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バーチャル日本一周【成田山新勝寺~銚子ポートタワー】

前回は、京成バラ園から成田山新勝寺なりたさんしんしょうじまで、約55kmを歩きました。

今年(2026年)の元日に埼玉を出発し、66日目のことでした。


このバーチャル日本一周を計画するさい、最初に考えたのは、Googleマップのストリートビューを利用し、日本のすべての道を歩いてみることでした。

ふと目にするお寺や神社、道端の道祖神どうそしんなどを、ひとつひとつめぐってみたら、なにか新しい発見があると思ったんです。

Googleマップのストリートビュー(埼玉県志木市の地蔵)
Googleマップのストリートビュー(埼玉県秩父市の地蔵)


ですが、日本全国を隅から隅まで歩くというのは、現実的ではありません。

たぶん、これからの人生の長さでは、全国はおろか、関東地方だけでも、難しいと思われます。

でも、地方のいろいろな文化や風習にも、ふれてみたい!

そこで考えたのが、海岸線だけをたどる日本一周じゃなく、Googleマップ上のルートを自由に歩き、軌跡を見返せば、網の目のようになるようなルートを設定することです。

そんなこんなで、このバーチャルの旅をはじめました。


バーチャル日本一周をはじめたおかげで、地図上の神社仏閣や歴史遺構など、いろいろなことを学習しています。

それと同時に、リアルな歩数カウントで出会う里山や町のことも、深く知りたいという気持がつのり、歴史を語る掲示板やポスターに、足を止めることも多くなりました。

越生駅前のパネルには、太田道灌や渋沢平九郎の生涯が・・・


まあ、よわい70を超えると、「何年生きた!」ではなく、「あと何年生きられるか?」というモードが切りかわりますが、死んで無駄になる知識だとしても、知る努力が生きる糧になると思うのです。

まあ、肩肘張らずに、自分なりに頑張しましょう!


ところで、前回のバーチャル日本一周で、読書はkindleを愛用していると書きました。

そのとき、松本清張まつもとせいちょうの「点と線」「時間の習俗」が読み終わったら、尾崎紅葉おざきこうようの「金色夜叉こんじきやしゃ」を読もうとも書きました。

しかしいま、kindleで読んでいるのは、山岡荘八やまおかそうはちの「徳川家康とくがわいえやす(1)」です。

前回、本多作左衛門重次ほんださくざえもんしげつぐの墳墓を話題にしたら、急に読みたくなったんです。

山岡荘八の「徳川家康」全26巻

全26巻の長い小説ですが、今年(2026年)の12月末日まつじつを目標に、二度目の読破をしたいと思います。

月に三冊がノルマかな?




成田山新勝寺から銚子ポートタワーまでの旅


八千代市やちよしの京成バラ園から、ふたたび海岸線をめざし、成田山新勝寺なりたさんしんしょうじまで歩きました。

ここからは、千葉県の最東端である、銚子ちょうしポートタワーを目ざそうと思います。

成田山新勝寺から銚子ポートタワーまで、約58kmのルート


成田山新勝寺から銚子ポートタワーまでは、ほぼ東へ直線的に進みます。

途中、成田国際空港(NRT)をひだり手に眺めながら、多古町、匝瑳市そうさし、旭市などを通り、千葉県のマスコット「ちーばくん」でいえば、とんがった後頭部にあたる銚子市にいたります。

千葉県のマスコット「チーバくん」は千葉県そのもの

銚子市のランドマークであるポートタワーは、初日の出を迎える場所としても人気ですが、銚子市にはもうひとつのランドマークがあります。

それが、あの有名な犬吠埼灯台です。

犬吠埼灯台 Wikipediaより

イギリス人の灯台技師により設計され、海上保安庁の「Aランク保存灯台」であり、「世界灯台100選」のひとつであり、「日本の灯台50選」のひとつでもあり、日本に5つしかない第一等レンズを使用した、第一等灯台ででもあります。

GPSの普及で、灯台の存在意義は薄れてしまいましたが、歴史遺構として、これからも管理し、ずっと残してほしいですね。

喜びも悲しみも幾歳月いくとしつきです。


余談ですが、亡くなった母は、あまり冗談を言う人じゃなかったんですが、ときどき父親が歌う軍歌を聴くと、「まったく犬吠埼いぬぼうさきだね」と言いました。

そのこころは、「銚子の外れにある」ということで、「調子っぱずれだ!」という意味だったんですが、これだけは好んで使っていましたね。

終戦の年(昭和20年)に18歳を迎えた母には、いちばん多感な時期を戦争の中で生き、放蕩三昧ほうとうざんまいの父親が死んだあとは、女手おんなでひとつで三人の子どもを育て、今を生きる我々が考えるような、面白い人生では無かったと思います。

それだけに、晩年は青春のマイナス分を補うように、旅行や趣味の和裁などを楽しみました。

トントンになっていたのかは、すこし気になりますが・・・。


そうそう、さらに余談ですが・・・。

ぼくが良く言うダジャレ(オヤジギャグかも?)は、車の運転中に渋滞にはまったら、「こんな時は飛んで行きたいね!」と言います。

すると、こころえた妻は、「混んどるは飛んでいく(コンドルは飛んでいく)でしょ!」と返します。

サイモン&ガーファンクルのコンドルは飛んでいく

まあ、あうんの呼吸というか、わが家のテッパンネタです。


閑話休題!

