うと、その場所で練習。前進したり、旋回してみたり。参加者全員がワクワクして、はやる心を抑えきれないような雰囲気。
そしていよいよ、インストラクターさんの先導で、水没林の中へ出発していく。
雷の予報があったけれど、午前中は素晴らしいお天気に恵まれた。直前だと予約が取れないかもと3月に予約したので、天候は一番の心配事だった。

漕がないので写真の係。妹ひたすら二人分を漕ぐ
私は赤ちゃんの頃、船に乗せられて田んぼに浮かんでいた。その頃はまだ実家で田んぼをやっていたから、母は苗を乗せる小舟に赤ん坊を乗せて、祖父母とともに田植えしたんだそうな。
その記憶はないのだが、船に乗って水の上に浮かぶのに憧れたり好きだったりするのは、赤ちゃんの頃の体験に由来するのかな。

体が何でもなかったらもっとたくさん、川や湖に船で浮かんでいたと思う。
体が悪くてもあきらめられなくて、若い頃は健常者のサポートを受けて釧路川や天塩川でカヌーに乗った。20代の時は障害者の交換プログラムでオレゴンに行ってリバーラフティングもやらせてもらった。
若い時だからまだ踏ん張りが効いたけど、まさか50を過ぎてやれるとは思わなかった。波のない穏やかな湖面だからかできたのかも。

集合から解散まで約2時間弱、くらいだろうか。
障害的に一番大変だったのは、戻ってきてカヌーから立ち上がらせてもらって岸に移る過程。
介助者が、力が入っていない人間の体を下から上に持ち上げ、障害者の体の安定を図る。障害当事者は介助者に合わせて体の安定ポイントを探り、そこを頼りに体重を足に移していく。車イスに移乗させるのでなく立たせる、というこの一連の動作は、やったことがない介助者にはなかなか難しいと思う。
本当は後ろから体を支えてもらった方が安定するのだが、カヌーという狭い場所では後ろに健常者が入る余地がなく、心得のある妹や、別のインストラクターさんが手伝えるスペースもない。そのため一人の健常者に私の全体重がかかって不安定さが続き、立てるまでかなりの時間を要した。一瞬インストラクターさんとコンクリートの岸に倒れ込むのではないかと思うほど、安定が悪かったが、私の体を支え続けてくれた。

天気も最高、風も気持ちいい。
葉っぱの擦れ合う音や鳥の声が聞こえる。時にチャプンという水音。
雪解け水の上に浮かび、木漏れ日の中、木々の間をゆっくりと進んでゆく。
無粋な話だが料金は一人9800円。予約した時は少し高いかな、とも思ったけれど、やってみたらそれ以上の価値があった。
これにて、死ぬまでにやりたいことのひとつをクリア。
ちなみに敷地内にはバリアフリートイレがあったので、カヌーまではいいかな、という車イスユーザーさんも白川ダム湖岸公園の散策は可能だ。
水没林が見られるのは春の数ヶ月だけ。駐車場もありシーズン中(駐車料金一律千円)なら公園から水没林も見られる。
*
加齢とともに、帰ってくると疲れてぐったりしてしまうけれど、出ていかないと体験できないことは山ほどある。
どこにも出かけたくない、家でじっとしていたい。そう思う時がいつか必ずくる。あるいは出かけたくても出かけられなくなる時が。
それは案外にそう遠くないのかもしれないし、もっと早くに予期せぬ死がやってくるかもしれない。
だから、行きたいと思えるうちは、準備のめんどくささやゲロ吐くほどの心配や、疲れや、経済面の不安を差し置いても、計画して行ってこようと思っている。

テツも言ってる(気がする)。
オラのことに時間を使うのは終わったんだよ。これからは自分のために時間を使ってね。
使ってるよ、テツ。
あれからね、美術館に行ったり博物館に行ったり、旅行したり、たくさん、犬が入ってはいけないところに行ったんだよ。悔しいことに、那珂川河川公園は犬が入ってもよくなったんだ、一緒に行きたかったね。春にキンちゃんと行ってきたよ。
空から、見ていたかい?
ちゃんと自分の時間を使っているから、安心してね。
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最後まで読んでくださってどうもありがとうございました!