The Lost Universe 古代の巨大カイギュウ①カイギュウの始まり
人魚のモデルとされるカイギュウ類。のんびり屋さんで愛らしい彼らは「最高の癒し系」であり、たくさんの人々から愛されています。
その一方、カイギュウ類がどのような生き物なのかを知る人は、あまり多くない模様です。カイギュウ類が歩んできた進化の歴史を追いながら、彼らの実像について迫っていきたいと思います。
カイギュウ類とは何者か?
のんびりと泳いで海草を食べるジュゴンやマナティーは、他の水棲哺乳類とは異なる雰囲気を放っています。アシカやイルカは主に「力強くてかっこいい」と言われることが多いのに対し、カイギュウ類には「優しそうで可愛い」「動きがゆったりしていてほっこりする」といった言葉がたくさんの人々から寄せられていて、癒し系のスターとしての地位を確立しています。カイギュウ類と出会える水族館は少なく、日本国内に4館しかありません(2025年現在)。必然的に、彼らを飼育展示している学術施設は大きな人気と話題を集めます。

それでは、いったいカイギュウ類とは何者なのでしょうか。一見すると鰭脚類(アシカやアザラシなど)に似ているように思えますが、カイギュウ類は陸には上がれませんし、アグレッシブな高速遊泳もできません。また、鼻孔から潮を吹くことはありませんので、クジラ類とも違うグループだとわかります。
カイギュウ類は何の仲間なのかーーまずは基本的特徴と分類学的な立ち位置を押さえていきたいと思います。
極めて珍しいベジタリアンな水棲哺乳類
鰭脚類ともクジラ類とも異なる不思議なカイギュウ類。実は、彼らは分類学的にはゾウに近い哺乳類なのです。両者とも植物食動物であり、とても長い腸を備えています。マナティーはゾウと同じく前進する歯をもち、一生後方から生え続けます。

カイギュウ類は水中生活への完全適応を果たし、前足は胸ビレへと変化。尾の先端も扁平なヒレとなっています。後足は退化消失しており、クジラ類に酷似したボディとなっています。完全なる水中適応型の水棲哺乳類なので、クジラ類と同じく一生を水の中で過ごします。

現存しているカイギュウ類は、大きく分けてジュゴンとマナティーの2種族です。まずはこの2グループの特徴を押さえてから、徐々に生態的特徴を見ていきましょう。
〈ジュゴンとマナティーの違い〉
尾ビレの形:ジュゴンの尾ビレはクジラと同じ三角形、マナティーの尾ビレはしゃもじに似た丸いパドル型
口の形:ジュゴンは水底の海草を食べるため口が下向き、マナティーはホテイアオイなどの浮遊植物も食べるため口が上向き
胸ビレの爪:ジュゴンの胸ビレ(前足)には爪がなく、マナティーの胸ビレには小さな爪がある
生息域:ジュゴンは海水域に生息、マナティーは海水域と淡水域の両方に進出(アマゾンマナティーは淡水域のみに生息)

現生のカイギュウ類の主食は水生植物です。「海草」と呼ばれる沈水性の植物、陸の近くに生える顕花植物を食べています。勘違いされやすいのですが、海草とは海藻(コンブやワカメなどの藻類)ではなく、陸上の草木と同じ種子植物です。ただ、マナティーは海藻を食べることがあり、絶滅種であるステラーカイギュウについては主食が海藻でした。
淡水域にも進出しているためか、マナティーはジュゴンよりも食性の幅が広くなっています。ジュゴンがほぼ海草しか食べないのに対し、飼育下のマナティーは海草だけでなく白菜やレタスやニンジンなどの野菜も食べます。


形態と食性を理解したところで、さらに彼らの実像を掘り下げていきましょう。おっとりしたカイギュウ類が自然界でどのような暮らしをしているのか、どのような繁殖スタイルで子孫を残しているのか、とても気になります。
戦わずに身を守る! 穏やかなライフスタイル
カイギュウ類の泳ぎは緩慢であり、彼らは機敏な運動をあまり行いません。危険を感じた際、彼らは時速20 km以上で泳ぐことができるものの、水棲の肉食動物には高速遊泳できる種類が数多く存在しているため、場合によっては天敵から逃げきれない可能性もあります。
自然界において、カイギュウ類の天敵はシャチ・大型のサメ・ワニなどです。これらの肉食動物は噛む力が非常に強く、カイギュウ類には大きな脅威となります。ただし、アメリカマナティーは巨大なうえに皮膚がかなり硬いので、成体になればワニに襲われることは極めて少なくなります。

カイギュウ類のゆったりした生き方は、繁殖戦略からも見てとれます。概してカイギュウ類の妊娠期間はとても長く、1年以上にも及びます。1回の出産で生まれるのは1頭のみ。ジュゴンもマナティーも、しばらくスパンを置いてから次の繁殖へ移ります(ジュゴンは3~7年間、マナティーは2~3年間)。子育てはメスが行い、幼体の授乳期間は18ヶ月ほどです。

