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オーストラリアの性産業制度を考えてみた

性産業は、人によって価値観が大きく異なる、非常にセンシティブなテーマです。

そのため、この話題を取り上げること自体に、不快感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、センシティブだからといって避けていたのでは、制度について議論することも、理解することもできないと思うのですね。

今回、私がこの記事で申し上げるのは、

オーストラリア政府が何故に性産業に関与し、そしてどのような制度で管理しているのか

という性産業の制度面についてです。

最初に明確にしておきますが、この記事は、性産業の是非を問うものではありませんので、ご理解のほどをよろしくお願いします。

真実を知らずに持つ先入観や固定観念は、制度そのものに対する思考を曇らせます。

ですから今回は、できるだけ価値判断を差し挟まず、私が暮らしているNew South Wales (NSW)州とQueensland (QLD)州の制度、そして州境の町で実際に見てきたことを、淡々と記してみたいと思います。

日本とオーストラリアの性産業への考え方の違い

日本とオーストラリアでは、Prostitution (売春、現在のオーストラリアでは一般的にSex workという言葉に置き換えられています)に対する歴史的背景も、法制度の組み立て方も大きく異なります。

(日本)
日本では1956年に売春防止法が制定され、1958年に全面施行されました。

同法は、Prostitution (売春)を“人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗を乱すもの”と位置付けています。

一方で、売春を行った本人そのものを一律に処罰するのではなく、勧誘、周旋、場所の提供、管理売春など、売春を助長したり、そこから利益を得たりする行為を主な処罰対象としてきました。

日本政府も、売春をした女性本人を直接処罰する規定ではないと明確に説明しています。

つまり、日本の制度には、少なくとも法律の出発点として、

売春は防止すべき社会的な問題である

という考え方があると思うのですね。

(オーストラリア、NSW & QLD)
これに対して、NSW州や近年のQLD州では、議論の中心が日本とはかなり異なります。

成人同士の合意に基づくSex workを、道徳的に許すかどうかではなく、

働く人の安全をどう確保するか
暴力や強制をどう防ぐか
公衆衛生をどう維持するか
人身取引や未成年者の搾取をどう摘発するか
営業場所や地域住民との関係をどう調整するか
税務や労働法をどう適用するか


という、行政とリスク管理の問題として扱うことに主眼が置かれています。

両国の歴史的背景も、法文化も、社会が制度に期待している役割も異なりますので、その違いを無視して、片方の価値観だけでもう一方を判断しても、制度の実像は見えてこないと思うのですね。

その上で、オーストラリア、NSW州とQLD州における性産業に対する政策の歩みをご紹介いたします。

“合法化”と“非犯罪化”は同じではない

Legalisation (合法化) Decriminalisation (非犯罪化)、この2つは似て非なり、Sex workの制度を理解するうえで、LegalisationDecriminalisationの違いの認知は重要ですので、少し詳しく解説しますね。

Legalisation、つまり合法化とは、政府が特別なライセンス登録制度を設け、その条件を満たす営業だけを合法とする仕組みです。

一方のDecriminalisation非犯罪化は、成人同士の合意に基づくSex workを、それ自体として特別な犯罪にしないという考え方の元の法整備です。

ただし、非犯罪化は無規制という意味ではありません。

通常の事業と同じように、

Work Health and Safety
Planning law
Public health law
Employment law
Tax law

などが適用されます。

つまり、

特別な犯罪として警察が管理するのではなく、通常の仕事や事業として行政が管理する

ということですね。

この違いは、一見すると小さく見えますが、実際には制度上の大きな違いがあります。

NSW州は早い時期に非犯罪化した

NSW州は、世界でも早い時期にSex workの非犯罪化へ進んだ地域の一つです。

1979年に一部の刑事規制が緩和され、1995年には、成人の合意に基づくSex workやBrothelの運営に関する多くの犯罪規定が取り除かれました。

その後、BrothelやSex services premisesは、主として地方自治体(Coucil、日本の市に相当)のPlanning systemによって管理されるようになりました。

