公開気象・海象・地形データによる日本海沿岸冬季のがいし急速汚損危険時間抽出
要旨
本稿では,新潟県村上市沿岸の勝木周辺を対象に,公開気象・海象・地形データだけから,冬季のがいし急速汚損が生じやすい時間帯をどこまで抽出できるかを検討した.現地の ESDD,NSDD,漏れ電流,洗浄履歴は用いていないため,本稿で扱うのはがいし汚損度そのものではなく,公開データから構成した 1時間飛来塩分外力指数と,その短時間積算によって表した急速汚損が生じやすい時間帯である.
主検証対象は,鉄道総研が公開している 2023/01/25 の冬季急速汚損事例とした.その結果,10分値の最大瞬間風速ピークと 1時間飛来塩分外力指数のピークは 30 分差に収まり,基準点の位置を半径 250 m,500 m,1000 m で動かしても,また気象代表点と波浪代表点を切り替えても,この日が高順位に残ることを確認した.一方で,本稿から主張できるのは急速汚損が生じやすい時間帯の抽出までであり,ESDD の絶対値推定,洗浄時期判定,フラッシオーバ危険度の直接評価までは対象としない.
1. 背景と目的
沿岸設備のがいし汚損は,絶縁性能低下と保守計画に直結する重要課題である.近年も,気象パラメータに基づく動的汚損予測モデル[1],鉄道用がいしの自然汚損蓄積特性解析[2],漏れ電流と気象量を用いた常時監視[3],画像に基づく表面状態分類[4] など,推定・監視・診断の各方向で研究が続いている.一方,日本の実務文脈では,鉄道総研がすでに,公開気象・地形データを用いたがいし汚損度推定と実測比較を示しており[5][6],公開データ活用そのものは既往研究のある領域に入っている.したがって,現地観測を持たない今回の Phase 1 で汚損度を推定したと主張するのは適切ではない.
本稿の目的は,公開データだけでどこまで急速汚損の外力を絞り込めるかを,村上市沿岸の冬季事例に限定して示すことにある.具体的には,次の 3 点を確認対象とした.
2023/01/25 の公開事例に対して,短時間外力指標が時刻的に整合するか
provisional な基準点の置き方を変えても,主結果が保たれるか
気象代表点・波浪代表点を切り替えても,主結果が保たれるか
以上により,公開データのみで記述できる範囲を明確にしたうえで,村上市沿岸の冬季事例に対する Phase 1 の位置づけを整理することを本稿の基本方針とした.
2. 対象地点・使用データ・指標
2.1 対象地点
対象は,新潟県村上市沿岸の勝木周辺である.ただし,ここで用いた地点は設備の厳密位置ではなく,公開データから定めた provisional な基準点であり,緯度経度は 38.489415,139.520723 とした.海岸線と DEM から得た主な地形条件は,離岸距離 589.79027 m,海側開放度 0.981379,地形遮蔽指数 0.544357,標高 14.02 m である.
2.2 使用データ
使用した公開データは,次の 4 系統である.
気象庁の過去の気象データ・ダウンロードと過去の気象データ検索による時間値・10 分値[7][8]
国土交通省港湾局の NOWPHAS と,新潟港湾空港技術調査事務所の海象データベースによる波浪データ[9][10]
国土数値情報 海岸線データ[11]
国土地理院 基盤地図情報 数値標高モデル 5m メッシュ[12]
このうち,10 分値は全期間一括取得ではなく,公開事例窓の確認に必要な期間だけを参照した.地形特徴量は,国土地理院の数値標高モデル DEM5A,DEM5C と海岸線データを加工して算出した.
2.3 指標の定義
本文では,内部変数と表示名称を次のように統一する.
deposition_potential は 1時間飛来塩分外力指数
deposition_6h_sum は 6時間飛来塩分外力積算指数
deposition_12h_sum は 12時間飛来塩分外力積算指数
contamination_state は 残留汚損蓄積指数
主指標は 1時間飛来塩分外力指数と 6時間飛来塩分外力積算指数とした.残留汚損蓄積指数は履歴を持つ補助指標として扱い,急速汚損の発生時刻を代表する主出力には置かない.
2.4 検証設計
主検証窓として,2023/01/23 を負例日,2023/01/25 を公開事例日,2023/01/27 を累積型指標の遅れ確認日に設定した.加えて,次の 2 種の頑健性確認を行った.
基準点の位置摂動:半径 250 m,500 m,1000 m の 21 地上点
観測代表点切替:気象代表点 3 点 × 波浪代表点 8 点の 24 組合せ
さらに,雪条件の直接確認と波浪代表点の北側代表性に関する補足確認として,地域雪文脈の補助観測点整理と,山形県沖を用いた補助確認を追加した.
