[閉鎖病棟入院日記20]いざ退院
荷物をまとめてたらおじさんから話しかけられた
いざ退院の日になり荷物をまとめていると4人部屋で一緒だったおじさんから話しかけられました。
彼は統合失調症で幻聴が止まらない症状に悩まされている人です。
以前にも同じ病院に入院したことがあったらしいですが、幻聴が止まらないまま退院してしまい、その後悪化して再入院することになったらしいです。
彼から「退院ですか?おめでとうございます」と言われてなんともいたたまれない気持ちになりました。
私が彼の立場であれば、他人の退院のときにお祝いの気持ちを言えないと思ったからです。
自分の病気がいつ治るかわからない状態で、他人の退院を祝えるほど心の広い人なのだと思いました。
彼と出会えて本当に良かったと思います。
薬は2週間分出された
退院に際して別のクリニックに再診してもらうまでの繋ぎとして薬は2週間分出してもらいました。
おそらく法的な問題でこれが限界量なのでしょう。
私の場合は退院から約1週間後に再診の予約をできたので2週間分もいらなかったのですが、つなぎの薬があるということで安心しました。
精神疾患の患者にとって薬は命みたいなものです。
特に私のようにパニック障害を抱えているとあつ発作が来るかわかりませんから薬で安心を買っていると言えます。
もし発作が起きても薬さえ飲めば収まるという気持ちになれるので、薬はとても大事なものなのです。
ちなみに頓服薬はクエチアピンとロラゼパムを10日分出してもらいました。
クエチアピンは飲んだことがないので、機会があればレビューしたいと思います。
実家に到着
病院を出る時には医者と看護師に見送られ、バスに乗りました。
その後、電車に乗り換えて無事実家に到着しました。
今回は実家から離れた病院に入院したので片道だけでもかなりの時間がかかりました。
今後入院するときは実家の近くにしようと思いました。
実家では病院に持って行った荷物の荷解きをしながらゆっくり過ごしました。
紹介状に書いてあったこと
その後、入院先の病院から元々通っていたクリニックへの紹介状を開けてみました。
そこには私の病状はほとんど書いておらず、母親のヒステリックぶりが記されていました。
おそらく医者としては私のうつ病が家庭問題と関係していることがわかったのでしょう。
私の母親と父親は昭和生まれです。それもかなり年がいってから私が生まれたので高齢なのです。
だからこそ私の価値観と両親の価値観はかなり異なっており、今でも私の進路に関して意見が一致していません。
「そういった家庭不和が私のうつ病の原因となっているのではないか」ということを匂わせる文章が紹介状には書いてありました。
たしかに私のうつ病には家庭問題が大きく関わっていると思います。
両親はきちんとフルタイムの正社員として働いてほしいという思いがあるようですが、体調の問題でそれは無理です。
実家は田舎にありますから、近所の人からの評判も気にしているのでしょう。
世代間の価値観の対立を解消するのはほぼ無理ゲーに近いと感じています。
退院後の予定
退院してからはまず障害年金の申請をしなければいけません。
それに伴って社労士に申請の代行を依頼しようと思っているので、良い社労士を見つける必要があります。
インターネットで評判が良くて、発達障害での申請にも強い社労士を見つけて依頼しようと思っています。
また、やはり働いている状態での障害年金の申請は難易度が爆上がりします。
なのでまずは障害年金の申請を済ませてから働くことを考えようと思っています。
働くことに関しては、就労移行支援事業所に通うことも視野に入れています。
就労移行からは一般雇用の正社員にもつながれますし、障害者雇用という手段もあります。
様々な選択肢が用意されていることが就労移行の良いところだと思います。
