【SF小説】兵器物語 -序 - 新宿アリーナ ③
5.煉獄の塔
終わった……
不確定フィールドからの脱出を阻まれ、完全に閉じ込められたのだ。
都庁本庁舎の壁面にめり込んだまま、僕は迫ってくる敵の巨大クーガーを見下ろしていた。よく見ると、その腕は付属肢も含めて六本ある。まるで二本足で立つクモの怪物だ。こいつは本当に見た通りの生物機械なのだろうか。
僕にはまだ、敵が不確定フィールドの効果でいびつに巨大化したクーガーに見えていた。
強力そうな鉤爪と、付属肢が支えるこれまた巨大な多目的機能弾発射装置をひけらかすように揺らしながら、敵クーガーはにじり寄ってきた。僕をどう楽しく料理するか、考えあぐねているかのようだ。
僕の騎手の目にも、この状況は絶望的に映っていることだろう。
この期に及んで、僕はユラに対し素直に非を認めた。
「悪いことをしたね。認めるよ。僕が勝手に突っ走ったせいだ……」
「なんだ。もう諦めたのか」
意外にもユラは僕の軽挙ではなく、弱気をなじった。
「センサーをよく見ろ。脱出口があるぞ。このビルの最上部だ」
その通りだった。
センサーによれば、超高層の本庁舎最上部……ビルが北棟と南棟の二つの塔に分かれたあたりは不確定フィールドの上部境界からわずかに飛び出していた。さらにそこはフィールド境界部分の安定性もまだ欠けていて、内部を通れば脱出が可能なことが示されていた。
「外壁をよじ登って、ビルが二股に分かれたあたりで中に潜りこめ。内部を這い上がって屋上を突き破ればフィールドの外だ」
ユラの言う通りだったが、屋上に出てその後どうしたらよいかは、ノープランだ。
しかし、四の五の言っている場合ではなかった。
巨大クーガーは僕を鉤爪で引き裂くことに決めたらしく、その腕をすぐ目の前まで伸ばして来ていたのだ。
「行け!」
僕はクライミング・クロウを起動すると、まず敵の鉤爪を蹴り付けて攻撃を避けた。
そして身体を壁面から引き剥がして向きを変え、御影石の壁面を砕きながら上へと駆け上がった。
すかさず、背後から敵クーガーも追って来るのが分かる。
しかも、本庁舎のビルも他の建物や道路同様に、炎に包まれようとしていた。
まるで聳え立つ地獄の様相だ。
ガラスと石塊の嵐を巻き起こしながら、僕はなんとか本庁舎の最上部に近づいた。
北棟と南棟の間に這い上がって南棟の壁をぶち破り、中の展望台に進入する。
今度は展望台の内壁をよじ登り、天井を破ってさらに上を目指す。
敵クーガーはその巨体を持て余し、そのまま外から南棟に登り続けているようだった。
僕は最後の障壁……ヘリポートの離着床に到達し、アシッド・クロウでそれを切り裂いた。
ここまでの行程で、クロウはすでにボロボロだ。
「奴が追いつくぞ! 向こう側の塔に飛び移れ!」
ユラの指示通り、僕は北棟の天辺めがけてジャンプした。
背後に迫っていた巨大な鉤爪が空を切る。
北棟の上で振り返ると、敵クーガーがヘリポートにはい上がってくるところだった。
ここはもう、不確定フィールドの外だ。だが、敵クーガーの黒い巨体は変わらず厳然としてそこに存在している。
つまり……
「あいつは……本当にあの大きさなんだ……」
僕は戦慄した。
「なるほど……そういうことか」
センサーや各機器が送ってくる数値を眺めながら、ユラがつぶやいた。
「あのデカブツが、なぜあんなサイズなのか分かるか?」
ユラが教師のように問いかけてきた。
どんなに追い詰められても冷静さを失わないのは、星雲人の美徳かもしれない。
「戦術的な理由で、って意味?」
僕にはユラの考えが今ひとつ掴みきれない。
「ある意味はな。だが、もっと重要な理由がある。あいつは量子因果干渉脳を搭載してるんだ」
「なんだって?」
それはあり得ない話だった。
不確定フィールドを司る量子因果干渉脳は、とてつもなく大きい。
大型の宇宙船でないと運搬できず、設置された場所を中心としてフィールドは形作られる。
僕たちの強行偵察中、宇宙戦艦が近場に墜落してきて、同時に不確定フィールドの展開が確認された。だから自ずと、量子因果干渉脳は宇宙艦に搭載されているものと思っていたのだ。
だが、確かにその実体を確認してはいない。
「おそらく実験機なんだろう。戦艦に載ってたのは、小型化した量子因果干渉脳と、その搭載機……あいつだったんだ。我々はまんまと実験台に使われたわけだ」
不意にユラが笑った。
「かえって好都合じゃないか。ここからどう脱出したものかと思っていたが、あいつを倒せば自ずとフィールドは消失するんだ」
「言うは易しってところだね。どうやってあの怪物を倒せばいいっていうんだい?」
狂った因果律に燃え上がる塔の上で、怪物と対峙した僕には打開策がまったく見えなかった。
6.生体同期(バイオシンク)
今にも飛びかかってきそうな敵の巨大クーガー……だったが……
その姿はまるで凍ったように動かなかった。
それだけではない。まわりの光景……下界で燃え上がる炎が生む空気の揺らぎも、ピタッと止まって見えた。
なぜかはすぐに分かった。
ユラがまた、念気動格をアンロックしたのだ。
不確定フィールドの外では、僕の極限定的フィールドは絶対的な超加速状態になる。
敵もアンロックしない限り、こっちのなすがままだ。
だが、ユラは何の断りも入れなかった。僕だけでなんとかしろと放り出したのか?