この規制によって、どこにでも自由に営業できるができるわけではなくなったのですね。

建物をSex services premisesとして使用するには、自治体のDevelopment Application (DA、開発申請)への認可が必要になります。

DAに対して、CoucilはPublic Consolation、つまり住民の意見交換の場が設けます。

自治体は、認可にあたり、用途地域、周辺住宅、駐車場、騒音、出入り、営業時間などを考慮します。

また、NSWではStreet soliciting (路上での客引き)にも制限が残っています。


学校、教会、病院、住宅の近くなど、一定の場所における勧誘はSummary Offences Actによって規制されています。

つまりNSWは、非犯罪化にしたからといって、何でも自由にしたわけではないのですね。

刑事法で産業全体を地下へ追いやるのではなく、

営業場所はCouncil
職場の安全はSafeWork
公衆衛生はNSW Health
重大犯罪はPolice


というように、それぞれの問題を、それぞれの制度で扱う方向へ変えたのです。

SafeWork NSWは、Sex services premisesに対して、労働者、利用者、訪問者などの安全を守るための具体的なOcupational Health and Safety Guidelines (OHSG)を示しています。

そこには、働く人に本人の境界を超えたサービスを強要してはならないことや、コンドームなどのProtective equipmentの使用を妨げてはならないことも明記されています。

NSW Healthも、非犯罪化によってSex workersが性に関する医療情報やHealth servicesへアクセスしやすくなったと評価してきました。

Queenslandは長くライセンス制度を採っていた

一方でQLD州は、NSW州とは異なる道を歩んできました。

2024年までのQLD州では、Sex workは一定の範囲で合法でしたが、合法的に営業できる形態が厳しく限定されていました。

基本的には、

ライセンスを取得したBrothel
一人で働くPrivate sex worker


が合法的な形態とされ、それ以外の複数人営業、無許可のBrothel、Escort agencyなどには厳しい制限がありました。

つまり、個人での営業は構わないが、組織は許可を得ないとダメ、という考え方ですね。

一見すると、管理された安全な制度に見えますが、ライセンスを取得した合法部門と、制度の外で営業する非合法部門(いわゆるもぐり)が並存する、Two-tier systemが形成されてきた歴史があるのですね。

法律上、一人で働くことはできても、安全のために二人で同じ場所を使用したり、受付係や警備を置いたりすると、違法なBrothelと判断される可能性がありました。

搾取を防ぐための制度が、結果として一人で働くことを促し、安全を損なう場面が報告され続けてきました。

Queensland Law Reform Commissionはこの制度を調査し、2023年に、非犯罪化が働く人の権利、健康、安全を守る最も有効な方法であると勧告しました。

つまり、隣のNSW州の政策へ舵を切り始めたのですね。

同委員会は、非犯罪化について、

Sex workを犯罪ではなく仕事として認識するものであり、無規制を意味するものではない

と説明しています。これはNSW州の政策に通づるものです。

また、Sex workだけを対象とするライセンス制度は二重構造を生み、働く人が健康、安全、司法制度へアクセスする妨げになると指摘しました。

その結果、Queenslandでは2024年5月2日に法改正が成立し、同年8月2日に施行されました。

QLD州の旧Prostitution Licensing AuthorityとBrothel licensing systemは廃止され、成人同士の合意に基づくSex workは、NSWに近い非犯罪化モデルへ移行しました。

現在は、一般の事業と同様に、労働安全、都市計画、公衆衛生、税務、刑法などによって管理されます。

州境が作った人の流れ

私はNSW州のTerranoraに住み、Takeawayのお店であるGyoza ManはQLDとの州境の街、Tweed Headsで営業していました。

お店の一つ先の通りの向こう側はQLD州という場所でした。州境を越えれば、すぐにQLD州のGold Coastです。

この地域で暮らしていると、夏場は時差が1時間生じますが、物理的な州境は普段全く感じられません。

QLD州のCoolangattaからNSW州Tweed Headsの間は別にフェンスがあるわけでもありませんし、移動も自由です。第一、どこが州境なのかも分かりにくいです。

