秋田県と大分県
ちょっと秋田県に興味がある僕の感想文。
最近、Xで秋田県に関する話題をよく目にする。人口減少やスタジアム問題、地域の閉塞感など、どれも重たい話が多い。
それを見ながら、ふと「大分と似ているようで、どこか違うな」と感じるようになった。
僕が子どもの頃、1990年前後の記憶では、大分県と秋田県は人口規模も似ていて、どちらも「地方の中堅県」という印象だった。実際、当時はどちらも120万人前後の人口があった。
ところが今では、大分はまだ100万人規模を保っている一方、秋田は90万人を切り、差はかなり開いている。この30年で、なぜここまで差がついたのか。その理由は、単なる経済や産業の問題だけではないと思っている。
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■ 大分を変えた「国際大会」という体験
大分にとって大きな転機になったのは、2002年のサッカーワールドカップだった。
当時、大分に大規模スタジアムを作ることには強い批判があった。
「田舎に無駄な箱モノを作るな」
「サッカーなんて流行っていない」
そんな声も多かった。実際、当時の大分は野球のほうが人気だったと思う。
僕自身も当時はサッカーにまったく興味がなかった。それでもワールドカップを見に行き、イタリア対メキシコ戦を観戦した。スタジアムの熱気と一体感に圧倒され、「スポーツってこんなに楽しいんだ」と初めて実感した瞬間だった。
さらに驚いたのは、イタリア人やメキシコ人のサポーターが本当にたくさん大分に来ていたことだ。
外国人観光客といえば韓国などのアジア圏の方々だと思っていた大分に、サッカーのために世界中から人が来る。その光景は衝撃だった。
その後のラグビーワールドカップでも、大分は再び国際大会を経験した。
試合後、敵味方関係なく一緒に盛り上がる外国人サポーターの姿は、とても印象的だった。
この二つの大会によって、大分県民の中に「世界とつながれる場所なんだ」という実感が生まれたと思う。
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■ ワールドカップの“その後”に育ったトリニータ
ワールドカップによって、大分県民は初めて「世界規模のスポーツイベント」を体験した。
スタジアムの熱気、街の賑わい、海外から来た人々。
それは一過性の出来事では終わらず、「大分でもこういうことができる」という自信として残った。
大分トリニータは、1994年に「大分トリニティ」として誕生し、1999年にJリーグへ加盟している。
つまり、ワールドカップ以前から存在していたチームだ。
成り立ちとしては、スタジアムの建設、ワールドカップ誘致に関連する事業の一つという認識。
ただ、正直に言えば、当初から県民に強く支持されていたわけではなかった。
多くの人にとって、どこか他人事の存在だったと思う。
しかし、ワールドカップをきっかけにスタジアムが整い、サッカーへの関心が高まる中で、トリニータは少しずつ地域に根付いていった。
そしてJ1昇格を果たし、さらにはヤマザキナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)優勝という、まさかの快挙まで成し遂げた。
「うちのチームが全国一になる日が来るとは思わなかった」
そう感じた県民も多かったはずだ。
だが、その後は順風満帆とはいかなかった。
J3まで降格し、J1に復帰したかと思えば再びJ2へ。経営面でも成績面でも苦しい時期が続いている。かつての熱狂にも、正直なところ翳りが見えてきている。
それでもトリニータは、大分にとって「一緒に浮き沈みしてきた存在」だ。
最初から愛されたわけではない。成功も失敗も共有しながら、時間をかけて“身内”になっていったチームなのである。
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■ 留学生という“人材インフラ”
もう一つ重要なのが、別府にある立命館アジア太平洋大学(APU)の存在だ。
開校当時、「なぜ別府に留学生中心の大学を?」と不思議に思った県民は多かったはずだ。
だが今になってみると、これが大分の国際化を支える基盤になっている。
留学生たちは、日本語と母国語を使いこなし、観光やイベントの現場で活躍している。
国際大会でも、現在の観光対応でも、彼らの存在は欠かせない。
これは偶然ではなく、長期的な視点で人材を育ててきた結果だと思う。
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■ 「新幹線」と「特急」がほぼ同じ速さという現実