その時、騎手の声が聞こえた。
「多目的機能弾発射装置は故障。アシッド・クロウも破損して使えなくなってる。戦闘用強酸性液はまだ残ってるから、それを金属顎にまわす。今、液の供給系を切り替えるから待て。それから最後の攻撃だ」
僕は驚いた。
アンロック状態で、ユラの声が聞こえる! まさか……
「まさか……生体同期してる?」
「ああ。そうしないと、作業の時間が取れないだろ」
生体同期は、念気動格アンロックの非常用オプションだ。
これを選択することで騎手は乗機と同じ超加速状態に置かれる。
だが、それは星雲人には大きなリスクだ。なぜなら……
「やめろ! 寿命が縮むだろ!」
超加速状態の中では当然、時間はあっという間に進み通常空間に戻った時には、数千倍の時間が経過していることになる。
どれくらいの間アンロックしているかにもよるが、その状態に生体同期した生物は、数千倍の早さで歳を取るのだ。
「時間を無駄に出来ない。選択の余地はないんだよ」
ユラはコクピット内のアクセスパネルを開放し、戦闘用強酸性液の供給系をいじっている。
「金属顎の方には、クロウのような防腐コーティングが無い。すぐに使い物にならなくなるから、効率よく攻撃しろ」
「ユラ……」
僕はユラの覚悟に言葉を失った。
ユラの作業の間、時間が超加速状態でジリジリと進んでいった。客観的には飛ぶように流れている時間の中で、主観的にはもっと早く進んでほしいという、矛盾した時間が……
目の前の巨大クーガーが、ゆっくりとだが動いているのがわかる。
四肢に力を溜め、こちらへ飛びかかろうとしている。
「終わったぞ!」
僕は戦闘用強酸性液の供給パイプが、口元の潤滑液系統に接続されたのを感じた。限られた回数しか使えないが、これが今の僕に与えられている最大の武器だ。
一刻も早く敵を無力化して、念気動格ロックをかけ、超加速状態を終わらせなければ。
「行け!」
コマンダーの掛け声と同時に、僕は南棟に向かってジャンプした。
巨大クーガーの黒いボディに爪をかけ、首元へとにじり寄る。
僕は戦闘用強酸性液を吹き出しながら、金属顎を敵の喉元に叩き込んだ。そのまま、首とボディの接合部を噛み切るように顎を走らせる。
普通の時間の中なら、金属と酸のぶつかり合いで凄まじい爆煙が上がるところだが、その反応は大幅に遅れたまま結果として切り裂かれた傷口だけが大きく現れる。
早く……早く……
量子因果干渉脳に致命傷を与えて、不確定フィールドを消さなければ……
その時、想定していた最悪の事態が起こった。
巨大クーガーが突然、普通のスピードで抵抗を始めたのだ。
普通のスピードとは、客観的には超加速状態のはず……つまり……
「気をつけろ! 奴も念気動格をアンロックしたぞ!」
そんなことが出来るのか!
ユラが言った通り、このクーガーが量子因果干渉脳を持っているとしたら、広範囲の不確定フィールドをしかも外から制御できるばかりか、極限定不確定フィールドで超加速状態にも入れるということだ。
考えるまでもなく、今、現実にそういう状況下で、僕は暴れる巨大クーガーに必死でしがみついている。
このどんどん悪くなっていく状況とは裏腹に、アンロック効果で僕の中の戦いへの渇望がまた燃え上がってきた。
こいつを食い殺す。絶対に。
僕は切り開いた敵クーガーの傷口へさらに食らいつき、その奥へとしゃにむに突き進もうとした。
すると、機械類の間にこの怪物を操っている騎手の姿が見えた。
コクピットだ。生体同期などかけていないそのコマンダーは、微動だにしない。
僕はそこへ戦闘用強酸性液を、どっと注ぎ込んだ。
たちまち敵コマンダーは人の形を失い、ドロドロに溶けてゆく。
もし、普通の時間の中だったら魂ぎる悲鳴が聞こえてきそうだ。
それでも巨大クーガーは止まらなかった。
もはや、念気動格の意志だけで暴れている黒い怪物に、僕は敵意と共に憐憫の思いを抱いた。
この念気動格の主は、騎手とどういう関係だったのだろう……
そんな雑念を、僕自身の騎手の声が振り払った。
「脊髄を破壊しろ! こいつの動きを止めるんだ!」
合理的な指示だった。
全身に量子インストールされた念気動格が生きている限り、クーガーは体のどこを破壊しても動き続ける。例外は脊髄部分にある神経中枢だけだ。
動きを封じてしまえば、あとは量子因果干渉脳を探して破壊すればいい。
だが、すぐにそんな悠長なことは言っていられなくなった。
巨大クーガーは自分の安全を確保することも忘れて暴れ続け、ついには僕を乗せたまま……
……ヘリポートから転落した。
つづく
