<寄稿>遠い未来に、森を届けるには(Ⅰ) 著:三浦夕昇
このたび、弊社のインターンシップ生として活動してくれた三浦夕昇さんが、コラムを寄稿してくれました。彼の率直な言葉から、現場の空気感や弊社社長の人柄まで、ありのままに伝わってきます。ぜひご一読いただければ嬉しいです。

自己紹介
皆様、はじめまして。
ニュージーランドで環境科学を専攻している樹木オタク、三浦夕昇(みうら ゆうひ)と申します。日本に一時帰国中の2025年の4月初旬、ご縁があって、森林生態学者でありグリーンエルム代表取締役社長の、西野文貴先生にインターンの機会をいただきました。
人生の岐路に立つ自分にとって、大事なことをたくさん学べた1週間の記録を、ここに綴らせていただきました。もしよろしければ、最後までお読みいただけると嬉しいです。
西野先生との出会い
僕が西野先生と初めてお会いしたのは、3年ほど前の夏。
東京のデザイン会社が所有している、とある森を見学させていただいたとき、西野先生も偶然そこにいらしていたのです。
”森林生態学者の西野先生”とお聞きしていたので、威厳のある研究者を想像していたのですが、実際にお会いしたときの第一印象は、気さくで優しそうなお兄さん。当時はまだ大学に行く前だったので、”研究者”とか”森の専門家”の肩書を持つ人々にある種の畏れを抱いており、”めっちゃ怖い人だったらどうしよう……”と戦々恐々としていたのですが、その心配は杞憂でした。
優しい語り口調で紡がれた、西野先生の森のレクチャーには、とにかく引き込まれた。

そこで植物たちは熾烈な競争を生き抜いている。
今まで、”植物に詳しい人”のお話は何度もお聞きしたことがありました。
でもその多くは、「この種とこの種は、重鋸歯の有無で識別できる…」「この種は、葉の裏側に微細な毛があるが、こっちの種にはない…」みたいな、個々の植物種の特徴を一個ずつ拾い上げていくもので、種の識別を勉強するうえでは非常に役立つ反面、図鑑をただ眺めているかのような単調さを感じることも多々ありました。
でも、西野先生のお話はそれとは一味も二味も違った。
「このあたりの土地は、大陸性の気候を帯びているから、日本の中ではちょっと特殊な植生が成立する。このあたりの標高域で通常見られるはずのブナはほとんど生えず、コナラやミズナラのようなコナラ属の樹が優勢になる」
「この森では、林冠を構成する樹の種組成と、林床を構成する草本・実生の種組成が、連動していない。林冠を構成しているのは専らコナラなのに、林床にコナラの苗木は全く育っていなくて、アブラチャンやレンゲツツジ、エゴノキしか生えていないでしょう?植物種同士のパワーバランスが崩れているのは、シカ食害の影響だろうね。」


森に生えている、いくつもの植物種の生き様を観察して、その土地の風土を読み取り、未来の森の姿を推察する。人間が勝手に作った図鑑の世界に閉じこもるのではなく、その場所に生えている植物の視点に立って、目の前で展開されている景観を理知的に考察する。植物の世界に流れている、長い長い時間軸で物事を見る。
個々の植物種だけにフォーカスするのではなく、時間的にも空間的にも、より大きなスケールで植生を捉えた、自分にとって全く新しい森の見方でした。今まで、そんな手法で樹木を見る人にお会いしたことがなかったので、僕はたちまち西野先生に惹き込まれてしまいました。
この方は、一体どうやって、人間の時間軸を超えた森の見方を身に付けたんだろう。僕も、そんな風に森を見れるようになりたい。
帰り際にLINEのIDをくれて、「また会うべき時が来ると思うので、その時を楽しみにしています」というメッセージをくださった西野先生。なんとも粋な別れの言葉に、大人の所作の美しさを見た気がして、痺れたのを覚えています。
西野先生のような方にお会いできる機会は、一生で何回あるか分からない。これからニュージーランドに留学する僕にとって、あの方と”会うべきとき”というのはたぶん今だ。
その直感に導かれて、誠に勝手ながら、しばらくたった頃「もう一度、お話をお聞きしたいのですが、お会いさせていただけませんか?」とメッセージを送りました。

突然連絡したのにも関わらず、快諾してくださった西野先生。2回目にお会いしたのは、その年の11月でした。
待ち合わせ場所は新宿駅。先生は、「君に問題を持ってきたよ。この種類、わかる?」と言って、イノモトソウやメグスリノキ、コアジサイの枝葉を持って現れました。
新宿三丁目の飲み屋街に、こんなモノを持ち込んではしゃいでいるのは僕たちぐらいではないか。すごく愉快な方なんだな、と先生の人間性にますます惹かれました。
そのときの会話の中で、印象に残った言葉があります。
「将来森づくりの仕事に就いて、結果を出したいなら、植物だけじゃなく、人間の社会のこともちゃんと知らなくちゃいけないよ。緑化ってのは、結局のところ人間のエゴだからな。」
緑化は、人間のエゴだ。
いかにも西野先生らしい、エッジの効いた言い回しでしたが、当時の僕はその意味が理解できませんでした。樹を植えるのは、エゴというより、むしろ自然環境を改善するためじゃないのか?先生、すごいコトを言い放つな。
この言葉の真意が分かったのは、そこから2年後のことでした。
(Ⅱ)へつづく
文・写真:三浦夕昇
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