ところが、法律の上では、同じ州境が大きな意味を持ちます。

日本では州にあたるシステムが無いため具体例を挙げるのは非常に難しいのですが、制度的に県境以上で国境以下の境があります。

QLD州が旧ライセンス制度を採っていた頃、QLDから州境を越えて、NSW州のBrothelを利用する成人は少なくありませんでした。

需要はGold Coast側にあっても、NSW側の方が営業形態や選択肢が広かったからですね。

少なくとも、私がGyoza Manを営業していた地域では、それは特別な秘密でも、珍しいことでもなかったです。

ところがCOVID-19の期間中、QLDとNSWの州境には検問が設けられました。

州境のありとあらゆる道路が封鎖され、4箇所の検問所を通しての通行のみが許可されました。

同じ国内なのに、NSW州の住民は許可無しではQLD州には入れなかったのですね。

QLD州の住民も、一度NSW州に足を踏み入れると、帰宅のための許可が必要だったのです。

それまで道路上の見えない線でしかなかった州境が、突然、人の移動を止める現実の壁になりました。

大渋滞が日常的に発生し、Sex industryに限らず全ての仕事、学校、買い物、医療、家族関係まで、州法の違いが日常生活に直接現れた時期でした。

Gyoza Manの近くにあった日常

Gyoza Manの近くにはBrothelがありました。そのオーナー(女性)は、うちの常連客でした。

そこで働くSex workersたちも、よく食事を買いに来てくれました。

近くのBoyd StreetにはSex shopもいくつかあり、そのオーナーたちもうちのお店を利用していました。

Gyoza Manには、医師も、教師も、警察官も、建設作業員も、年金生活者も、学生も来ました。

そして、BrothelやSex shopのオーナー、Sex workersも来ました。

私は、職業によって接客を変えることはありませんし、職業差別も一切しません。

私が尊重しているのは、職業の名称ではなく、目の前にいる一人の人間です。

礼儀正しく店を利用してくれる人なら、私にとっては大切なお客様なんです。

人間を職業名だけで分類してしまえば、その人個人が見えなくなってしまいます。

最初に述べた偏見や先入観は思考を曇らせる、とはこのことです。

私は、Sex workerという職業を理由に特別に持ち上げることも、低く見ることもありません。ただ、一人の生きる人間として尊重します。

それは私にとって、思想でも運動でもなく、私個人のごくごく普通の職業倫理なのですね。

なぜ政府が関与するのか

では、個人の自由に属するように見えるSex workに、なぜ政府が関与しなければならないのでしょうか。

理由は、道徳を法律で強制するためだけではないんです。

第一に、労働者の安全です。

Sex workには、暴力、脅迫、強盗、ストーキング、料金の未払い、本人が同意していない行為の強要などの危険があります。

仕事そのものが犯罪であれば、被害に遭っても警察へ相談しにくくなりますよね。

また、一人で働くことしか許されなければ、同僚、受付係、警備、Client screeningなどの安全対策を利用しにくくなります。

第二に、公衆衛生です。

性感染症の検査、予防具の使用、医療機関へのアクセス、健康教育などは、産業を地下化させるより、保健制度と接続した方が実施しやすくなります。

第三に、同意のある成人の仕事と犯罪を区別するためです。

成人同士の合意に基づくSex workと、

人身取引
未成年者の性的搾取
監禁
脅迫
強制労働
Passportの取り上げ
借金による拘束
暴行や性的暴行


は、まったく別の問題です。

すべてを同じProstitutionという言葉で覆ってしまうと、本当に取り締まるべき重大犯罪まで見えにくくなってしまうんですね。

第四に、地域社会との調整です。

BrothelやSex services premisesにも、営業場所、建物用途、騒音、交通、駐車、広告、近隣への影響といった問題があります。

これらは、Pub、Nightclub、Takeaway shop、Factoryなどと同じように、Planning lawやCouncil regulationsで管理する必要があります。