3. 結果
3.1 公開事例との時刻整合
まず,鉄道総研が公開している 2023/01/25 の冬季急速汚損事例[6] に対して,短時間外力指標がどこまで時刻整合するかを確認した.主な数値は次のとおりである.
2023/01/23:総降水量 5.0 mm,平均海側風向一致度 0.069,1時間飛来塩分外力指数最大 4.420126
2023/01/25:10 分平均風速平均 9.834 m/s,最大瞬間風速 21.9 m/s,平均海側風向一致度 0.689,降水量 1.5 mm,実効雨洗量 0.3 mm,1時間飛来塩分外力指数最大 40.791617
2023/01/25:1時間飛来塩分外力指数の全期間順位は 5 位,6時間飛来塩分外力積算指数の全期間順位は 45 位
2023/01/27:残留汚損蓄積指数が遅れて高くなる一方,短時間外力指標は 2023/01/25 より明確に低下した


この結果から,公開データだけでも冬季急速汚損が生じやすい時間帯の候補はかなり絞り込めると判断できる.重要なのは,単なる強風日抽出ではなく,海側風,波浪,雨洗されにくさが重なる時間帯に短時間外力指標が立ち上がっている点である.
3.2 基準点位置に対する安定性
次に,勝木の基準点をどこに置くかで結論が変わらないかを確認した.沿岸部では,数百 m の位置差で海岸距離や地形遮蔽が変わりうるため,半径 250 m,500 m,1000 m の位置摂動を与え,海岸線と DEM から地形条件を再計算したうえで 2023/01/25 の順位安定性を評価した.
結果は次のとおりである.
有効地上点 21 点のうち,1時間飛来塩分外力指数は 21 / 21 点で全期間上位 0.1%
6時間飛来塩分外力積算指数は 20 / 21 点で全期間上位 0.1%
1時間も 6時間も,窓内最大時刻は 21 / 21 点で 2023/01/25 当日

したがって,2023/01/25 の抽出は単一の基準点に偶然依存した結果ではないと解釈できる.ただし,標高や地形遮蔽の違いで順位が多少動くこと自体は確認されており,位置依存性が完全に消えたわけではない.
3.3 観測代表点切替に対する安定性
次に,気象代表点を鼠ヶ関,村上,鶴岡の 3 点,波浪代表点を新潟沖,直江津港,伏木港,富山港,金沢港,輪島港,福井港,敦賀港の 8 点に広げ,合計 24 組合せで 2023/01/25 の順位を比較した.
結果は次のとおりである.
1時間飛来塩分外力指数は 24 / 24 組合せで全期間上位 0.1%
6時間飛来塩分外力積算指数は 23 / 24 組合せで全期間上位 0.1%
窓内最大時刻は,1時間も 6時間も 23 / 24 組合せで 2023/01/25 当日
一部の遠方南方波浪点では順位が鈍り,代表性の劣化が見られた

この結果は,鼠ヶ関×新潟沖の組合せだけで偶然高く見えたわけではないことを示している.一方で,伏木港や敦賀港のような遠方波浪点では順位が下がる組合せもあり,波浪代表点を対象地点から極端に離すと指標の鋭さが低下する点は明記すべきである.
4. 考察
4.1 なぜ短時間外力指標を主指標に置くのか
今回の主検証では,2023/01/25 15:30 に 10 分値の最大瞬間風速 21.9 m/s が現れ,2023/01/25 15:00 に 1時間飛来塩分外力指数が最大となった.一方で,残留汚損蓄積指数のピークは 2023/01/27 06:00 側へ遅れた.これは,累積型指標が履歴を引きずるため,急速汚損の立ち上がり時刻を見る主指標には適さないことを示している.
したがって,本稿の主出力は短時間外力の立ち上がりであり,残留汚損蓄積指数は履歴確認用の補助指標に位置づけるのが妥当である.この整理により,公開事例日の抽出と累積遅れ日の分離が可能になった.
4.2 雪条件と北側波浪代表点に関する補足的検討
追加の確認を要する論点として,雪条件の直接確認と波浪代表点の北側代表性がある.
まず雪条件について,2023/01/25 は公開記事では雪の一日とされている[6].しかし,今回取得した近傍 3 観測点である鼠ヶ関,村上,鶴岡では,2023 年の降雪の深さ,積雪の深さ,天気の各列が実質空欄であり,対象点近傍の直接確認には使えなかった.このため,本稿では雪を直接観測で確認したとは記述しない.
