「私は内向的だから」は、世界一もったいない言い訳!
「私は内向的だからさ。。。」
この言葉を、僕は何度聞いてきただろう。
コーチングの場でも、職場でも、海外で挑戦する日本人との会話でも、何度も耳にしてきた。
本人はただ、自分を説明しているだけのつもりだ。
でも、その言葉の奥には、どこか「諦め」が混じっている。
「私は目立つタイプじゃないから。」
「私は自己主張が苦手だから。」
「私はあの人みたいにはなれないから。」
そんな、「こころの声」が聞こえてくる。
実は僕自身も、長い間そう思っていた。
ニューヨークの金融街で働き始めた頃、周りには自信満々に見える人がたくさんいた。
会議では真っ先に発言する。
自分の意見を堂々と主張する。
ジョークを飛ばして場を盛り上げる。
そんな人たちを見ていると、自分が小さく見えた。
「もっと積極的にならないと。」
「もっと話さないと。」
「もっと目立たないと。」
そう思っていた。
ところが、30年近く働いてきて気づいたことがある。
本当に信頼されている人は、必ずしも声が大きくて目立つ人ではない。
約束や時間を守る人。
人の話を最後まで聞く人。
空気が読める人。
無駄話をしない人。
仕事が丁寧な人。
そういう人が長く信頼を集めていた。
そして、その多くは決して派手ではなかった。
むしろ静かだった。
シャイな人もかなりいる。
僕たちは「内向的」と「弱気」を混同しやすい。
でも、この二つはまったく別物だ。
内向的とは性格である。
弱気とは心の状態である。
内向的でも勇気のある人はいる。
内向的でも挑戦する人はいる。
内向的でもリーダーになる人はいる。
逆に、外向的でも不安に支配されている人はいる。
グローバルな現場で活躍している日本人を見ていて思う。
彼らは外国人になったわけではない。
アメリカ人の真似をしたわけでもない。
自分の性格を捨てたわけでもない。
ただ、自分らしさを否定しなくなったのだ。
僕はこれを「静かな自信」と呼んでいる。
大きな声で自分を売り込むことではない。
ありのままの自分を受け入れることだ。
得意なことも苦手なことも認めながら、常に一歩前に出る勇気を持つこと。
もしあなたが、
「私は内向的だから」
と言いたくなったら、少しだけ立ち止まってほしい。
それは事実かもしれない。
でも、それを言い訳にしていないだろうか。
それを理由に、自分の価値を小さくしていないだろうか。
日本人には、誠実さがある。
気配りがある。
思いやりがある。
丁寧さがある。
そして、人の話を聞く力がある。
その多くは、むしろ内向的な人が得意とすることだ。
だから私は思う。
「私は内向的だから」は、世界一もったいない言い訳だ。
あなたの価値は、もっと大きい。