交通インフラの違いも、両県の立場を象徴している。
秋田には新幹線がある。だが秋田新幹線は在来線を改良した「ミニ新幹線方式」で、在来線区間では最高速度は約130km/hほどだ。
一方、大分には新幹線はない。その代わり、特急ソニックが日豊本線を高速で走る。振り子式車両によってカーブの多い路線を攻め、こちらも実質130km/h前後で運転されている。
結果として、「新幹線がある秋田」と「新幹線がない大分」の移動スピードは、意外なほど大差がない。
秋田は「新幹線はあるが、本格投資まではされなかった地域」。
大分は「新幹線は呼べなかったが、あるものを極限まで磨いた地域」。
その違いが、交通インフラにも表れている。
新幹線と互角の特急が走っているのだから、「伊達にソニックを名乗っていない」(笑)
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■ 雪と寒さがつくる「見えないハードル」
もう一つ、大分と秋田の違いとして見逃せないのが、気候の差だ。
東北地方、とくに日本海側の冬は厳しい。長い雪の季節があり、外に出ること自体が負担になる日も多い。移動も大変になり、生活のリズムも制限される。
一方、大分では「寒さが命に関わる」という場面は、ほとんどない。多少の失敗や無理をしても、立て直せる余地がある。
この差は、想像以上に大きい。
雪国では、備えを怠ることがそのまま生活のリスクにつながる。除雪、暖房費、冬支度、近所との助け合い。どれも欠かせない。
自然と、人は慎重になり、堅実になり、失敗を避けるようになる。
それは「保守的」なのではなく、「生き抜くために身についた姿勢」なのだと思う。
もし自分が同じ環境で暮らしていたら、きっと同じように慎重になっていたはずだ。
九州の“ゆるさ”と、東北の“真面目さ”は、優劣ではなく、環境への適応の違いなのだ。
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■ 秋田との違いは「成功体験」の有無
秋田は、大分のような大規模な国際イベントや、地域全体で共有できる成功体験を得る機会が少なかった。
人口減少や財政不安が続く中で、新しい挑戦は「夢」ではなく「リスク」に見えやすくなる。スタジアム問題に対する厳しい反応も、余裕のなさの表れだと思う。
大分は、まだ余力のあった時代に思い切った挑戦ができた。
秋田は、その余力が失われた後に変化を迫られている。
このタイミングの差は、とても大きい。
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■ 地方が変われるかどうか
大分が特別優れているとは思わない。運もあったし、賭けに近い判断も多かった。
トリニータの浮き沈みを見てもわかるように、成功は一時的で、不安定なものでもある。
それでも、一度「うまくいった経験」を共有できたことが、その後の姿勢を大きく変えたのは確かだ。
「また挑戦してみよう」
「次はもっと良くしよう」
そう思えるかどうかで、地域の未来は変わっていく。
秋田と大分の差は、能力の差ではない。
経験の差だ。
地方が衰退するか、踏みとどまるか。
その分かれ道は、意外とこうした小さな積み重ねの中にあるのかもしれない。
両県とも過疎化は進んでいる。
若者の流出も止まらない。
でも故郷が嫌いという人は少ないはず。
明るい未来を考えたいね!
ここまで僕の文章を Chat GPTで編集して公開してみました。
何かをdisるつもりはなく、単純にどう違うのだろう?という興味本位の感想文です。
似た様な規模の地方という認識なので。
東京に乗り換えずに行けるというのは良いことの様で、若者を吸い取られるというマイナス面も感じる。
適度な距離感と便利さって両立するの難しそう。
でも、どうせなら元気な地方でありたいよね!
ブラウブリッツ秋田のスタジアムがどうなるのか?とか色々気になるけどしっかり注目していきたいな。
ちょっとだけサッカー…というかトリニータとニータンが好きな僕なので。
そしてどんな街か体感すべく、来月秋田空港に行きます。
滞在時間2時間(笑)
何もわからないだろうけど、美味しいものあるかな?お土産何にしよう?と、今からワクワクしてます!
今回のめがねくんはテレビスタジオふうなシーン
ちょっと地味かな。
取り止めのない文章を最後まで読んでくださりありがとうございました!
※当初の公開時、プラウブリッツ秋田のチーム名を間違って表記しておりました。大変失礼致しました。
