経営会議は「決める場」ではありません――責任主体から考えるコーポレートガバナンスの再設計
「経営会議で決める」という発想への違和感
近年、コーポレートガバナンス改革の文脈において、「経営会議の実効性を高める」「経営会議を高度な意思決定機関へ進化させる」といった議論を目にする機会が増えています。
私は、上場企業において取締役および執行役員として、業務執行と取締役会による監督の双方に携わってきた経験から、こうした議論には一つの根本的な違和感を覚えます。
それは、「経営会議を強くすればガバナンスは強くなる」という前提です。
誤解のないよう申し上げれば、本稿は経営会議という会議体の存在を否定するものではありません。役員間で情報を共有し、多面的な議論を行い、全社最適の観点から経営課題を検討する場として、経営会議は極めて重要です。
しかし、その会議体を実質的な意思決定主体、あるいは社内規程上の「決裁主体」として位置付けることには、大きな疑問があります。
本稿の問題意識は、単なる会議体の設計論ではなく、「意思決定権限・説明責任・法的責任を誰に帰属させるか」という責任主体設計(Accountability Architecture)の問題として経営会議を捉え直す点にあります。会社法がせっかく明確に設計した責任主体を、社内規程や組織慣行が覆い隠してしまう構造そのものが問われなければなりません。
実務に蔓延する「経営会議で決まりました」の二つの病理
実務で見られる「経営会議で決まりました」という説明の背後には、性質の異なる二つの病理が潜んでいます。ガバナンスの不全を正すには、まずこの二つを明確に区別して捉える必要があります。
類型A:取締役会専決事項の「事前審査」による空洞化と追認の構造
第一は、法令上取締役会が自ら決定すべき重要事項(会社法362条4項に列挙された専決事項等)が、経営会議での実質的な議論と了承によって事実上決定されてしまう現象です。
この場合、形式的には取締役会の決議を経ているため、法的権限の違法な委任とまでは言えません。しかし、実質的な検討・意見形成・結論が経営会議の段階で完結し、取締役会での審議が追認の「儀式」と化します。
独立社外取締役は本来、経営陣から独立した客観的な立場から、経営判断の妥当性や全社的リスク、中長期的な企業価値向上への寄与を多角的に検証・監督する重大な責務を負っています。しかし、近年のガバナンス改革によって独立社外取締役の割合を高めている企業であっても、経営会議による「事前審査」が前提となると、この類型Aの病理が社外取締役の責務遂行を直接阻害するおそれがあります。
日常の業務執行に直接携わっていない社外取締役に対し、取締役会の場で一から背景や前提条件を説明することに審議時間の多くが割かれ、質疑応答が「事実確認」や「前提理解」の域を出ないまま時間切れとなります。結果として、社外取締役が本来果たすべき経営判断の妥当性検証や建設的なモニタリングに至らず、執行部案への「追認」に傾きやすくなるという構造的リスクが生じるのです。
さらに、日本企業においては依然として業務執行を兼務する社内取締役が多数を占めるケースが多く、監督と執行の分離が構造的に曖昧になりがちです。経営会議の構成員と取締役会の社内構成員が重複しているため、「経営会議で一度決めたものを取締役会で覆すことはできない」という社内的な同調圧力が働き、社外取締役に対する取締役会の審議が「経営会議案に対する形ばかりの追認を取り付けるためのプレゼンテーション」へと変質してしまうのです。
社外取締役がその責務を十分に果たすことができず、単なる追認機関へと陥るのを防ぐためには、経営会議でどのような論戦が交わされ、いかなる対立軸やリスク評価、反対意見を経て結論に至ったのかという「検討のプロセス」そのものが、取締役会へ透過的に共有されなければなりません。経営会議が「事前了承済み案」のブラックボックスと化すことは、単なる手続きの省略にとどまらず、「権限の所在と実質的な意思形成の場との乖離」という極めて根深い構造的な形骸化を引き起こすことになります。
類型B:職務権限規程の歪みと「集団的無責任」の構造化
第二は、業務執行に関する個別の決定事項について、職務権限規程上の「決裁権者」を経営会議(合議体)と定めてしまう、あるいは規程上は個人専決でありながら経営会議の了承を決裁の不可欠な前提とする運用です。
