The Lost Universe 古代の巨大海洋節足動物②巨大ラティオドンタ類
アノマロカリス。その名を学校の教科書で見たことのある人は多いのではないでしょうか。大きな目で海の世界を見渡し、たくさんのヒレで優雅に舞いながら、触手を振りかざして襲いかかってくるーーそんなイメージが一般の間では強いと思います。
彼らの姿や生態は、ずっと謎に包まれてきました。ですが、古生物学の発展によって、神秘的な実像が徐々に明らかになっています。太古の海の支配者がどのように生きていたのか、じっくりと考察してみたいと思います。
ラティオドンタ類とは何者か?
謎だらけ? 摩訶不思議な姿の節足動物!
アノマロカリスを含むラティオドンタ類(放射歯類)。彼らは古生代カンブリア紀に出現した節足動物であり、現代に子孫を残せなかった側系統群(ステムグループ)に含まれます。現在のカニやエビとはあまりにも異なった姿をしているので、初めてラティオドンタ類を見た人は「この生き物が本当に節足動物なのか?」と思うかもしれません。不思議な姿をした彼らには熱烈なファンが多く、古生代の生き物の中でも突出した人気を誇っています。


彼らが節足動物ですが、現在の甲殻類や昆虫のような脚を持たず、ほぼ歩行はしなかったと思われます。代わりに胴体にヒレが備わっており、体節ごとにエラがついていました。特徴的な触手・口・頭部の甲皮以外の部分は柔らかく、胴体は柔軟性に富んでいました。
ラティオドンタ類は優秀な視力を有していたと考えられ、彼らの眼は多数の個眼(1000個~24000個)から成る複眼を備えていました。この眼をフルに活かし、彼らは周囲の状況や獲物の動きを探っていたことでしょう。

ラティオドンタ類が他の生物群と一戦を画しているのは、特殊な口の構造と捕食方法です(なお、全てのラティオドンタ類が強肉食性というわけではなく、プランクトンを食べる濾過食者もいました)。頭部に装備された2本の触手(前部付属肢)で獲物を捕獲し、放射状の歯が並ぶ口で食べていました。口の構造は種類によって異なっており、触手と同様に食性や捕食スタイルに応じて多様化していました。


種々の特徴において、ラティオドンタ類は現代の節足動物とは相違が見られます。古生代でついえた系統だからこそ、一際謎めいて我々の関心をそそってくれます。この特異で魅力的な海洋生物は、どのような進化の道筋を歩んできたのでしょうか。

カンブリア紀以降も栄え続けたラティオドンタ類
謎に包まれたラティオドンタ類の進化の歴史。様々な化石の発見と研究の発展により、彼らは想像以上に多様化を果たし、永きに渡って地球の海で繁栄し続けていたと判明しています。
前述の通り、ラティオドンタ類は現代の節足動物の系統とは早期に枝分かれした種族だと考えられており、カンブリア紀の初期に発生した可能性があります。最古の節足動物の化石記録(生痕化石を除く)は約5億2100万年前に及びますが、現生節足動物とラティオドンタ類の共通祖先の化石はまだ発見されていません。起源の謎を解明するためには、さらなる調査と研究が必要となるでしょう。

なお、ラティオドンタ類=アノマロカリスの仲間というイメージが強いですが、本グループは多様性に富んでおり、アノマロカリス類以外にも様々な種族が存在していました。本群は4つの「科」を擁しており、アノマロカリス科・アンプレクトベルア科・フルディア科・タミシオカリス科によって構成されています。
ラティオドンタ類は主にカンブリア紀の生物と考えられがちですが、実は彼らは度重なる地球史の環境激変を生き延びていました。なんと約4億年前(デボン紀前期)の地層からもフルディア科のラティオドンタ類の化石が出土しており、彼らの繁栄は古生物学者の予想を大きく上回っていました。ラティオドンタ類は決して一世を風靡して終わったのではなく、かなり長期にわたって栄え、多様化していたのです。

地球の海で永くしたたかに生き続けたラティオドンタ類。多種多様な彼らの中には、当時の他の海洋生物を圧倒するほどの大型種が存在していました。摩訶不思議な太古の巨大節足動物とは、いったいどのような姿だったのでしょうか。

