『伊豆の踊子』 川端康成
ニ十歳の私は、孤児根性の息苦しい憂鬱に堪えきれず、一人伊豆の旅に出かけた。そこで、踊子たちと出会う。わずか数日間の交流が私の心の鬱積をすっかり洗い流してくれた。
1.私が今(2025年12月)この本を読んだわけ
2021年に読みました。日本で最も有名な作家の一人であるにも関わらず、それまで読み通した作品はありませんでした。
投稿時点は少し時が経っているため、再読して書いています。
2.作品の位置づけ
川端康成について
川端康成は、「新感覚派」の作家といわれています。横光利一と川端がその代表です。川端は生涯を通じて切れ目なく小説を書き続けています。
本作品の位置づけ
『伊豆の踊子』は1926年に発表されました。かなり初期の頃の作品です。実際、川端は大学時代に伊豆に旅をしており、そのときのことを、ありのままに書いたようです。
知名度
言うまでもなく抜群に高いです。
3.作品紹介
本の長さ:短編小説(35ページ)
入手可能性:文庫・電子書籍共に容易
作品難易度:短編であり手軽に読める
その他:口語体
冒頭
道がつづら折りになって、いよいよ天城峠 に近づいたと思う頃、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。
言葉にするのは野暮なくらいですが、これほど鮮やかに、視覚と聴覚を働かせることができる文章を私は他に知りません。
引用
「いい人ね」
「それはそう、いい人らしい」
「ほんとにいい人ね。いい人はいいね」
踊子たちの会話です。これに続き、この小説の骨格を示す重要な伏線が明かされます。
4.読書中に起きたこと/読後に残ったもの
改めて読んでみて、物語の細部から大正時代の人々が大切にしてきたものや、今では考えにくい差別的な考えも知ることができました。
例えば、茶店の婆さんが、私の支払いが多すぎて、「もったいのうございます・・・今度お通りの時にお礼をいたします。・・・」といいながらカバンを抱えてずーっと付いてきます。私は、志賀直哉の『小僧の神様』で鮨屋の主(あるじ)が、小僧に向かって「また来てくれないと、こっちが困るんだからネ」というセリフと似ているなと思いました。
宿のおかみさんが旅芸人にご飯を出すのはもったいないと言って忠告したり、湧き水を発見した際、女の後は汚いだろうといって、私が来るのを待っていたりします。
最後に、土方ふうの男が登場し、意外な挿話が用意されています。ここがとても印象的で、初読の記憶に残っていました。「いい旅だった」という気分だけで終わらせない、確かな足跡のような何かを、作者は残したかったのでしょうか。読み終えて、私はそんなことを考えました。
未読の方に配慮した形で、感じたことを共有していただけたらうれしいです。