成田山新勝寺を3月7日に通過し、約58kmさきの調子ポートタワーには、3月13日に到着&通過しました。

約58kmを歩いて銚子ポートタワーに到着&通過


以下は、GoogleEarthによる動画です。


▼ 成田空港と三里塚

ぼくの生まれ故郷は、羽田空港にほど近く、夜遅くまで飛行機のエンジン音が響いていました。

当時は、松本清張まつもとせいちょう西村京太郎にしむらきょうたろうのトリックに使われた、福岡行きのムーンライトや、札幌行きのオーロラという飛行機が運航されていました。

ムーンライト便を例にすると、深夜に羽田を出発し、大阪の伊丹いたみ空港でトランジットし、福岡の板付いたづけ空港には早朝に到着しました。

exciteニュースのページより

まあ、戦後の復興から経済成長期にあたり、ビジネスマンには重宝されていたといいますが、なにせ深夜0時に轟音ごうおんをたて離陸する飛行機は、近隣住民には迷惑そのものでした。


そんな時代、羽田空港では離着陸のキャパシティが不足し、新しい空港をつくる計画が持ち上がり、紆余曲折うよきょくせつの結果、いまの成田空港がある、三里塚あたりが候補地になりました。

これに反発したのが地元住民で、これに左派の団体が加わり、反対同盟が結成され、泥沼の闘争が繰りひろげられました。

JIJI.COMのページより

この闘争に関しては、Wikipediaが詳しいので、ここではこれ以上言及しませんが、当時ぼくが思ったのは、なんで都心から離れた三里塚さんりづかに、空港を作るんだろうという、素朴な疑問でした。

それと同時に、飛行機の離発着で迷惑する人が増えるのも可哀想だな、と言う感情も生まれました。

窓を閉めてもうるさいし、アナログのテレビ画面は乱れるし、建て付けが悪い窓はビビるし、住宅街に落ちる可能性も排除できないし・・・。

まあ、いろいろな犠牲の上に、いまの成田国際空港があることだけは、こころにとどめておきたいと思います。


▼ 銚子ポートタワー

銚子には何度か訪れているんですが、ポートワターには登ったことがありません。

銚子ポートタワー(Wikipediaより)

犬吠埼いぬぼうさき方面の景色は素晴らしいそうなんで、こんど行ったら、かならず登ります。

犬吠埼方面の絶景(Wikipediaより)


ちなみに、東京スカイツリーにも、登ったことはありません。

商業施設のソラマチには、なんどか訪れているんですが、登るだけで3,000円(当時)は、すこし高額だと思ったんです。

さかさスカイツリー 2025年4月26日撮影

一人3,000円出すんなら、スカイツリーより「うな重(並)」の方がいいと思っちゃう思考回路が、どうも邪魔したようです。

なお、銚子ポートタワーは、大人420円で65歳以上は360円と割安で、うな重(並)を食べたつもりなら、7回は登ることができますね!

2026年3月15日現在の料金表


▼ 朝から海鮮

銚子の市内には、朝から営業している食堂が、何軒かあります。

もうだいぶ前ですが、夜も明けぬ早朝に家を出発し、銚子で朝食を食べに、出かけたことがあります。

お食事処浜めし

まあ、朝ということで、旅館ででてくるような、焼き魚定食を頼んだんですが、カウンターに座る若いお兄さんが、豪華な海鮮丼を食べているのには、ビックリしました。

でも、これって、朝食に対する固定観念によるもので、すこし頭が固くなっていたのかと、反省したことを思いだします。

あのイチローさんだって、朝からカレーを食べてましたもんね!