本来、他部門との調整やリスク検証のために経営会議で審議を尽くすこと自体は極めて有益なプロセスです。しかし、社内規程または運用において「経営会議という集団の承認」を決裁そのものとして位置づけてしまうと、法的には個人に帰属しているはずの決定権限と説明責任が、制度的・組織的に集団の中へ隠蔽されてしまいます。
すなわち、ここでの問題は、任意機関自体は会社法上の責任主体となり得ないにもかかわらず、社内制度や慣行によってその任意機関を最終決定権者に祭り上げ、組織的に「集団的無責任(責任の分散)」を正当化・制度化してしまうリスクを孕んでいる点にあります。
どちらの類型においても、帰着するのは「誰も反対しない案」と「誰も説明責任を負わない意思決定」です。集団における個人の責任感が希薄化する現象は社会心理学で「責任の分散(Diffusion of Responsibility)」として知られていますが(Darley & Latané, 1968)、「経営会議の決裁・総意」という枠組みはまさにこの責任分散を生み出す温床となります。
では、なぜこのような集団的無責任の制度化が起きてしまうのでしょうか。その根底には、会社法が定める「機関」と、社内規程に基づく「任意機関」の境界線に対する本質的な誤解が存在します。
ガバナンスの本質は「責任主体」の明確化にある――「決定」と「決裁」の概念整理
コーポレートガバナンスの本質は、会議体を増やすことでも、手続きを複雑化することでもありません。本質は、「誰が決定を行い、その結果について誰が説明責任を負うのか」を明確にすることにあります。
会社法は、株主や債権者等の利害関係者を保護し、組織の規律を維持するために、意思決定と監督を担う「機関(株主総会、取締役会、代表取締役等)」とその権限・責任を明確に定めています。そして、会社法上、取締役会が業務執行の決定権限を委任できる対象は、代表取締役や業務執行取締役など、法令上の権限を有する「個人(取締役)」に限られており、経営会議という任意の機関への直接の権限委任は会社法上想定されていません。
これに対し、経営会議、投資委員会、リスク委員会などは、企業が自らの事業特性に応じて社内規程(私的自治)に基づき任意に設置する「内部協議機関」に過ぎません。
ここで重要となるのは、会社法上そもそも権限委任の対象として想定されていない任意機関を社内規程(職務権限規程・決裁規程)において実質的な決定主体として位置付け、個人の決裁責任を曖昧にする制度設計は避けるべきであるという点です。
会社法上の法定機関や委任を受けた個人(代表取締役や執行役等)は、会社に対して善管注意義務や忠実義務を負い、任務懈怠があれば株主代表訴訟や損害賠償責任といった法的な責任追及に直接晒されています。これに対し、任意機関である経営会議という会議体そのものは法人格も法的機関性も持たず、会社法上の責任主体ではありません。責任を負うのはあくまで構成員である取締役等個人や法定機関であり、会議体という抽象的な集団そのものが責任の帰属先とはなり得ないのです。
それにもかかわらず、職務権限規程上で「経営会議が決裁する」と規定し、あたかも会議体自体が意思決定の帰属先であるかのような枠組みを作ってしまうことは、「実質的に決定を行う主体(経営会議)」と「法的な責任を負う主体(代表取締役等や取締役会)」を分離させ、「説明責任の帰属が曖昧な決定構造」を社内制度として容認することになりかねません。社内規程でどれほど形式的に経営会議を決裁主体と定めたところで、委任を受けた個人や取締役会が負うべき法的責任が、会議体という集団へ移転することはないのです。
特に監査役会設置会社においては、会社法362条4項に列挙された「重要な財産の処分及び譲受け」「多額の借財」その他の重要な業務執行の決定を、取締役個人に委任できないことはもとより、経営会議のような下部機関に委ねることも一般に認められないと解されています。
監査等委員会設置会社では、会社法399条の13第5項(取締役の過半数が社外取締役である場合)または同条第6項(定款の定めがある場合)の要件を満たす場合に限り、取締役会決議によって重要な業務執行の決定を取締役に委任することが認められます。ただし、株式の処分・譲受け等に関する決定、株主総会に提出する議案の内容の決定等、同条第5項各号に掲げる事項については委任不可とされています。