巨大ラティオドンタ類
アンプレクトベルア ~アノマロカリスよりデカい! カンブリア紀最強の節足動物?~
一時期、アノマロカリスがカンブリア紀の最大最強の生物だと図鑑や専門書籍に記されていたこともあり、「巨大なラティオドンタ類と言えばアノマロカリス」というイメージが先行してしまいます。ですが、全身化石の発見と形態研究の発展により、プロポーションが解明された結果、アノマロカリスの全長は約40 cmと推定されています。このサイズはカンブリア紀の生物としては極めて大型ですが、ラティオドンタ類全体で見渡すと「大の小」と言ったところです。
実は、カンブリア紀にはアノマロカリス以上に大きなラティオドンタ類が生息していたのです。本種こそ、アンプレクトベルア科の最大種アンプレクトベルア・シンブラチアタ(Amplectobelua symbrachiata)です。捕食者として優れた形質を多数有しており、カンブリア紀の最強生物の一角だったと思われます。

アンプレクトベルアは、約5億1800万年前の海にて生態系の上位に君臨していました。部分的な触手の化石から全体の大きさを推定したところ、なんと胴体の長さは約90 cmにも達しており、アノマロカリスをはるかに上回っています。ヒレは他のラティオドンタ類と比べて相対的に長く、流線型のボディと相まって、かなりの高速遊泳を実現したと思われます。
さらに恐ろしいことに、アンプレクトベルアは捕食能力も卓越していました。最強の武器は、攻撃力抜群の前部付属肢です。内側に突起をあしらったハサミ状の形態となっており、捕まえた獲物に大きなダメージを与えられたと思われます。また、このハサミ型付属肢はペンチのごとく可動し、大型動物の死骸から肉片をつかみ取ることもできました。

戦闘力では当時最強クラスのアンプレクトベルアですが、決して全ての生物を捕食できたわけではありませんでした。ラティオドンタ類の強靭な顎といえども、三葉虫のような硬い節足動物の外骨格を食い破ることは困難だったと思われます(小型の三葉虫や、脱皮直後の柔らかい三葉虫なら容易に捕食できた可能性があります)。アンプレクトベルアをはじめとする強力な肉食動物の出現は、被捕食者の防御手段の進化を促し、生命全体の多様性を高めたのです。
エーギロカシス ~全長2 mに達する最大クラスのラティオドンタ類!~
前述の通り、ラティオドンタ類はカンブリア紀以降も繁栄を続けました。次代のオルドビス紀においても勢力は衰えず、特筆すべき大型種を生み出しました。
その名はエーギロカシス・ベンモウライ(Aegirocassis benmoulai)。約4億8800万~約4億7200万年前(オルドビス紀前期)の海洋に生息していた、フルディア科のラティオドンタ類です。頑丈な甲皮と独特な触手を装備するフルディア科は、ラティオドンタ類の中で最も多様化を極め、最も永く繁栄した種族です。フルディア科には、大きさのみならず、姿形や生態もかなりのバリエーションが存在していたと判明しています。

エーギロカシスのサイズは既知のあらゆるラティオドンタ類を上回っており、推定全長は約2 mに及びます。これはラティオドンタ類どころか、全ての節足動物の中でもベスト3に入る巨躯です。ただし、オルドビス紀には無脊椎動物全体の大型化が進み始めており、決してエーギロカシスだけが圧倒的に大きかったわけではありません。

大きさではアノマロカリスやアンプレクトベルアをはるかに凌ぐエーギロカシスですが、恐ろしい強肉食性の動物ではありませんでした。彼らの前部付属肢には剛毛状の突起が密生しており、水中の微生物を濾過するフィルターとして機能していたと思われます。つまり、エーギロカシスは獲物と大格闘を演じるファイターではなく、ヒゲクジラ類のように微小生物を専門に食べる濾過食者だったのです。
なお、エーギロカシスの眼や口は化石としての保存状態が芳しくなく、その特徴は不明となっています。アノマロカリスやアンプレクトベルアとは異なり、濾過食者のエーギロカシスには獲物を探す視力も強固な歯も不必要なので、とてもデリケートで脆い構造だったのかもしれません。
カンブリア紀からデボン紀にわたって栄えたラティオドンタ類は、初期の海洋生物の中でも一際強固な地位を築きました。彼らの多様性は特筆すべきものであり、この快進撃に続くようにして、海の中ではさらなる節足動物たちの進化が加速していきました。
アノマロカリスやアンプレクトベルアの攻撃を自慢の装甲で跳ね返すーー強固な鎧で身を固めた彼らは、いったい何者なのでしょうか。

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【参考文献】
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蒲郡市生命の海科学館の解説キャプション