ベタな言葉ですが、「常識を疑え!」を、こころに刻みたいと思います。


▼ 圓福寺

奈良時代より法灯が護持されてきた真言密教の古刹こさつ
板東三十三観音霊場 第二十七番札所 飯沼寺 圓福寺(圓福寺ホームページより)

圓福寺 2017年4月1日撮影


仏教について調べたら、真言宗しんごんしゅうは密教のひとつだ、ということが判りました。

でも、密教ということばは聞いても、その意味を知りません。

で、さらに調べたら、真言宗の開祖空海くうかいは、仏教には、顕教けんぎょう密教みっきょうがあると解いたそうです。

顕教けんぎょうは、仏教の開祖であるお釈迦様が、誰にも伝わり、理解することができる人間の言葉によって、真理を解き明かした教えを指すそうです。

そして密教は、顕教がお経という文字で視覚化もできるものであるのに対し、お釈迦様が言葉だけでは語り尽くせなかった真理を、実践によって示す教えと表現されるそうです。(だいしのわホームページを参照しました)

なるほど、勉強になりました。

こんど、板橋にある某大学の仏教課を卒業した友人に会ったら、仏教のことをいろいろ聞いてみようと思います。


余談ですが、ぼくは役小角えんのおづののような修験者を、勝手に密教と結びつけて考えていたんですが、どうもそれは間違いだったようです。

修験道とは、古代日本において山岳信仰に仏教(密教)や道教(九字切り)等の要素が混ざりながら成立した、日本独自の宗教・信仰形態なんだそうです。(Wikipediaより)

なるほど、さらに勉強になりました。


ついでに余談を続けると・・・。

役小角えんのおづのという修験者を知ったのは、平井和正の「真幻魔大戦しんげんまたいせん」でした。

真幻魔大戦(1)の表紙

当時は、「幻魔大戦げんまたいせん」と「真幻魔大戦」を平行して読みながら、その展開にわくわくしていたんですが、言霊ことだまで執筆する平井和正氏のストーリーが、どんどん複雑化していく過程で、連載が打ち切られてしまいました。

真幻魔大戦の冒頭で、飛行機事故により地上に落下したリア姫の行方は、けっきょく描かれないまま終わってしまいました。(記憶なので間違っていたらゴメンナサイ!)

だれか、続きを書きませんかね?




成田山新勝寺から銚子ポートタワーまでの歩数について


バーチャル日本一周のベースとなる歩数ですが、この区間の内訳は以下のとおりです。

成田山新勝寺から銚子ポートタワーまでは、6日を要しました


3月8日(日)(11,024歩)

この日は、西武鉄道主催のハイキング(「はんのう元気市・飯能ひな飾り展」を訪ねる!)に参加しました。

西武池袋線の飯能はんのう駅を起点に、飯能河原をめぐり、はんのう元気市・飯能ひな飾り展を見学し、ふたたび飯能駅にもどる、約6kmのコースでした。

当日のコース

春は三寒四温さんかんしおんといいますが、この日は「温」の日でした。

前日に二万歩以上歩き、すこし筋肉痛がありましたが、暖かな陽光を浴びながら、気持ちよく歩くことができました。

ミモザアカシヤが満開でした(ミモザってオジギソウの学名なんですよね)
飯能河原には春を告げるスイセンが!ブラザースフォーの名曲が脳内リピートしました
飛び石の橋を渡り・・・
澄んだ水は入間川
幕末の飯能戦争で渋沢平九郎がここから顔振峠へ逃れた能仁寺
はんのう元気市会場
VFR800の白バイを初めて見ました(カッコイイネ!)


飯能と聞くと、なにやら反応したくなる人、いますよね~!

オヤジギャグは大好きなんですが、ときに冷たい視線や冷笑をかうことがあり、発言には細心の注意をはらっています。

あるウエブサイトによると、駄洒落だじゃれとオヤジギャグは、似て非なるものらしい。

場をなごますのが「駄洒落」で、場をしらけさせるのが「オヤジギャグ」なんだそうで、一例として「ありがとうがらし」とか「トイレにいっといれ」がげられていました。

「トイレにいっといれ」は、脊髄せきずい反射的に使っているかも・・・(^_^;)


あっ、そうそう、いま思いだしたんですが・・・。

サラリーマン時代、大阪の岸和田きしわだ生まれの上司だったことがあり、まあオヤジギャグが飛び交っていましたね!

書類にはんこをもらいに行くと、「印鑑いんかんはここに押せばインカン(いいか)」が口癖で、まあ飽きもせずにくり返していました。

ContractSのホームページより

そんな彼も、地元に帰ると、こんなことを言われたそうです。

「〇〇さん、えらい東京に染まったんやね~」

ぼくから見ると、関西イントネーションだし、ぜんぜん染まってないんですけどね~。


3月9日(月)(10,772歩)

この日は、午前中に家事をすませ、午後はいつものウォーキングを行いました。

荒川の土手は、先週にも増して菜の花が咲きすすみ、黄色の範囲が広がっていました。

菜の花が咲く荒川右岸の土手(秋ヶ瀬橋をのぞむ)
トンビが低く飛んでいて、目と目が合いました(気がしただけ!)