会社法上の権限委任に基づき個人が決定する場合であっても、また社内規程を設計する場合であっても、職務権限規程における「決裁権者(Final Decision Maker)」は取締役会または権限を付与された特定の自然人・職位でなければならず、経営会議はあくまで決裁に至るための「審議・協議機関(Consultation Body)」として定義されるべきなのです。社内規程上の決裁権限は取締役等に限られるものではなく、従業員や部門長等にも付与し得ますが、いずれの場合においても決裁主体は「特定の自然人・職位」であり、名詞としての「会議体」であってはなりません。
諸外国のガバナンス・コードと会社法に見る共通原則
この「責任主体を明確にする」という思想は、国内外のガバナンス指針や各国制度の比較においても一貫しています。
東京証券取引所が公表している『コーポレートガバナンス・コード』(2026年7月改訂版・原則4-1、原則4-2等)は、取締役会が企業戦略等の大きな方向性を示すとともに、経営陣による適切なリスクテイクを支える環境整備と実効性の高い監督を行うことを求めています。また経済産業省のCGSガイドラインも、経営者がアントレプレナーシップを発揮して迅速かつ適切なリスクテイクを行える環境整備と、取締役会による実効的監督の双方の機能強化を重視しています。従前の補充原則4-1①等で提示されていた「経営陣に対する委任の範囲の明確化」という思想は、2026年改訂コードが目指す「プリンシプル化・スリム化」のもとでもガバナンスの実質化の前提として息づいており、重要なのは形式的な会議体の整備ではなく、「権限と責任を一致させること」なのです。
海外の法制度やガバナンス・コードと比較しても、この原則は極めて明瞭です。
英国: コード上、取締役会自身が決定すべき事項(Matters Reserved for the Board)の明確化が求められ、年次報告書において取締役会が決定すべき事項と経営陣に委任する事項の高水準の記載が求められます。執行委員会(Executive Committee)は、取締役会から独自の権限を委嘱されていない限り、取締役会に留保された事項については準備・勧告機能を担うのが実務上の通常の姿です。
米国: デラウェア州会社法141条(a)により業務管理権限は取締役会に帰属します。役員への委任は認められるものの、同法141条(c)により、定款の変更、合併契約の承認、全部または実質的全部資産の売却の株主への勧告、会社の解散の勧奨等は委員会にすら委任できません。任意の会議体が法的な決定主体となる余地はないのです。
ドイツ・フランス: ドイツの執行役会(Vorstand)は株式法(Aktiengesetz)§76等に基づく法定機関であり、各構成員に法律上の権限と責任(善管注意義務、連帯責任)が付与されています。フランスの二層制における執行役会(Directoire)も、商法法典に基づく法定の執行機関であり、合議制で経営を行います。これらいずれも法律上の「法定機関」として位置づけられており、日本の任意設置である経営会議とは制度的性格を全く異にします。
各国で制度設計は異なるものの、「最終的な意思決定権限と説明責任は明確な機関・個人に帰属し、任意に設置された協議機関自体が法的責任主体となることはない」という共通原則が貫かれているのです。
独立社外取締役の割合と実効性の課題
近年のガバナンス改革において独立社外取締役の割合向上が進んでいます。2026年改訂コーポレートガバナンス・コード原則4-10は、プライム市場上場会社に対して独立社外取締役を少なくとも3分の1以上選任することを求めています。また、支配株主が存在する場合には過半数の選任または独立社外取締役を中心とする特別委員会の設置が求められます(原則4-10解釈指針)。東京証券取引所の集計資料(2025年7月時点)によると、プライム市場上場会社の98.8%が3分の1以上を達成している一方、過半数を選任している企業は26.2%に留まっており、数の確保から実効性の確保へと課題は移行しています。