穏やかすぎて、見る者に例えようもない安らぎと癒しを与えてくれるカイギュウ類。彼らの静穏な暮らしぶりは、いったい進化のどの段階から始まったのでしょうか。古生物学的な見地から、その謎にアプローチしていきたいと思います。
カイギュウ類の進化
ジュゴンやマナティーの仲間はいかにして生まれたのか、とても興味深い進化上のミステリーです。古代よりカイギュウ類は驚くほど永く系統を存続させており、発展の過程において、多くの種類を生み出しました。その中には、ゾウにも負けないサイズの大型種も存在しています。

カイギュウ類の誕生には、地球規模の壮大な秘密が隠されています。大勢の古生物学者の化石研究によって、徐々に進化の物語が見えてきました。
テティス海で生まれた水棲哺乳類たち
はるかな太古に生きていた初期のカイギュウ類。彼らの足と尾はまだヒレ化しておらず、水中のみならず、陸上での活動も可能だったと考えられています。生態的には、現生のカバに似通っていたのかもしれません。
現時点の化石記録において最古のカイギュウ類は、ジャマイカの約5000万年前(新生代始新世前期)の地層より発見されたペゾシレン・ポルテルリ(Pezosiren portelli)です。現代のカリブ海に相当する海域の沿岸部に生息していて、浜辺にてカバのような半水棲の生活を送っていたと考えられます。

先に述べましたように、カイギュウ類はゾウ類と近縁です。実は、初期のゾウ類はペゾシレンそっくりな半水棲動物だったと考えられています。そして、現代では系統のついえた水棲適応哺乳類の束柱類(デスモスチルス類)も、カイギュウ類やゾウ類と祖先を共有しています。
これらの動物群は「テティス獣類」と呼ばれており、ローラシア大陸とゴンドワナ大陸に挟まれた太古の温暖な海「テティス海」に由来しています。本動物群の初期種の化石が、かつてテティス海だった地域にて発見されています。ちなみに、ローラシア大陸は現在の北アメリカ大陸とユーラシア大陸の元になっており、他の現在の大陸はゴンドワナ大陸から生まれました。


先述の通り、初期のカイギュウ類は約5000万年前の化石が知られています。ゾウ類に関しては約6000万年前(暁新世前期)の化石記録があり、カイギュウ類とゾウ類はかなり古い時代に分化した可能性があります。最古のテティス獣類は中生代の終焉後、比較的早い時期から進化し始めたと思われます。
半水棲生活の中で、徐々に進化・繁栄を進めていくテティス獣類。変わりゆく地球環境の中で、カイギュウ類はどのような運命をたどっていくのでしょうか。
古代の海洋でゆったりと大繁栄
初期のテティス獣類は、約5000万年前には地球上に出現しており、豊かなテティス海の恵みを受けて暮らしていました。しかし、地殻変動によってローラシア大陸とゴンドワナ大陸は大きく分断移動して、環境は大きく様変わりします。約4000万年前(始新世後期)にはインド大陸がユーラシア大陸にぶつかり、それに続いてアフリカ大陸もユーラシア大陸に衝突していき、テティス海は消滅。温暖な海の楽園は失われ、哺乳類たちは新たな環境への適応を始めます。
ゾウの仲間は陸上へと再進出していきましたが、カイギュウ類と束柱類は水生適応の道を歩んでいきました。カイギュウ類は胸ビレと尾ビレを得て完全水中生活へ移行し、束柱類も日本を含めた広い範囲の沿岸海域で繁栄しました。

クジラのように広大の海洋を回遊せず、鰭脚類のようにハーレムを築いて大繁殖することもないカイギュウ類は、沿岸海域もしくは淡水域にてのんびりと暮らしていました。他種の生き物とあまり競合しない生存戦略を選んだ彼らは、新生代の荒波を生き延び、現代にまで系統を存続させています。
一方、束柱類は環境変化に適応できずに絶滅しています。同じ水棲哺乳類でありながら、カイギュウ類との運命を分けた要因は何だったのでしょうか。確たる結論を出すには、さらなる調査と研究が必要になってくることでしょう。

カイギュウ類の進化については、多くの謎が残されています。そのミステリーを紐解く鍵の1つは日本にあると思われます。日本国内からは貴重な古代カイギュウの化石が数多く発見されており、カイギュウ類の発展を探るうえで、我が国は極めて重要な化石産地と言えます。
日本の大地から目覚めた古代カイギュウの中には、ジュゴンやマナティーを凌ぐ大型種も存在しています。この国にかつてどのような巨大カイギュウが生きていたのかーー太古の謎とロマンに迫っていきたいと思います。

【参考文献】
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編:小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文(2001)『動物世界遺産 レッド・データ・アニマルズ3 中央・南アメリカ』講談社
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冨田幸光(2011)『新版 絶滅哺乳類図鑑』丸善出版
鳥取県立山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館(2018)ニュースレター「Geofield」vol. 11
新屋島水族館の解説キャプション
沖縄美ら海水族館の解説キャプション
