【第6回】《未来》「自由」であるための設計図 〜究極のおでんの定義〜
私は、子供の頃から、ルパン三世のような「自由」に憧れていました。
自らの判断で、誰にも干渉されず、バカなことを考えながら生きる。
しかし、そもそも「自由」な生き方とは何でしょうか?哲学し、自らに問い続けた結果、一つの答えに辿り着きました。
「自由ってのも結構面倒なもんでよ。いつも自由でいるためには、やんなきゃなんねぇしんどいことだってあんだよ」
自由とは、ただの放縦ではありません。自らの信念に基づき、自律的に判断し、その行動に責任を持つこと。そして、その「しんどいこと」さえも、バカなことを考える遊び心で楽しんでしまうこと。
この「自由」を貫き通すために、私は、未来を描くプロジェクト――**『究極のひろしまおでん』**を定義することにしました。
自己分析のための質問表 1/61あなたは、ときどき「気分が悪い」と訴えることがありますか?もしそうなら、原因は何ですか?
【回答要旨】
はい、あります。私の不調(気分の悪さ)は、**「他者の期待や都合に振り回され、自己の主導権を失った時」**に発生します。
【分析と詳細】
• 不調の引き金(トリガー)
自分の関心領域に近いテーマを「期待している」といった甘い言葉で依頼されることが発端となります。一見すると好機に見えますが、その実態が**「相手の土俵(ルール)」**での活動である場合、精神的な苦境に陥ります。
• 心理的葛藤の正体
相手の顔色を伺う「風見鶏」や、状況に流される「日和見主義」的な立場を強いられることに強い心理的抵抗を感じます。この「自分自身の設計図で動けていない状態」が、恐怖感や挫折感として顕在化します。
• 克服のための行動指針:『利己的利他主義』の確立
この悪循環を断つため、私は**「利己的利他主義」**を座右の銘に据えました。これは、まず自分自身の都合と信念を最優先に動くことが、結果として質の高い他者貢献に繋がるという考え方です。
• 今後の明確な意志
他人の設計図に自分を合わせるのではなく、**自分自身が描く「究極のひろしまおでん」**の具現化だけに集中します。依頼を受けるかどうかの基準を「自分の設計図に合致するか」のみに置くことで、精神的な安定と成功を両立させます。
ただしこの定義は、まだ未完成なもので、『明確な目標』に昇華するまで、掘り下げていきます。
1. 【根本思想】
里山を元気にし、醸造の理を解き、地域福祉の推進に結ぶ。この一連のシステム型探求の歩みそのものを「究極」と呼ぶ。
2. 【活動の定義】
「究極のおでん」とは、完成された一皿のことではない。究極に辿り着こうと足掻き、歩み続ける**『過程(プロセス)』**そのものである。
3. 美味しさの16項目:3つのコアコンピタンス
この自由な探求を支えるために、私は16の評価基準を設けました。
【美味しい16項目:3つのコアコンピタンス】
Ⅰ. 醸造と技術の深淵(Technical & System Engineering)
1. 野菜本来の甘さを引き出す技術: 素材のポテンシャルを最大化する(コアコンピタンス①)。
2. 広島県産率が高い: 地域資源の循環をシステムの中心に据える。
3. 醸造技術の応用: みりんの試験製造で培った知見(糖化・熟成)を活かし、醤油・みりん・麹を駆使した「理にかなった出汁」を設計する(コアコンピタンス②)。
4. 里山の恵みの活用: 「里山を元気に」する活動から生まれた循環素材の導入。
Ⅱ. 価値の創造と共感(Value & Empathy)
5. 割安感(アクセシビリティ): システムを広く普及させるための適正な価格設計。
6. 絶対的な美味しさ: 科学的根拠に基づいた「旨い」の提供。
7. 素材の物語(ストーリー): 作り手の想いを乗せ、情緒的価値を付加する。
8. 身近な共感者: 目の前の人の「美味しい」を、システムの健全なフィードバックとする。
Ⅲ. 継続的な変革(Evolution & Innovation)
9. 旬の提供: 自然のサイクルをシステムに組み込む。
10.新規性: 常に新しい挑戦や活動がシステム内部から生まれ続けること。
11. 進化し続ける味: 絶え間ない改善(カイゼン)により、味がアップデートされること。
12.進歩させる力: 周囲の人間や地域社会を共に進歩させ、巻き込んでいく力。
Ⅳ. 社会的実装と波及(Social Impact & Welfare)
13.PR・プレゼン力: システムの意義を正しく言語化し、社会へ実装するための発信力。
14. 活動に対する受賞: 社会的な承認を得ることで、システムの信頼性を担保する。
15.地域福祉への還元: おでんを通じて福祉現場に食の楽しみを創出し、誰もが孤立せず美味しく食べられる「地域福祉の推進」に寄与すること(コアコンピタンス③)。
16. 活動する私自身が、平穏な気持ちで取り組み続けることができる。
と謳いました。どれだけ高尚な理念を掲げても、自分自身の心が波立っていては、自由な探求とは呼べません。この平穏こそが、全ての活動を支えるOSであり、ルパン3世から受けたアイデンティティです。
さて、「なぜ、私は完成品ではなく『過程(プロセス)』を究極と呼ぶのか。それは、私が人生の羅針盤としているナポレオン・ヒルが、成功をある一点の到達ではなく『価値ある目標を段階的に実現していくこと』と定義しているからです。
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