代わりに,気象庁の大雪に対する国土交通省緊急発表,寒波による大雪(2023/01/24〜2023/01/26),特定期間の雪の状況を参照し,2023/01/24〜2023/01/26 が日本海側の大雪・強寒気イベントであったことを確認した[13][14][15][16].さらに,気象庁の地点情報履歴から,勝木基準点に対して櫛引 34.95 km,下関 44.344 km,酒田 54.301 km の位置にある補助観測点で積雪が確認されていたことを整理した.
次に波浪代表点については,南側・西側寄りの代表点だけでは不十分と判断し,NOWPHAS 過去データから山形県沖を追加した.2023 年内と 2021/09/02〜2023/08/27 の重複期間で補足確認した結果,山形県沖を用いた 3 組合せでは,2023 年内の 1時間飛来塩分外力指数が 1 位から 2 位,6時間飛来塩分外力積算指数が 1 位から 1 位に入り,重複期間でも 1時間が 1 位から 3 位,6時間が 6 位から 7 位に残った.

ただし,この補足確認は,山形県沖が 20 分値から毎正時を抽出した系列であり,既存の PDF 整理表由来の系列とは取得経路と時間分解能が異なる点に留意が必要である.また,2024 の公式 ZIP には観測本体が含まれておらず,年次継続性までは十分に確認できていない.
4.3 本研究の適用範囲
以上の結果から,本研究は,公開気象・海象・地形データだけでも,冬季がいし急速汚損が生じやすい時間帯をかなり絞り込める可能性を示した,と位置づけることができる.とくに,2023/01/25 の公開事例では,10 分値強風ピークと 1時間飛来塩分外力指数のピークが時刻的に整合し,基準点位置と観測代表点を変えても高順位が概ね維持された.
一方で,本稿の指標は ESDD や NSDD の絶対値推定を目的としたものではなく,洗浄時期決定やフラッシオーバ危険度の直接評価へ直結させる段階にはない.また,村上市沿岸の冬季事例に基づく Phase 1 の結果であるため,日本海沿岸全体への一般化は今後の課題として扱うのが適切である.
4.4 次段階の解析に必要となるデータ
公開データだけでも危険時間帯の抽出までは可能であったが,次段階として絶対的な汚損状態の推定や保全判断への接続を目指すには,現地由来のデータが必要になる.とくに有効なのは,次の 4 群である.
汚損実測データ:パイロットがいしや供試体の ESDD,NSDD を定期採取し,できれば強風・降雪・高波浪イベントの前後で取得する
連続監視データ:漏れ電流,表面湿潤,絶縁抵抗,画像などを時系列で取得し,短時間外力と設備応答を対応づける
設備属性データ:厳密な設置位置,海面からの高さ,がいし形式,沿面距離,向き,周辺構造物の遮蔽条件を整理する
保守履歴データ:洗浄日,洗浄方法,洗浄範囲,点検結果,塩害警報や異常記録を残す
このうち,最も効果が大きいのは汚損実測データと設備属性データである.前者があれば,現在の飛来塩分外力指数を ESDD や NSDD に対して較正し,地点ごとの係数差を評価できる.後者があれば,現時点で provisional に扱っている基準点依存性を縮小し,海側開放度や地形遮蔽の解釈を設備条件に結びつけやすくなる.
さらに,連続監視データと保守履歴データが加われば,危険時間帯の抽出を超えて,どの程度の外力が,どの程度の設備応答や保守要否につながるかを検証できるようになる.したがって,本研究を次段階へ進めるうえでは,公開データの拡張よりも,少数地点でもよいので,汚損実測,設備属性,連続監視,保守履歴を揃えることが最も効果的である.
5. 結論
村上市沿岸を対象とした Phase 1 では,公開気象・海象・地形データだけを用いて,冬季がいし急速汚損が生じやすい時間帯の抽出を試みた.その結果,2023/01/25 の公開事例については,10 分値の最大瞬間風速と 1時間飛来塩分外力指数のピークが 30 分差で整合し,さらに位置摂動と観測代表点切替に対しても高順位が概ね維持された.
この結果は,公開データだけでも急速汚損が生じやすい時間帯の候補をかなり狭められることを示している.ただし,本稿の指標はあくまで飛来塩分外力指数であり,がいし汚損度の絶対値ではない.したがって,設備保全に直結する洗浄時期判定やフラッシオーバ危険度評価に踏み込むには,今後も現地観測との接続が不可欠である.
公開データのみの解析であっても,時刻整合,位置摂動,観測代表点,雪文脈と波浪代表性を個別に検証することで,Phase 1 としての到達点を明確に示すことができた.少なくとも村上市沿岸の冬季事例に関しては,その基礎部分をここまで整理できた.今後は,現地の汚損実測,設備属性,連続監視,保守履歴を結びつけることで,公開データ型の危険時間帯抽出を,より実務的な汚損管理支援へ発展させることができると考えられる.
参考文献
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