しかし、独立社外取締役の割合を高めたこと自体がガバナンスの実効性を担保するわけではありません。本稿が指摘する類型Aの構造的リスク――経営会議による「事前審査」が前提となり、取締役会での審議が形骸化するリスク――は、社外取締役の数が増えたことでむしろ顕在化し得ます。社外取締役が多数在任しても、経営会議の「完成された結論」がブラックボックスとして持ち込まれる構造が変わらなければ、彼らの監督責務は十分に機能しないのです。
経営会議は「最高峰の情報共有・知的討議フォーラム」であるべき
では、経営会議および社内規程はどのように設計されるべきでしょうか。
結論を一言で言えば、経営会議は決定を肩代わりする機関ではなく、「最高峰の情報共有・知的討議フォーラム」として再定義されるべきです。
経営会議は、単なる連絡報告の場ではありません。企業内で最も重要な情報が集まり、取締役会での決議や専決役員の判断に向けて、多角的なリスク検証と激しい論戦をたたかわせる最高水準の知的討議の場です。情報は集団で共有し、知恵も集団で結集します。しかし、最終的な意思決定と説明責任は、法令または適法な権限委任に基づく主体(取締役会、あるいは委任を受けた個人)が負います。
類型A(取締役会の空洞化)の是正においても、経営会議は単に「完成された結論」を取締役会に申し渡すのではなく、経営会議で戦わされた「主要な論点・対立軸・リスク評価」をそのまま取締役会へ提示する情報共有フォーラムとして機能すべきです。これにより、社外取締役も単なる事実確認や前提理解の域を超え、経営判断の妥当性や全社的リスクについて、本来負っている監督責務を実効的に果たすことが可能となります。
社内規程(職務権限規程)の実務においても、経営会議での審議を義務付けること自体は業務上のリスク管理(独断専行の防止)として極めて合理的なプロセスです。しかし規程上の表現として望ましいのは、経営会議を「社内規程上の決裁主体」とすることではなく、「決裁権者(特定の自然人・職位)が決定を下す前に必ず諮らなければならない事前協議機関」と位置付けることです。
検討のプロセス(合議による協議)と、決定の帰属(個人の決裁責任)を混同せず、職務権限規程の文字通りにおいても、実際の議事録・決裁文書の記録においても、法的決定者を曖昧にしないことこそが実務上の要諦となります。
結び――ガバナンスとは「責任主体を設計する技術」である
コーポレートガバナンスとは、会議体を設計する技術ではありません。責任主体を設計する技術です。
会議体は、その責任主体が最良の判断を行うための装置に過ぎません。しかし、その装置そのものが決定主体へと置き換わったとき、ガバナンスは責任を明確化する制度ではなく、責任を希薄化する制度へと変質してしまうのです。
私的自治に基づいて経営会議を設置し、活発な議論を交わすことは望ましい組織運営です。しかし、社内規程において経営会議を決裁主体と定義し、集団の承認の中に個人の決断を埋没させた瞬間、ガバナンスは責任を担保する仕組みから、責任を免責する仕組みへと変質するのです。
日本企業に今求められているのは、経営会議に形式的な「決裁権」を与えることではありません。職務権限規程のレベルから意思決定主体を明確にし、以下の二点を徹底することです。
類型Aの是正: 取締役会専決事項については、経営会議での追認了解で終わらせず、経営会議での討議プロセス(反対意見やリスク評価)を取締役会へ透過的にフィードバックした上で、社外取締役が監督責務を十分に全うできるよう、取締役会自身が実質的な審議を行うこと。
類型Bの是正: 委任済み事項については、職務権限規程上の「決裁権者」を明確に特定の自然人・職位とした上で、経営会議で十全な審議・意見交換を行いながらも、最終的には権限委任を受けた担当者が自らの責任で決断・実行すること。
経営会議は決めるための場ではありません。決める者が、より良く決めるための場なのです。
情報共有と討議は集団で、意思決定と説明責任は明確な主体へ。この原則を制度と運用の双方で徹底することこそが、責任あるリスクテイクを促し、真に実効性のあるコーポレートガバナンスを実現する道であると考えます。
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