ところで、ウォーキング中は軽音楽などを聴いていますが、愛用のBletoothイヤフォン(SONY製のMF-1000XM3)が、1時間ももたずにバッテリー切れになり、新しいもの(SONY製のMF-1000XM5)に買い換えました。

左が古い(MF-1000XM3)右が新しく買った(MF-1000XM5)

これで、ウォーキング中に「バッテリーを充電してください」というメッセージは、聞かなくなりました。

それと、新旧ともにノイズキャンセリング機能がついているんですが、やはり新しいものは改善が加えられ、静粛性が格段に向上しました。

本体が小さくなったのも、目だたなくていいんですが、取扱には注意です。

すでに数度、イヤフォンをアスファルトの道路に落としました。

側溝や地下鉄の換気口、駅のホームなどでの装着は、できるだけ避けようと思います。


3月10日(火)(6,5709歩)

朝起きたら、近所の屋根が白くなっていました。

まあ、雨か雪との予報だったので、「ああ雪か!」という朝でした。

雪の朝

この日は、三ヵ月に一度の通院で、午前の時間を費やしました。

まあ重篤じゅうとくな病気じゃないんですが、薬の量が適切か、定期的に検査しています。

帰宅後、血液検査の結果をエクセル表に入力し、数値の変化をグラフ化しています。

いろいろな検査の値は、その時だけを見るんじゃなく、トレンドとしての変化に着目することが大事だと聞き、実践しています。

検査結果は、紙だけじゃなく、CSVなどの電子データでも、欲しいですね!


午後は、新河岸川しんがしがわの土手をウォーキングしました。

いろは橋から見た新河岸川(午後は天気が回復しました)


3月11日(水)(15,134歩)

この日は、西武鉄道が主催するハイキング(小平グリーンロードから田無アスタ専門店街にてショッピング!)に参加しました。

西武新宿線の小平駅を起点に、狭山さやま境緑道さかいりょくどうを歩き、田無神社たなしじんじゃから田無駅まで歩く、約7kmのコースでした。

当日のコース

狭山・境緑道は、歩道と分離されたサイクリングロードが併設され、とても歩きやすく、気持ちのいい道です。

狭山・境緑道は、高いビルなどもなく、気持ちいい道です
小平ふるさと村は、懐かしい光景が広がっていました
こんな土手の上を歩きました(何の土手なんだろう?)
河津桜にメジロが戯れていました
田無神社でお参り
田無駅のデニーズでランチをしました


ところで、田無と聞いて「網元」を連想する人は、おそらくアラウンド団塊の世代でしょう。

よくテレビでCMが流れていました。

漫才コンビのリーガル天才・秀才さん、当時は、Wけんじ、てんやわんや、チック・タックなどと並んで、人気でしたね。

個人的には、Wけんじの「やんなっ!」や、てんやわんやの「たまごのおやじゃ~ぴよこちゃんじゃ~」が好きでした。

それと、チック・タックさんの漫才で、タックさんが「チックくんはいいなぁ~だってロマンチックで言葉にチックが入っているからね~」と言うと、チックさんが「まあロマンタックとは言わないからね~」と返していた映像が、いまだ頭の中に残っています。

まあ、昭和の漫才には毒が無く、家族団らんで楽しく見ることができましたね。


3月12日(木)(6,366歩)

わが家は、築40年ほどで、あちこちに不具合がでています。

その都度、対処してきましたが、限界が見えてきた所があり、抜本的な改修が必要になっています。

この日は、午前中に知り合いの大工さんにきてもらい、修繕か所の見積もりをお願いしました。

出費がかさむなぁ~(ため息!)


3月13日(金)(8,289歩)

この日は、新河岸川の土手をウォーキングし、親水公園でひと休みしました。

新河岸川と柳瀬川の合流地点

写真の景色も、あと数日でピンク色に染まります。

つくしの子も恥ずかしげに顔をだしそうですね!




さて、つぎは!


千葉県の最東端、銚子まで歩いてきました。

ぬれ煎餅で有名な、銚子電鉄が走っている銚子です。

電鉄会社とぬれ煎餅については、以下のホームページに詳しく説明していますが、インターネットが大きな役割を果たしたんですね。

ぼくも食べたことがありますが、醤油の香りと甘めの味が、病みつきになります。


さて、つぎは・・・。

千葉県をはなれ、茨城県へ向かおうと思います。

最初の目的地は、鹿島アントラーズの本拠地、メルカリスタジアムにしましょうか!

茨城県立カシマサッカースタジアム(当時)
このスタジアムが好きなのは、屋台のモツ煮などが美味いことです


ぼくは、わが埼玉のクラブである浦和レッズのファンで、なんどかこのスタジアムで観戦しています。

鹿島アントラーズも、ジーコやアルシンドがいた時代から、好きなチームですけどね。


ではでは!







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