「本当に自分のせいで周りが不幸になる人」と「思い込みだけの人」の違い
どーも、西村です。
失礼を承知で言います。
「自分のせいで周りが不幸になる、だって?
今のあなたに、それほど強力な影響力があるんですか?」
現実的には、多くの人が、他人を不幸にするほどの影響力も、他人を幸福にする影響力もほとんど持っていません。
持っていたとしてもごくわずかであり、周りの人が持っている「自分が幸せになろうとする力」「自分を不幸にしたままにする力」を上回ることはないのです。
そんな現実を、あえて最初に突き付けた上で、今回のコラムの本題に入っていきたいと思います。
・・・・・
何をしてもうまくいかない。
自分がいるだけで、場の空気が重たくなる気がする。
家族の笑顔が減ってきたのは、自分のせいなんじゃないか。
この感覚は、ただの「ネガティブ思考」とひとくくりにできるものではありません。
ただし、1つ伝えておきたいのは、「自分のせいで周りが不幸になっている気がする」と悩む人の多くは、実際に周りを不幸にしている人ではないということです。
実際には、むしろ逆。
「誰かを幸せにしたい」と、強く思いすぎている人なんですね。
けれど、その願いが強ければ強いほど、自分が幸せを与えられていないとき、自分がうまくできていないときに、「全部自分のせいだ」と過剰に背負いこんでしまいます。
では、「本当に、自分のせいで周りが不幸になっている人」と、「自分のせいだと思い込んでいるだけの人」は、どこが違うのでしょうか。
私は、そこにはひとつの決定的な違いがあると思っています。
それは、『罪悪感の持ち方』です。
たとえば、本当に周りに悪影響を与えてしまう人は、罪悪感を“感じない”ことが多いのです。
人を傷つけても、「相手が悪い」と考える。
トラブルが起きても、「自分には関係ない」と思う。
あるいは、自分がまわりにどんな影響を与えているかに、無自覚でいられる。
一方で、「自分のせいで誰かが不幸になる」と悩む人は、まだ何も起きていない時点で、罪悪感を抱いていることがあります。
家族が少し疲れた顔をして帰ってきただけで、「私のせいかもしれない」と感じる。
友達からLINEの返事が遅いだけで、「きっと迷惑をかけたんだ」と自分を責める。
そこには、“自分を通して、世界を見てしまう”心の癖があるのです。
心理学的には、「過剰な自己関連付け」だと言えます。
自分とは関係ない現象までも、自分の責任のように感じてしまう心の傾向です。
たとえば、雨が降っているのを見て、
「私が洗濯物を干したから、雨が降ってしまった」
と感じるようなものです。
さすがにおかしいですよね。そんなわけないじゃないですか。
でも、人間関係などにおいては、そういった勘違いをしてしまう。
このような感覚は、幼少期の体験と深く結びついていることがあります。
たとえば、
・親の機嫌が悪いと、自分が悪いことをしたからだと感じていた
・家族の不和を、「自分さえいなければ」と思っていた
・自分の言動が誰かの感情を大きく左右する環境で育った
というような体験です。
こうした体験を通して、
「人の不幸は、自分のせいで起きるもの」
という思い込みが、心に根づいてしまうことがあります。
それによって、大人になってからも、誰かの元気がない様子を見るたびに、心のどこかで「また自分が原因なのでは」と感じてしまう。
でも、どうか安心してほしいのです。
それは、“あなたが悪い人間だから”ではなく、“あなたが人一倍、まわりのことを気にかけてきたから”なのです。
あなたの中には、きっと“傷つけたくなかった誰か”がいます。
それは、家族かもしれないし、友人だったかもしれません。
だからこそ、今でも、人を不幸にしてしまうことが怖い。
けれど、その感受性は、人を不幸にする性質ではなく、「人を大切にしたい」という優しさの証拠です。
人を不幸にする体質の人は、そもそもそんなことで悩みませんから(笑)。
悩んでいる時点で、あなたはすでに“違う側”に立っているのです。
そもそも、仮に身近な人が不幸になったとして、本当に「不幸にした」のは誰でしょうか?
あなたが言った言葉で、誰かが傷ついたことは、もしかしたらあるかもしれません。
でも、それって「その人が何を抱えていたか」「そのときの状況」「相手の解釈」など、いろんな要素が絡み合って起きたことではないでしょうか?
私たちは誰もが、完全ではありません。
言葉を選び損ねることもある。
気づけないこともある。
それでも、何とか大切にしたいものを大切にしたくて、もがいてきたはずです。
だから私は思うんです。
「誰かを不幸にしてしまったのではないか」と悩める人ほど、実はとても優しく、誠実で、人を幸せにできる可能性を持っている、と。
もしあなたが本当に、人を不幸にしてしまうような人だったとしたら。
きっとそんなふうに、悩んだりしないはずです。
後悔もしないし、反省もしない。
ましてや、自分の存在を責めるようなこともしないでしょう。
そういう人は、自分の言動によって誰かが傷ついても、「それが何か?」で終わってしまうものです。
だからこそ、「私は周りを不幸にする人間なんじゃないか」と悩む人に、私はこう伝えたい。
あなたは、すでにもう十分すぎるほど、優しい。
それでも、どうしてもそう思えない日があるなら、次のことを思い出してみてください。
人と人との関係は、ひとりで作るものではありません。
関係は、いつだって“二人でつくるもの”です。
その中で起きたすれ違いや痛みを、すべて一人で背負わないでください。
あなたが全責任を負うべき物語なんて、きっとこの世界のどこにもないのです。
それでもなお、「いや、自分のせいで…」という声が内側から響くときは、まず自分を責めるのではなく、「私は、あの人の幸せを願っていた」と胸に手を当てて思い出してみてください。
その願いが、誰かの人生にとっての小さな光になりますし、自分の心を軽くしてくれます。
たとえそれが、うまく届かなくても。
たとえ、想いがすれ違ってしまったとしても。
その光は、確かに、あなたの中にあった。
それだけでいいのです。
そして、それがある限り、あなたは「人を不幸にする存在」ではなく、むしろ、「誰かの心にそっと寄り添える存在」として生きていけます。
この世界は、思った以上に複雑で、人の感情も、関係も、正しさも、白黒つかないことばかりです。
けれど、あなたが今までに誰かを大切にしようとしたこと。
その想いが本物だったなら、きっとそれは無駄にはなりません。
あなたが思っている以上に、あなたは誰かの希望になれる人のはずです。
それでは、今回はこの辺で。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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