第五に、事業としての責任です。

合法的な事業であれば、所得税、GST、記録保存、従業員の安全、雇用条件などについて責任を負います。

非犯罪化とは、責任を免除することではありません。

むしろ、見えない現金商売として放置するのではなく、通常の社会制度の中へ置くことなのですね。

政府の役割は、道徳の判定ではない

政府がSex industryを管理するというと、政府がその産業を承認したり、奨励したりしているように聞こえるかもしれません。

しかし、制度として管理することと、道徳的に推奨/否定することは同じではありません。

政府はAlcoholを規制していますが、国民全員に飲酒を勧めているわけではありません。

Gamblingを規制していますが、賭博を人生の模範としているわけでもありません。

Tobaccoを規制しているからといって、喫煙を肯定しているわけではありません。

現実に存在し、完全には消えず、放置すれば第三者にも被害が及ぶ可能性があるものに対して、一定のルールを設けることが行政の狙いです。

Sex industryも、行政上は同じ視点から考え取り組んでいるとことですね。

問うべきなのは、

この産業が存在してよいか

ということではなく、

存在する現実に対して、どの制度が最も搾取を減らし、安全を高められるのか

ということです。

禁止すれば需要まで消えるのか

地下化した産業で働く人は、暴力を受けたとき警察へ行けるのか

一人で働くことを強制する制度と、同僚やSecurityを置ける制度では、どちらが安全なのか

特別なライセンス制度と、一般の労働法を適用する制度では、どちらが実態を把握しやすいのか


これらは、賛否とは別に検討できる制度上の問いです。

非犯罪化にも残る課題

もちろん、非犯罪化によってすべての問題が解決するわけではありません。

法律上は自由意思による仕事であっても、その背景に、

貧困
家庭内暴力
Visa上の弱い立場
依存関係
経済的な圧力
過去の虐待


などが存在するのが現状です。

実際問題としてこれらの問題が存在するわけですから、形式上の同意があればすべて問題がないとは言えないんですね。

また、制度を一般の事業法へ移した後、

誰が現場を監督するのか
人身取引をどう発見するのか
住宅地との境界をどう設定するのか
差別やスティグマをどう扱うのか
働く人が辞めたいときに辞められる仕組みがあるか


という問題も残っています。

非犯罪化はゴールではなく、管理方法を刑事司法から労働、安全、保健、都市計画へ移すことなんですね。

制度を変えただけで、社会の偏見や経済的な格差まで消えるわけではありません。

その意味では、NSW州にも、2024年に制度を変えたばかりのQLD州にも、今後検証すべき課題は山積みです。

真実と判断を分ける

私は、生きていく上で、できるだけ真実を知りたいと思っています。

もちろん、私にも信念や価値観はあります。

しかし、それを他人に押し付けるつもりは全くなし、他人の信念や価値観を押し付けられたくもありません。

私が知りたいのは、

何が正しいと言われているのか

ではなく、

現実には何が起きているのか

ということです。その事実を元に私の信念や価値観は成り立っています。

NSW州では、Sex workを刑事法の外へ出し、通常の事業として管理する制度が長く続いてきました。

QLD州では、ライセンス制度による管理を続けた後、その制度が生んだ二重構造や安全上の問題を検討し、2024年にNSW州同様の非犯罪化へ移行しました。

州境の町では、その制度の違いが人の流れを生みました。

そして私の店には、Brothelのオーナーも、Sex shopのオーナーも、Sex workersも、普通の常連客として来ました。

これらは、私が性産業を肯定するために並べた話でもなければ、反対する人を説得するための話でもないんです。

非犯罪化が望ましいと考えるのか、より強い規制が必要だと考えるのか、それを判断するのは個人です。

そして最終判断を下すのは、その個人の集合体としての政府です。

ただし、判断する前に、制度がどのような歴史を経て、何を目的に作られ、現実にどのように運用されているのかを知る必要はあると思います。

何度も言いますが、先入観や固定観念は、事実を見る目を曇らせます。

だからこそ、まずは善悪を決める前に、事実を見なければならないと思うのです。

あえて、難しいトピックを選んだのは、このことを理解してもらいたかったからです。

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